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東方剣士の流浪録  作者: かなた
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第二章 2

 2 

~アル・ファニラ近郊 アル・ファトラに続く街道にて~

 未だ陰りを知らない太陽が、生い茂る草木を照らす中、整備された道の端で、アンは木に背中を預け、足元の草地に腰を下ろし、九条は立ったまま木に寄り掛かり休息を取っていた。

「この奥で良いのかな?メラスの縄張りは」

 澄んだ空を、額に手を当てて見上げながら確認する。

「そのはずよ。最近の目撃情報からしても、この辺りでの話が多かったから、まず間違いないわね」

 アンは断言すると、スッと立ち上がる。

「そろそろ行く?」

「ええ。私はもう大丈夫よ」

 大きく伸びをするアン。朝にも動物との戦闘を行なっているのだから、疲労が溜まっていても良いのだが、それでも弱音は吐かない。そんなアンを眺めていると、その視界に馬車が映り込んだ。

 相当に大きい幌馬車で、おそらく商人なのだろうが、人影はその店主らしき人物以外には確認できない。

「あの馬車・・・『護衛』がいないわね」

 アンが疑問を口にする。あれだけ大きい幌馬車の所有者なら『護衛』の『狩人』を付ける事だって出来る。それに、この街道は動物は勿論、盗賊の話も後を絶たない。一般の商人なら、『護衛』を付けるはずなのだ。それが無い、となると、

「ただの節約家か・・・他人に見られたくない物を運んでる、っていうのが妥当な線なのかな」

 前者なら何も問題は無いのだが、後者となると、また複雑になってくる。最近の巷では、裏のルートで励装が売買されている、という話をアル・ファニラに着くまでにも何度か耳にした。励装は訓練を受けた者で無くとも、認められさえすれば卓越した能力を与えてくれる。だが、地力が無い人が扱うと、力に『呑まれて』しまう事がある。そうでなくとも、励装の力を、それこそ盗賊などに渡ってしまったら、普通の憲兵には対処出来なくなる。

 そんな思考を巡らせている間にも、幌馬車は近づいてくる。そして、思考を巡らせている間でも、九条は見落とさなかった。

「来るよ・・・!!」

 アンに呼び掛けながら、腰のカタナも手を添えると、親指で刃を僅かに出す。アンも状況は呑み込んでいないが、咄嗟に腰の双剣に手を伸ばしていた。

九条の言葉が発せられてから数秒も経たない内に、幌馬車の周りの草木が不自然に揺れ始める。その波は徐々に街道に、幌馬車の方に着実に向かっていた。

九条はアンと目を合わせ、瞬時に左右に分かれると、アンは双剣を抜いて、九条は刃を僅かに出した状態で駆け出す。

草木の揺れが街道に辿り着く前に、二人が幌馬車の横に立ち塞がる。

「おじさん!街の門まで全速力で馬を駆けさせて!こっちはどうにかするわ!」

 反対側のアンが声を張り上げて、状況を呑み込めていない商人に言うと、我に返った商人が馬を打つ音が聞こえ、一気に走り去っていく。

それと同時に、草むらから飛び出してきたのは一体のメラス。その後ろにまだメラスが来ているのを視認すると、鞘に納まったままのカタナを振り抜く。

横に一閃。その斬撃でメラスの体は両断される。遅れて血飛沫が舞うが、それには目もくれず、次を見据える。

 

九条がカタナを振り抜く一瞬前。

アンは双剣を逆手に構えたまま、飛び出してきたメラスと相対していた。当然だが、アンには九条の様にメラスを両断する技術も武器も持ち合わせてはいない。

アンが構えているのは、片手剣の半分ほどの刃渡りしかない、簡単に言えば『大振りのナイフ』だ。

だから、一撃必殺は狙えないし、狙わない。

飛び掛るメラスの爪を、体を左にずらして躱し、メラスが着地すると同時に、右足を踏み込むと、逆手に持った右手の剣でメラスの首筋を斬り付ける。だが、先程も言ったように、一撃必殺は出来ない。

右手の剣で斬り付けた勢いを殺さずに、姿勢を低くすると、左手の剣の持ち方を順手に変え、右足で地面を蹴る。体が宙に浮くと、腰を支点にして横に回転し、そのまま左手の剣でメラスの首を斬り落とす。

右手を地面に付いて着地すると、先程の立ち位置とは正反対になっており、クジョウが剣を振り抜いた姿が見えた。既に、一体のメラスを倒しており、彼の足元には紅く染まっていた。アンの足元にも、自分で斬ったメラスから血が広がるので、早々に立ち上がる。

こちらから来たのは一体だけのようで、森の方には他に動物の影は見えない。一つ息を吐くと、もう一度クジョウの方を確認する。

そこには、真っ赤に染まった地面と、三体のメラスの死体を前にして佇んだ、剣を鞘に戻したクジョウの姿があった。長い髪から微かに覗く瞳は、光を湛えず、ただひたすらに虚無が広がっていた。クジョウはその視界にアンが見ているのを捉えたのか、

