新たな戦友 7
クルトが大隊会議室に入ったのは、先に向かっていた大佐と姫殿下を除けば一番乗りだった。
「突然、指揮官代理にしてすまなかったな」
クルトが部屋に入るなり大佐が口を開く。
「私は、シャルロッテ姫殿下の警護を行わなければならないのだ。貴族以外が王族の警護をするとうるさい馬鹿どもがあそこにはたくさんいるからな」
大佐が貴族であることは、王城の中庭で会った時から確信していた。
ヘルダー大佐の年齢で佐官クラスになることは、通常の昇進では、ほぼあり得ない。戦場ですさまじい戦功をたてるか、貴族の子息であるかだ。
ヘルダー大佐は、こう言っては何だが前線で戦うような軍人ではない。特進するような戦功をたてる将校は、もっと血なまぐさいオーラを出している。
大佐からは、高貴なオーラが溢れ出ていた。
「この大隊は、大尉が指揮することを念頭に置いて作られたといっても過言ではない。ただ、編成時には階級的に大尉では大隊を指揮できないために私が名目上、大隊長をすることになっただけなのだ」
大佐の話は、クルトにとって予想外なものだった。クルトは、士官になって間もないため大した指揮などしていない。それなのに、大隊の指揮を最初から任せるつもりだったなど参謀本部の正気を疑うレベルだ。
「大隊長殿、自分はまだ大隊の指揮ができるほどの実力がありません」
クルトは、自らの資質がまだ足りていないと意見具申をする。
「大尉。それは、重々承知している…」
大佐は、そこで言葉を濁した。代わりに姫殿下が大佐の言葉を代弁した。
「軍がクルトを英雄に祭り上げようとしているのよ。私も王家から同じように祭り上げられたんだわ」
憎々しげに語る姫殿下からは、軍と王家に対する憎悪が感じられる。
約三カ月前に会った時の溌溂としたおてんば姫の面影もなかった。
「そんなことはありません。国王陛下もたいそう心配しておられました」
「父上は、私の身を案じてなんかいないわ。父上が心配していたのは、私が活躍して王家の人気を高められるかどうかを心配していたに決まっているわ」
そこで姫殿下は、一呼吸置くともう一度口を開いた。
「だから私は、父上を見返してやることに決めたわ。父上が驚くほどの活躍をして、ローゼニアにシャルロッテありといわれるぐらいになって見せるわ」
どうやら、姫殿下はこの前会った時と変わらないおてんばなお姫様のようだと。クルトが感じたのは杞憂だったようだ。
「小官も軍が驚くような活躍をして見せます」
姫殿下は、天性の指揮官の素質を持っているようだ。なぜなら、さっきまで大隊の指揮などできないと思っていたクルトをすでにやる気にさせてしまっているのだから。
これが王家の血筋を引くものなのかと感心する。
会議室のドアが開き、クルト以外の士官が続々と入ってきた。
そこで、この話は終わりになってしまった。
「まずは、各人の自己紹介から始めようか」
大佐に促されて自己紹介が始まる。
「第二中隊長のアンゼルム・グルーバー中尉です。姫殿下の近衛師団に配属されたこと、誠に光栄であります」
完璧な敬礼を姫殿下に行ったグルーバー中尉は、年齢からみてたたき上げの士官であろう。
「第三中隊長のマルタ・クライシェ中尉であります。姫殿下に泥を塗らぬように粉骨砕身で頑張らせていただきます」
リベラルな性社会を持つ王国でも珍しい女性士官である。見た目も栗色のセミロングの髪をまとめた姿は、姫殿下ほどではないにしてもきれいである。
「第四中隊長のライナー・ガウス中尉であります。王国名誉騎士勲章を受勲されたベッシュ大尉殿と共に闘えることを楽しみにしておりました」
姫殿下に敬礼した後、クルトに対しても個別に敬礼してきたガウス中尉は、クルトを除いた士官の中で最も若いことが見た目からわかる。
それでも、この大隊に配属されたということは、それなりに経験がある士官なのであろう。
「第五中隊長のルイトポルト・ヘンリック・ノルドハイム中尉であります、シャルロッテ姫殿下。姫殿下の安全は私がお守りいたします」
姫殿下やヘルダー大佐以外の士官には見向きもせずに挨拶を終わる。一般庶民を見下す典型的な貴族だ。
その後、大隊の士官全員の自己紹介が終わるといよいよ大佐が本題を切り出した。
「各々が挨拶も終えたところで本大隊の今後の行動について達する。本大隊は、王都にて一か月間の訓練を終えたのち膠着状態が続いているダリアス方面に投入されることが決定している」
ダリアス方面では海岸線まで続く塹壕が掘られ、両軍の兵士たちを大量に消費する塹壕戦が展開されている。
「参謀本部は、シャルロッテ王女近衛師団を中核とした包囲殲滅戦を行うことを企図している。本大隊は、その一番槍として参加をする予定だ。詳細な命令は、追って行う。以上だ」
クルトだけでなく会議室にいる全員が与えられた任務の重大性を認識していた。
この作戦の成否によって今後の王国の運命が決まるのである。首都近郊で粘り続け王国に多大な出血をさせているダリアス軍を殲滅できれば、ダリアスに展開している王国軍をパドーソル連邦との戦いに投入できるのだ。
そして、作戦成功の可否に重大な影響を及ぼす先陣が自分たちにあるのだ。
この命令で何も思わない軍人がいたとすれば、そいつはただの馬鹿であろう。
「姫殿下から何か言うことはございますか?」
大佐に話を振られたシャルロッテ姫殿下が一歩前に出る。
「諸君らは、我が近衛師団のかなめである。ひいては、王国のかなめである。諸君らの活躍が今後一〇〇年の王国の歴史を作ると言ってもよい。私は、諸君らの献身的職務を期待している」
短い一言にちりばめられた軍人を鼓舞する言葉が、さらにやる気を増進させる。
例外なくクルトも訓練計画をより良いものにしなくてはならないと感じたのである。
最後まで読んでくださった方に全身全霊の感謝をささげます。
もう少しこの章が続きます。ためた分だけ熱い戦いをお届けさせていただきます。
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