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東方剣士の流浪録  作者: かなた
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第一章 3

   3

「今日呼んだのはキミ達の縁談の話だっ

「違うと思うけど、もしそうなら帰らせてもらうよ」

彼女たち三人が居るのは、【時雨】の二階にある個室の一室だった。外から見ると一見、平屋の様に見えるが、この喫茶店は二階建てになっている。その二階はお得意様用の個室になっている訳だ。

畳が十枚程敷かれた部屋には、基本的には下の座敷と変わらないが、掛け軸などが飾られていたりと、一つ二つと工夫が見受けられた。

そんな部屋で、いい加減にクジョウも苛立っているのか膝立ちまでいっている。

 アンとしてはこれくらいの『遊び』には慣れているので諦めているのだが、クジョウにはただ苛立たせるしか出来ないようだ。ついでに言うと、三人は座布団を敷いた上に正座をしているのだが、その座り方に慣れていないアンは顔を顰めていた。

「まあまあ、キミはもう少し落ち着きなよ。急いたら、出来る事も出来なくなるよ」

 それを自覚したのか、クジョウは大人しく座るとお茶を啜る。

「でも、まさか朝の件に君が関わっていたのは驚いたな。まだあんな場所にいるとは思っていなかったからね」

「うるさいな・・・仕方なかったんだよ」

 クジョウは恥じらうかの様に睦月から顔を逸らす。

「やっぱりまだ治ってなかったんだ。その方向音痴は」

「うっ・・・」

 クジョウは言葉を無くすが、かわりにアンは笑いを漏らしてしまった。

「・・・笑うことないだろうに」

 さっきまで、完璧超人に見えた彼の新しい一面を知って、クジョウをグっと身近に感じた。

「まあそれもさて措いて、だ。本題に入るとしようか」

 これまでの空気を一転させるように、睦月が真面目な口調になる。

「君が知りたい情報を私は握っている。正確にはそれが君の『本命』かは確定してないけど、少なくとも消去法の一つにはなる情報を持ってるよ」

「勿体ぶらないで早く言って」

 クジョウの雰囲気も先程までとは打って変わって、朝見かけたような、真剣な表情になっていた。

 その雰囲気を前に、睦月はなおも笑うと口を開く。

「別に私と君の仲だ。無償で教えてやるのも良い。・・・が、ここは私の老婆心を満たすために一つ、キミ達に依頼を受けてもらう」

「今更実力を測るのか?」

「そうじゃないさ。こちらにも事情があるんだ。この条件を飲めないなら自力で探すといい」

 アンには全く事情が分からず、かといって二人共説明する気が無いのでただ黙ってみているしか無かった。こんなことなら場所を伝えて、一人で行ってもらえば良かった・・・なんて考えが頭を過ぎる。が、話に聞いた通り、彼は極度の方向音痴らしい。先程、街の入口付近で見つけたのは、彼があの距離をそれだけの時間を掛けて来たからなのだろう。小一時間程で歩く距離を、数倍掛かって歩く彼を一人で向かわせるのは、どう考えても良い予感はしない。

「分かった。その依頼の内容は?」

 しばし逡巡していたクジョウは、一つ息を吐くと髪を掻き上げながら睦月に尋ねる。

「そんなに緊張しなくても、そこまで難しい依頼じゃないよ」

 そんな事を言いながら、着物の袖の中に手を突っ込むと一枚の紙を机の上に置く。その紙に目を向けると、そこには『狩猟者協会ハンターズ・ギルド』の公文書を示す鷹の印が押された依頼書があり、依頼の内容は『メラス・イストの討伐及び、メラスの群れ掃討』となっていた。内容自体は別段おかしい事は無いが、この依頼の受注者は『龍神睦月』と記載されていた。

