新たな戦友 3
王位継承権がある王族が十八才になると、その本人を師団長として編成されるのが王族近衛師団だ。
基本的に近衛師団に配属される士官は、貴族の嫡子などの宮廷と縁あるものが選ばれるのが常である。
「自分ごときの身分で副隊長など勤まりません」
クルトは、貴族でもなければ貧民街出身の孤児だ。
基本的な所作は士官教育で叩き込まれているが、もちろん社交ダンスなんて踊れないし、金持ちの遊びには興味など全くない。
お高く止まっている貴族と仲良くできる気がしない。
「安心したまえ。今回の近衛師団は今までのお飾りとは全く違う」
「どのように違うのでしょうか?」
「まず、今回は儀礼用のお飾りの師団ではない。実際に戦場に出ることを前提に作られる」
王族が戦場に出ることなど今時あり得ない。それでも戦争に出すとなるとなれば、そこにある真意は、一つしかない。
「プロパガンダ、ということでしょうか?」
中佐はその問いには答えずに話を続けていく。
「そのため、最精鋭が王国全土から集められることになっている。大尉の活躍に期待しているぞ」
この話はここまでだと言わんばかりに強引に締めくくった。
プロパガンダとして戦場でシャルロット姫殿下を守りながら、活躍しろという言外の含みが理解できないクルトではない。
「了解いたしました。ご期待に応えられるよう努力いたします」
どうやら中佐、ひいては参謀本部のお眼鏡に叶う答えができたようだ。
「この事については、まだ機密扱いだ。おって命令あるまで他言せぬように」
「はっ、心得ております」
「私も戻るが、倉庫内から出さない限りテトラは大尉の好きにしても構わない」
それだけ言うと、ゴルトベルト中佐は、ほかの将校もつれてシャッターをくぐって出ていった。
クルトは、教範に沿ったしっかりとした敬礼でゴルトベルト中佐を見送った。
ゴルトベルト中佐やその他の将校の姿が見えなくなるとクルトは、アートランチスの遺物に乗り込むために、さらに近づいていく。
それを認識したのかテトラは、左手をクルトの目の間に出して、そこに乗るよう促してきた。
手のひらに乗るとそのまま、背中からいつの間にか出ていたコクピットの横まで持っていかれる。
その動きは、とてもなめらかで小さな振動すら感じさせないものだった。
コクピットの中のレイアウトは今まで乗っていた遺物とほとんど変わらない。今まで乗っていたのがアートランチスの遺物の模造品であるから当然である。唯一と言ってもいい違いは各種計器がアナログ式だったのがデジタル式になっていることぐらいだ。
クルトがコクピットの中に足を踏み入れると自動的にコクピットの電源が付き、モニターが明るくなる。
「すごいな。そのまま景色を見ているかと思うぐらいだな」
映し出された映像があまりにもきれいで、クルトは思わずそうつぶやいてしまう。
倉庫の壁に書かれている細かな文字まで読むことができる。見た目は大差なくても一つ一つの機器は、もはや別物と言ってもいいのではないだろうか。
「ありがとうございます。そう言っていただけて幸いです」
座席上部に取り付けられているスピーカーから女性の声でクルトの独り言に反応した声が流れ出た。
「驚かせて申し訳ございません。私は先ほど名乗らせていただいたテトラと申します。これかも何卒よろしくお願いします」
正面のモニターに機体の色と同じ真っ黒な髪と瞳をした女の子が映し出される。
クルトは、あまりにも衝撃的な出来事に一瞬言葉を失う。軍事兵器に搭載されているモニターに女の子が映し出されるなど聞いたことがない。
「…アートランチスの遺物の中身はこんなかわいい女の子なのか…」
「アートランチスの遺物とは私のことを指しているのでしょうか?」
紀元前1万5千年から地中深くに埋まっていて、いつの間にか自分たちがそんな風に呼ばれているなど知らなくて当然である。
クルトは、大筋の歴史と現在の状況を簡単に説明する。
「---今は、西暦一九二三年だ。神聖ローゼニア王国は二ヶ国を相手に戦争を行っている最中だ。戦争に勝つためにも、テトラ君の力が必要だ」
