新たな戦友 5
「お茶が入ったようです。飲みましょう」
老齢の執事が白いティーポットから紅茶を注ぐと、華やかな香りがクルトの鼻をくすぶった。
姫殿下は、執事が引いた椅子に腰を下ろすとまずは、鼻で香りを楽しんだ後に一口紅茶を口に含む。
その動作があまりにも優雅でクルトは、見入ってしまう。
「どうかしましたか?」
「いえ。姫殿下の所作があまりにもきれいで、お美しい容姿と合わさって、まるで童話の世界を見ているのかと目を疑ってしまいました」
姫殿下の顔が一瞬こわばり、カップがぐらつく。
そこで、クルトは自らの失言をしたのだと気が付いた。
「申し訳ございません。小官ごときが姫殿下の所作について述べるなど身分知らずも甚だしいことにございました」
王族として幼いころから教育を受けている姫殿下に対して、一軍人が何か言うなど失礼にもほどがある。
クルトは、不敬罪に問われることを覚悟する。
これで、姫殿下に対する不敬は二回目になるのであるから最高刑が死刑になる不敬罪にされてもおかしくないのだ。
「違うわ。所作について褒められるのなんて初めてだからうれしかっただけよ」
少しだけ頬を紅色に染めて、蚊の鳴くような声で発せられた。
予想に反して姫殿下の反応が嬉しそうだったことにクルトは胸をなでおろした。
緊張の連続だったため、喉がカラカラになっていたクルトは、カップになみなみと注がれている紅茶をごくりと飲み干す。
渋い味が舌を湿らして、マスカットのような香りが鼻を抜けていった。
「お口に合ったかしら?」
身長の関係で上目遣いでクルトに少し心配げに訊ねてくる。
「もちろんです。小官にはもったいない茶葉です」
姫殿下は「よかった」と言ってにっこり微笑んだ。
その姿がまたかわいくて、クルトは心臓に悪いなと思った。
「あなたは…じゃなくて、クルトは普段何しているの?」
紅茶を一通り楽しんだ姫殿下が当初おっしゃっていたようにおしゃべりを始める。
「小官は、普段は読書をしております」
「どんな本を読むの? 私もそこそこ読むのよ」
「最近ですとシモン・マリウスの著書を読みあさっております」
地質学者のシモン・マリウスの著書は、地質学だけでなく外国に行ったことのないクルトにとって知らない世界中の食事や風習などがふんだんに盛り込まれているのだ。
「冒険譚とか英雄伝とかは読まないの?」
「子供のころに教会においてあった「レオンとノナ」を読みました。これを読んで遺物乗りになりたいと思ったんです」
学術的な本を読むことが多いクルトでも、王国臣民なら一度は読んだことのある、英雄レオンの物語を子供向けにアレンジした英雄譚なら読んだことがある。
「それなら、もちろん私も読んだわ。仲間を助けるために大軍の中に一人で突っ込んでいくシーンは、私の憧れよ」
姫殿下の言うシーンは、奇襲を受けて孤立した王国軍の小部隊を指揮官達の反対を押し切ってレオンが一人で助けに行く物語の見せ場の一つだ。
もちろんクルトもそのシーンは、食い入るように見た記憶がある。
「ぼろぼろになりながらも味方を助けるために戦うのをハラハラ、ドキドキしながら見たのを小官も覚えています」
「そうそう、他にもレオンがノナと喧嘩するところとかとても面白かったわ」
そのまま「レオンとノナ」の話に花が咲く。
どうやら、姫殿下は冒険譚や英雄伝がとても好きでいろいろと呼んでいるようだった。
その中には、クルトが知らない作品がいくつもあり、あらすじを事細かに教えてくれる。
大好きな本の話をする姫殿下は、どこにでもいる街の少女のように無邪気で王家の人間も同じ人間なんだとクルトは感じた。
「シャルロッテ姫殿下。そろそろ歌の先生がお見えになられる時間です。お部屋にお戻りになられた方がよろしいのではないでしょうか」
ずっと後ろに立っていた中佐の階級をつけた軍人が姫殿下に声をかける。
クルトが時間を確認すればすでに小一時間話していたみたいだった。
「分かってるわ。それでね、大きなクマが出…」
「姫殿下。お話はそれぐらいにして、準備をいたしませんと」
中佐は、話を続けようとするシャルロッテ姫殿下の声をさえぎって行動を促す。
「行きます。行けばいいんでしょ」
鋭い目つきで中佐をにらむと、城の中へとツカツカと入っていく。
残されたクルトに中佐が近づいてきた。
叱責の一つでも受けるかとクルトは、覚悟したが中佐は感謝の言葉示す。
「今日のところは、姫様のわがままに付き合ってくれて感謝している。私は、シャルロッテ姫殿下の侍従を務めている、シュテファン・ヘルダーだ。近衛師団では遺物大隊で大隊長をすることになっているからよろしく頼むよ、大尉」
クルトは、椅子から勢いよく立ち上がると敬礼をした。
「こちらこそ、恐れ多くも姫殿下とお茶をご一緒させていただき光栄の至りであります。ヘルダー中佐と共に戦場をかけることを楽しみにしておきます」
ヘルダー中佐は「期待している」と残して姫殿下の後を追って城の中へと消えていった。
残されたティーセットをどこからともなく現れた使用人たちが片付けるのをクルトは、ただ見ていた。
ティーセットがすべて片付けられた中庭にどこからともなく心地よい歌声が響いてきた。
クルトは、夕日で赤く染まった白亜の城を背に一人宿舎に向けて帰路に就いた。
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