「ん・・・?ああ、そっちは大丈夫だった?」

 そんな印象は一瞬で消え去り、今までどおりの微笑みを浮かべていた。

「ええ。怪我はしてないわよ。数的には、あなたの方が多かったみたいだけど、大丈夫?」

 クジョウは、この通り、とでも言うかの様に両手を広げる。やはり、そんな言葉は彼には不要なようで、返り血一つ付いていなかった。

「それにしても・・・さっきの馬車は無事に着いたかしら?」

「多分大丈夫なはずだよ。今、こっちに高速で向かってくる馬車がアル・ファニラの方向からあるから、それに衛兵の部隊も乗ってると思うよ」

 その言葉通り、数分もせず一台の馬車が到着し、中から甲冑に身を包んだ重装備の衛兵が降りてきた。

「御苦労様です。正規の依頼では無い中、よく働いてくださりました。よって、報奨を与えたい、との騎士団長からの御言葉ですが、貴殿らは何時、帰還なされるでしょうか?」

 メラスの体を馬車に運び込む衛兵とは別に、陣頭指揮を取るリーダー格であろう衛兵が、歩み寄るなりそんな事を言ってきた。今時、礼の一つも無い騎士団もある中、律儀に報奨まで与えるというのは、正直驚いていた。しかし、そんなつもりで助けた訳ではなく、自分がやりたいからやっただけの事でお礼は貰えない。

「いえ、大丈夫です。こちらが勝手にやった事ですから」

「しかし、この大事な時に、それもあれほど『重要な積み荷』を守って頂いたのですから、それ相応の礼を尽くしたいとの事でして・・・」

「ならさ、こんなのはどうかな?」

二人のやり取りを無言で見ていたクジョウが、ようやく口を開いた。

「アル・ファニラの街に龍神弥生って女性が居るよ。多分、まだ【時雨】に居ると思うからその人に渡して上げて。僕の師匠で、彼女の教師でもあるから問題ないでしょ。それに、ハンターズ・スクールの教師だから名実共に無理は無いと思うよ」

 いきなり『美少女』が話に入ってきたのに目を瞬かせるが、冷静を取り繕うと、

「あの、いえ・・・えーと、その名前は聞き及んでおります。その方に貴殿らは譲る、と言うわけですね?了解しました、そう御報告させて頂きます」

 そう言うと、他の衛兵に幾つか指示を飛ばし、その指示で一気に片付けが終わる。その間、心無しか、兜の下の視線がこちらに向けられている気がしないでも無かった。

「『美少女』だと、どこでも人気者ね?」

「あはは。僕は君の方が可愛いし、綺麗だと思うんだけどな」

 片付けが終わって、衛兵は馬車に乗り込むと、再度頭を下げ、そして馬車はアル・ファニラへの道を戻っていった。


「さて、と。ひと騒動あったけど、そろそろ本題に入るとしようか?」

 馬車を見送り、一息付いた所でアンに声を掛ける。

「そうね。確かこの辺に・・・っと、この道を進めば着くはずよ」

 そう言って指し示したのは、草むらに覆われた中にある、草の生えていない獣道だった。その獣道は、鬱蒼と茂る木々の間を縫うように続いていた奥に行く程、木々が生い茂っているのか、徐々に暗くなっている。

「じゃあ、早速。お仕事開始、と行きますか」

 言うと、アンが前を、九条が後ろに列になって森に足を踏み入れる。

見た目の印象通り、進んでいくと頭上を木々が覆い尽くし、光量が減っていく。そして、どこからか動物の鳴き声が木霊する。

道を外れないように、アンは足元を注視しながら歩みを進めていく。

「・・・アンは『こういうの』は平気?」

 さすがに、黙りこくって歩く必要は無いので、前方のアンに問い掛ける。ちなみに、『こういうの』と言うのは、ホラー系もしくは虫系の事なのだが・・・。

「・・・、」

 返事が無かった。それほど小さい声尋ねたとは思えないが、アンに呼び掛ける為に、アンの肩を叩くと、

「ひゃッッッっっっっ!?」

 その肩をびくつかせて、甲高い悲鳴を上げる。までは良かったのだが、そのまま腰の剣を抜いて振り回し始めた。

 手当たり次第に振り回す剣は無秩序で、だからこそ、その軌道は読みづらく、一度離れる。どうしたものかを思案するが、下手に触れると悪化しかねない。かと言って、意識を奪うのも申し訳ないので、静観を決め込む。