「自分の依頼を人に回すの?」

「それは『狩人』としてどうなのかしら・・・」

 一気に冷めた視線二つに、居づらそうに苦笑いする睦月は全力で顔を逸らしていた。

「まあ・・・私にも止ん事無い事情があるんだよ。なんでこんな依頼が私に回ってきたのか分かんないだよな・・・」

 最後の方は愚痴めいているが、それでも彼女にも彼女なりの外せない用事があるらしい。それにこの依頼は睦月を指名してきたらしい。

「これくらいなら一人でどうにかなるから良いかな」

「何を言っているのかな?」

机の上の依頼書を手に取ると、そのまま部屋を出ていこうとするクジョウに睦月は投げ掛ける。

「私は、さっき『キミ達』って言った気がするんだけどな」

 当然の事なのだが、この部屋にはクジョウとアン、そして睦月の三人しか居ない。そうすれば必然的に『キミ達』というのは・・・、

「・・・私もですか!?」

「もちろん。あなたに拒否権は無いよ、アンちゃん。これ、講師権限ね」

 屈託の無い笑顔を浮かべる彼女は、世紀単位で生きているとは思えないほど無邪気なものだった。そして、その笑みを浮かべている時の彼女がこちらの話を聞かないことは、経験則で分かっていた。

「はぁ・・・良いですよ。どうせ何言っても聞いてくれないですよね。アンもそれで良いかな?」

「講師権限なら私に確認を取っても意味ないわよ。私は従うしかないんだから」

「ははは・・・だよね。じゃあ今からでも大丈夫かな?」

 長い髪をたなびかせて、笑顔を浮かべながら小首を傾げるクジョウは、朝の疲れなどは全く無いようだった。アンには異存は無いので首肯する。

「なら行こうか」

 言いながら立ち上がると、出口の襖を開けると、さっさと出ていってしまう。クジョウを追いかけようとアンも立ち上がる。が、唐突に膝が落ちる。足が痺れたのだ。

「早く行くよー」

 下からクジョウの声が伝わるが、アンにはその痺れに耐えるのでやっとだ。何故、クジョウや睦月は平然としているのか疑問に思っていると、睦月が立ち上がりアンの後ろに回ると、アンの肩に手を置いて顔を近づけてくる。

「ま、ウチの倅をよろしくね。でも、あいつの様子がおかしくなったら、すぐにあいつから離れる事。これは絶対覚えていてね」

 小声で早口にそう告げると、そのままもたれ掛かってくる。その行動に声を上げる前に、開かれた襖からクジョウの姿が見受けられた。

「ダメだよ~アンちゃん。こんな所で、そんな・・・」

 突如、甘ったるい声で変な事を口走る睦月。

「なっ・・・!?ちょっ、待ちなさいよ。何変な事言ってんのよ!」

 そもそも、この状況がアンから始まった訳が無いことは、状況を見れば分かることだ。アンの上から乗っかる形で睦月が居るので、これをアンが仕掛けた、と言うのは少々無理がある。

 それをクジョウも分かっているのか、もともと興味があまり無いのか、呆れたように息を吐くと、

「さっさと行くよ。こんなのは放っておいてさ」

「もう釣れないな~。それに、こんなの呼ばわりはひどくない?」

 ようやく睦月の下から抜け出したアンは、痺れた足を無理矢理動かすと、何とか立ち上がる。

そのままクジョウの元に向かうと、

「何の話をしてたんだ?」

 クジョウも睦月が無駄にアンに絡んでいたとは思っていないらしい。だが、その質問に答えていいものか逡巡していると、

「何でも良いじゃない。女子限定のガールズトークだよ。男子禁制ね」

 睦月が割って入ると、クジョウもそれ以上追及しなかった。アンが、疑問の眼差しを向けるが、睦月は悪戯っぽく微笑むだけだった。


 二人の居なくなった和室で睦月はお茶を啜っていた。

静かに啜っているのだが、それでも彼女の口元からは笑みが漏れ、子供の巣立ちを思うような顔をしていた。

そんな彼女は誰にともなく、一人楽しそうに呟いた。

「さあて、あの娘はあいつにどんな影響を与えてくれるかな」


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