第二章 4
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~薄暗く陰湿な洞窟にて~
アンは湿っぽい岩肌の上で目を開けた。
----ここはどこ?何があった?クジョウは無事なのか?
色々な疑問が頭を巡る。だから、反応に遅れた。
「あなた・・・大丈夫?」
ここには誰が運んだのか?この疑問が抜け落ちていた。数秒硬直し、そして、その声のした方に顔を向ける。
その方向は入口らしく、光が差し込んでいて、目が眩むが、そちらに人影を認識できた。
随分と小柄で、フードの付いたケープで頭から肩までを隠している。背にはロングボウと矢筒を背負っている。腕も足も長い覆い隠していて、見た感じでは、少女に見えるがクジョウの件もあるので何とも言えない。
「・・・ええ。怪我は無いみたい。あなたが助けてくれたの?」
ひとまず疑問を一つずつ解消していくことにする。すると、その人物は、こちらに顔を僅かに向け、首を傾げる。
「・・・大丈夫なの?」
「えっと・・・大丈夫よ?」
清々しい程に無視をされての質問に、思わず疑問形で返答してしまう。しかし、その人物はその答えに何か不満があるのか歩み寄ってきた。アンが何事かと見守っていると、突如アンの目の前に座り込み、
「褒めて、撫でて?」
「・・・・・・・・・・・・・は?」
「褒めて、撫でて」
二度の要求に、思考の歯車が抜け落ちる。そんなアンを他所に、その人物は頭をアンに向けながら左右に揺らしている。その反動で、フードが頭から落ち、純白の髪の毛が露になった。それもそっちのけで待機している。望み通りにしないと話が先に進まないらしい。
「えー・・・と。さっきは助けてもらったみたいでありがとう」
頭に手を当てて言う。すると、唐突に顔を上げて、顔を顰めたままアンを見上げる。その瞳は鮮やかな深紅で、そのその双眸に息を呑んだ。
「お礼、じゃない。褒めて、欲しい」
片言で、半ば泣きそうにも見える表情と語調で見上げる。その深紅の瞳を潤ませていた。そこでやっと確信出来た。この人物は女性、女の子だ。それが分かったところで、この状況は揺るがない。
アンは、あれこれ考えるが、言葉以上の意味は無いと、結論づけて、再度、少女の頭を撫でると、
「よく出来たわね、すごいわよ。あなた」
簡素な言葉だったが、少女はそれで満足したらしく、上げた顔に浮かべた満面の笑みは、純真無垢で、垢抜けない物だった。それと似た笑みを、アンは知っていた。それを思い返すと、自然と口許が緩んでしまった。
それを見た少女は、不思議そうに小首を傾げる。
「どうしたの?」
「ごめんなさいね。あなたの笑顔が、私の知り合いの大人の人に似てたから、つい」
弁明しながらも、その人物が思い浮かぶ。龍神先生だ。
彼女も、少女と同じように、感情を表現する。齢は三桁に届いているのに、あれほど感情表現豊かな人物を、アンは龍神先生しか知らない。(あれだけ年を重ねている人物を他に知らないが)あの人は、この世界の綺麗な面も汚れた面も見てきているはずなのに、あれだけ正直に生きているのだから、ある種尊敬に値する。
未だ、納得してはいない少女だが、ハッと思い出したかのような顔をし、
「私の名前、ディアス・シャスール、って言うの」
言葉の端々を区切りながらも、少女は名乗った。ようやく相手が名乗ったので、アンも名乗る機会がやって来た。
「私の名前はアルン・トゥム・ブリュンヒルデ。依頼で、この辺まで来たのだけれど、私の他に男の子----いえ、『女の子』を見なかったかしら?」
「あなたと、一緒に、居た人?あの、メラスの、群れと、戦ってた?」
やはり見掛けたらしい。しかし、そこで新たに疑問が浮上する。というか、もう疑問だらけだ。
「囲まれていたのを知っていて、尚私を助けたの?」
少しばかり語調を荒らげてしまった。詰め寄る様な形になった事も災いした。
「・・・・・・っ!ぐす・・・・嬉しく、なかったの?めいわく、だった?っ・・・ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
堰を切った様に流れ出る謝罪の言葉。ディアスは泣きじゃくり、顔をうずめたまま、延々と繰り返していた。
完全に宥めるタイミングが無くなり、掛ける言葉を見つけられず面を食らっていた。
だが、ディアスは泣きじゃくり、ひたすらに謝罪の言葉を並べ続けながら立ち上がると、そのまま飛び上がり、枝から枝へと、森の中を行ってしまった。その後ろ姿を唖然として見送るしか出来なかった。