クルトが一通り話し終えると、かわいらしい笑顔で感謝の気持ちを表してくれる。
「なるほどです。現在の状況をおおむね把握しました。ご説明ありがとうございます、ご主人様。私に課せられた命は、搭乗者の剣となり盾となることのみです。こんな私ががお役に立つというのであれば、存分にお使いくださいませ」
画面の中のテトラが深々とお辞儀するのを少し面白いなとクルトは、思った。
「どういたしまして。これからよろしく頼むよ。今度は、俺から質問させてもらうけど、いい?」
「もちろんでございます。何なりとおっしゃって下さい。私の答えられる範疇でならばお答えいたします」
最初の質問を投げかける。
「アートランチスの遺物はみんなこんな風な女の子が表示されて対話ができるのか?」
対話ができるアートランチスの遺物があることは、クルトもパイロット教育で習っている。しかし、女の子の映像と会話することになるとは思いもよらなかったのである。
「いいえ。まず、高度な会話が成り立つのは製造番号が〇から九までの一〇体のみです。性別、姿、性格などは、各機体の使用用途によって違うものが採用されております。これでよろしいでしょうか?」
「ありがとう。次は、テトラ特有の能力について教えてほしい」
最初の質問はただの興味だったがこれは聞いておかなければならない事柄だ。これから戻る戦場で最大の武器となる事柄だ。
「私に備え付けられている能力は「時間操作」です。時間の流れる速度を速めたり、遅くしたりすることが可能です」
時間操作が可能になれば、戦いそのものを支配することが可能になる。
しかし、長所しかないものはこの世に存在しないことをクルトは知っている。一見便利に見える長所も裏返せば短所となりうるのだ。
「その能力には、何かデメリットはないのか?」
「この能力は、ほかの機体の特殊能力に比べて操縦者に対する負荷が極めて高いです。もう一つ、時間の流れを完全に止めることはできません」
デメリットが挙げられるが、クルトとしてはほかの機体と比べることなどできないからどの程度の負荷がかかるのか分からない。
「今ここで、その能力を使うことはできるのか?」
分からないことをそのまま放置することは、軍人としてあってはならないことだ。知っているということが自分の命を救うことにつながるかもしれない。
「はい、もちろんです。任意で使用する場合は、時間操作と言ってから何倍にするのかを言ってください。終わる場合は、終了と言っていただければ大丈夫です。」
クルトは、まず比較的負荷が軽いであろう、最低倍率の二倍速で試してみることにする。
「時間操作、二倍」
すぐに心臓が締め付けられるような感覚に襲われる。呼吸がしずらくなり、全身からいやな汗が噴き出てくる。意識すら気を強く持たなければ飛んでしまいそうだ。
狭まった視界に見えるモニターには、外を飛ぶ虫がスローモーションで飛んでいく姿がくっきりと映し出されている。
クルトの体からは、脂汗が滝のように流れ出てくる。
息がさらに苦しくなりこれ以上は危険だとクルトは判断した。
「終了」
深く深呼吸を何度かして空気を取り込む。心臓は全族力で走ったかのように高速で脈動している。
「大丈夫でしょうか?」
「心配ない。今どのぐらいの時間能力は発動していた?」
「通常の時間で三〇秒が過ぎておりますので、ご主人様の体感では一分間能力をお使いになっていたこととなります」
今ので、たった一分。あまりにも短い稼働時間だ。
時間操作という能力の代償はクルトの想像のさらに上をいくほどのものだと言わざる負えない。
今のままでは、戦場で使うことなど到底できない。使ったら最後、その後の作戦行動に体がついていかないだろう。
慣熟訓練が三カ月あって良かったと心の底から思うのだった。
最後まで読んでくださった方々、誠にありがとうございます。
申し訳ございませんが、ヒロインは次回までおまちください。
評価、ブクマ、感謝、レビューを書いていただきたいです。それだけで、ご飯が8杯食べられます。
よろしくお願いします。