英雄たちに贈るデブリーフィング
新しく追加しました。
うっそうと茂る木々の間を駆け抜けていく集団が一つ。
「姫殿下は、王都にお向かいくださいませ。小官がここで連合軍をお止めいたします」
一団の最後尾を走っていた漆黒のカラーリングの機体が唐突に立ち止まる。
「何を言っているの! あなたも一緒に帰るのよ」
前方を走っていた二機も走るのをやめた。
「小官も姫殿下と共に王都に帰りたかったです。しかし、それをしてしまったら小官は准将閣下の最後のご命令に違反してしまいます」
姫殿下をお守りせよ、准将閣下に承った命令だ。
「皆、姫殿下を王都に向かわれることを願って、散っていったのです。姫殿下は希望です。これからの王国に欠かせないお方なのです」
すでに今まで共に戦ってきた戦友たちは、時間を稼ぐために必要に追いかけてくる敵に向かっていきヴァルハラへと旅立ったはずだ。
「王国最後の希望は、小官一人で十分です。姫殿下は、王国復興の最初の希望になってください!」
「いやだ! 私は、近衛師団とともにあると、あの時あの場所で誓ったのだから」
「お願いですから最後ぐらい自分の言うことを聞いてください」
遠くで鳴り響いていた戦闘の音は、すでに聞こえなくなっている。
第一中隊もすでに突破されてしまったようだ。
「副官、姫殿下を王都までよろしく頼む」
「いやです。自分も王国軍人です。王国のために死ねるなら本望です!」
いつもは「了解しました」としか言わない副官が珍しく口答えをする。
どうも、この大隊の隊員は死に急ぎすぎている。
「軍人だと言うのなら、命令だ! 姫殿下を王都までお送りしろ!」
軍人である以上、上官の命令は絶対だ。
「私を置き去りにして話を進めないで。私は、ここに残って戦うって決めているの! これ以上、私のために誰かが犠牲になるのは、もう嫌なの!」
姫殿下のいつものわがままが始まる。
いつもは、わがままに付き合っているが、今回だけはわがままを聞くわけにはいかない。
「分かりました。姫殿下、今までとこれからのご無礼をどうかお許しください」
すでにボロボロだった搭乗席の扉を無理やりこじ開ける。
姫殿下は、何事か叫んでいたが問答無用で引きずり出すと副官に投げ渡す。
「もう一度言う、姫殿下を王都までお送りせよ。これは、大隊長命令だ。必ず達成せよ」
「…了解しました。この身に変えても必ずお送りいたします。ですから大隊長殿もどうかご無事で」
「誰に対していっている。ローゼニアの黒き死神だぞ。連合軍などと名乗っている烏合の衆ごとき一捻りにしてくれる」
そんなことができるわけがない。
この場にいる三人ともが知っている。
追手の連合軍は、最低でも二〇〇人はいる。一人でどうにかできるレベルではない。
だからこそ、最も長く時間の稼げる人間がこの場に残るべきなのだ。
「王都で大隊長殿の帰還報告をお待ちしております」
「ああ、必ず」
人は、どうして叶わぬ約束をしてしまうのだろうか?
「私に行った数々の無礼の罪を償わなければならないから、こんなところでくたばったら死刑にしてやるからな」
くたばったらすでに死んでいるのではないだろうか? 最後まで抜けているところは、最初から変わっていないと思う。
思わず笑ってしまう。
「何を笑っている。私は本気だからな。首を洗って待っておれ!」
副官の手の中で地団駄を踏む姿は、到底王国最強の師団を率いているとは思えない。
「分かりました」
今来た道から地響きのような音が迫ってくる。もう時間は、残されていないようだ。
「さぁ、早く行け!」
返事を待たずして機体を敵方へと向ける。
「はい。では、王都でお待ちしております」
その言葉を残して足音が遠ざかっていく。代わりに前方から、敵が迫ってくるのが確認できた。
その数、およそ二〇〇。
各中隊が言葉の通りに命を賭して削ってくれたようだ。
「テトラ、これが最後だ。頼むぞ」
「お任せください。ご主人様の剣となり、盾となると最初に契約したではありませんか」
周囲をあらゆる計器に囲まれたメインモニターに映し出された黒髪の少女が答える。
「そういえばそうだったな。使い方の粗いご主人様で悪かったな」
「いいえ。私は、そんなご主人様が大好きですよ」
血なまぐさい戦場には似つかわしくないきれいなソプラノの声がコクピットにこだまする。
「そう言ってくれるとうれしいよ」
敵が射程距離内に足を踏み入れたことがディスプレイに表される。拡大された映像には、連合軍の最高傑作機「G-19 アレキウス」が映し出されている。
最後の相手としては申し分ない。背中に背負った巨大なライフルを構える。狙いは戦闘を走る指揮官機。
一撃必殺で仕留めて弾薬の節約をしなければならない。
しっかりと狙いをつけて引き金を引く。引き金に連動して撃鉄が落とされ、内蔵された撃針が雷管に衝撃を与えて弾丸を発射する。
爆音とともに放たれた弾丸は、先頭を駆ける機体の脳天を見事に打ち抜いた。
それでも倒れた機体を飛び越えて敵は速度を変えずに迫ってくる。
外部スピーカーの電源を入れる。
「わが名は、クルト・フォン・ベッシュ。神聖ローゼニア王国陸軍中佐にしてシャルロッテ近衛師団、遺物特別遊撃大隊大隊長である」
少しでもここで時間を稼がなければならない。
「貴様ら王国を荒らす蛮族数万の返り血を浴びた、このローゼニアの黒き死神がここから先には行かせはしない!」
はるか昔にすたれた名乗り上げを行う。
ローゼニアの黒き死神と言えば少しぐらいは、引き返すかもしれないと期待したが、我先にと間合いを詰めてくる。
ライフルの先に銃剣を着剣する。少し短めで近接戦闘にもってこいの槍に早変わりする。腰につけていた軍刀を抜刀して、槍と剣の変則二刀流の構えをとった。
そして、大きく深呼吸を一度する。
一言静かにつぶやく。
「時間操作、四倍」
これは、命がゴミのように使われる戦場で、祖国のため、名誉のため、愛する人のために戦った英雄たちの物語。
最後まで読んでくださった皆様ありがとうございます。
まだまだ、続きますのでよろしくお願いします。
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