辺りの草を一通り刈り取り、いくつかの木々を斬り付けて、ようやくその剣が下ろされた。それを見計らって声を掛ける。

「落ち着いた?」

 若干距離を取ったままの九条、呆然とした顔のアンが見つけ、そして硬直する。

「・・・ッッっっっっ~~~!?」

 今度は声にならない声を上げると、顔を背けた。九条は髪を掻き上げると、

「怖いのは----」

「違う!絶対違うから!断じて!絶対に!違うから!何も怖くないわよ!!」

 九条にその先を言わせんと、大声を張り上げて全力で否定する。そして、くるりと百八十度回れ右をすると、何事も無かったかのように、進んでいた道を歩き出す。

 その背中を、微かに微笑みを浮かべながら、九条も後を追い掛ける。

だが、その歩む姿を見ていると思わず微笑んでしまう。アンはそれに気づいたのか、むくれて振り返る。

「・・・何よ」

「いや。そんなアンも可愛いな、と思ってさ」

 すると、ぷいっとそっぽを向くと、何も言わずに進行方向を向くと、視線を足元に落とし、また歩き始めた。怒ってしまったのだろうか。さっき驚かせるような事をやっておいて、こんな言葉を受け入れたりはしないか。そう解釈すると、諦めて黙って歩く。


しばし二人の間に沈黙が流れ、周囲からの動物の声、草木が風に揺れる音だけが一帯を支配していた。

「(~~~ッッッっっっ!?何してるんだろ、私・・・。あんな食ってかかるような剣幕で・・・。クジョウに悪気があったわけじゃ無いのに・・・。それに『さっきの言葉』・・・)」

 物思いに、と言うよりは自己の世界に嵌ってしまっているアンは、殆ど無意識に獣道を見下ろし、それに沿って歩いていると、壮絶な音と共に、一瞬視界が明滅した。遅れて、額に鈍い痛みが走る。

さすがに悲鳴などは漏らさず、額を押さえながら、前方に顔を向けると、目の前に自分が額を打ち付けたのであろう一本の木があった。

「アン、大丈夫?結構すごい音がしたけど・・・」

 後方から、心配するクジョウの声が聞こえた。若干申し訳なさそうなのは、ぶつかる寸前で声を掛けられなかったからだろう。そちらについては、全面的にアンに責任があると思う。自ら、不機嫌そうな声で先程応対していれば、声を掛けるのに躊躇うのも無理は無い。

「何とかね」

 自分の情けなさと、羞恥心から前を向いたまま一言答える。

「(じゃあそのまま前を向いて進んで)」

 いきなり鋭く、ただ小小さく低い声でクジョウは言った。反射的に足が硬直するが、クジョウが背中を押して強引に前に進める。クジョウはそのままアンの隣に並ぶが、その只事ではない雰囲気を感じ取ったアンは、顔を前に向けたまま尋ねる。

「(何があったの?)」

「(あんまり関わらない方が良い気配があるからね。向こうは気づいてないと思うけど、何もしないのが得策だと思う・・・けど、もし戦闘になったら君は戦わずに離脱して、急いで街に戻ってね)」

 やはり明るく言う。それが明るく努めているだけなのか、本当に余裕のあるのかは分からないが、彼は微笑んでいるようにも思えた。

アンも周囲に意識を向けるが、彼の言うような気配は感じられなかった。

「(あの人は、相当に手練だよ。男性か女性かまでは分からないけど、多分君では勝てない。実力が足りないとか、経験が足りないとかじゃなくて、もっと単純な事で君は勝てない)」

 気配だけでそこまで分かるのか、それとも経験則なのかは分からないが、その言葉に誇張の色などは見られなかった。クジョウが過小評価してこれなのだ。実際かち合えば、どれほどの物なのか想像が付かない。

「(そろそろメラスのテリトリーだったよね。さすがにそこまで行けば、この気配の持ち主も気にしないと思うよ)」

 そう言いながら、足早に進んで行く。今度はアンがクジョウの後ろに付いていく形になって進む

しばし進むと、クジョウが足を止めた。その理由は明白だった。

張り詰めていた意識には、二人を取り囲むように十数体のメラスの姿がハッキリと見えたのだ。

「テリトリーに入れたみたいだね。ここはひとまず、『彼ら』の歓迎を受け入れようか」

 剣を抜きながら、クジョウは言うと、右手に持った剣をダラリと下げたまま、自然体で立っていた。アンもそれに倣い、双剣を逆手で抜くと左手は顔の高さで、右手の剣は腰だめで構える。

「アンは前方に!そこにメラス・イストはいるはずだから!僕が周囲のメラスの相手をしておくよ!」

 クジョウがアンに陣形を伝えている間にも、メラスが正面と後ろから飛び掛ってと飛び掛ってくるが、それを身を屈めて躱すと、二体のメラスは互いの爪に引き裂かれ絶命する。

アンはそれを合図に、真っ直ぐ前方に駆け出し、メラスの群れの間を縫って、華麗に抜き去る。その後ろからは、メラスの群れの雄叫びと断末魔が交互に響き渡っていた。メラスの群れはアンに目もくれず、クジョウに襲いかかっているようだ。彼の腕前は理解しているが、それでも背筋に嫌な汗が浮かぶ。だが、後ろを振り返らず、ひたすら前を見据えて、メラス・イストの姿を探す。

だが、気づくのに遅れた。アンはどこか油断していたのかも知れない。或いは慢心していたのかも知れない。『メラス・イストくらい簡単に倒せる』と。だからこそ気づくのに遅れた。

真横の草陰が揺れ、『それ』はアンに飛び掛ってきた。咄嗟に振り返るが、その時には視界は暗転していた。


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