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東方剣士の流浪録  作者: かなた
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第一章 1

   第一章

   ~アルトラス地方 貿易都市アル・ファニラ近郊~

 早朝、ただでさえ太陽が昇って数時間と経っていない薄暗いこの時間、周囲の木々に遮られているのは勿論、夜中から降りしきる雨で、視界は夜と変わらない。むしろ。雨が木の葉を打ち付ける音や、時折響く雷の轟音で周囲の音が聞き取れない。

そんな森の中に、少年少女が六人、各々が様々な得物を持ち、背中に鷹のエンブレムをあしらった共通の外套を着込んで歩いていた。

 彼、彼女らは帝国立狩猟者養成学校の三年生だ。

帝国立狩猟者学校、通称『ハンターズ・スクール』は読んで字のごとく『狩人ハンター』を養成する学校だ。

そもそも、『狩人』とは『励装』と呼ばれる特殊な武器を所持する人の総称だ。この励装は、所持者の身体能力や思考速度、その他諸々を強化し、小型動物はもとより大型動物である『飛竜種』や『幻獣種』、『古龍種』までもを相手取る為に造られた武器だ。

ハンターズ・スクールは、その励装が人を選ぶ為の機関だ。三年に上がったら、励装の選抜試験を受け、そこで選ばれた者だけが扱う事が出来る。励装の数には限りがあるので、その選抜試験は成績順で受けられ、励装に選ばれなかった者は学校を去るか、小型動物専門に移行する。選抜試験を受ける前に励装が無くなった場合は、前者の二つの他に、次年度に受ける選択が出来る。

そして、今森を歩く六人の少年少女は、それぞれ種類は違うが所持している得物は全て励装だ。背中に自分の身長もの弓を折り畳んで背負っている者もいれば、これまた身長ほどに巨大な大剣を携えている者、馬上槍を持っている者も居る。だが、一番に目を引くのはやはり、双剣を所持する少女だろうか。

フードの下から見える髪は、外気に晒せば、こんな天候でも輝きを放ちそうな銀髪で、双眸は全てを受け入れそうな程深く澄んだ蒼。鼻や口は精緻に作られた蝋人形を彷彿とさせる程に整い、この集団の中で異彩を放っていた。

彼女の名前は、アルン=トゥム=ブリュンヒルデ。学校での成績はトップクラスで、今年の試験の選抜者第一号だ。学校の皆にはアンと呼ばれている。

他の生徒も選抜されたのだから、それだけ成績が良かった、という事だ。

優等生の彼女達が、帝国から離れた、しかも早朝の森の中に居るのは、別段特別な理由があるわけでは無い。

ハンターズ・スクールでは、『卒業試験』を実施し、それに合格した者だけが卒業できる。試験自体は毎年変わるが、そこで見極める適性は決まっている。

励装を使いこなせているか。

たったそれだけの項目だ。だが、ここで合格出来なければ、次の月に持ち越され、合格するまでか励装を手放すまで続く。

それ単体では普通の武器と何ら変わらない励装だが、励装は所有者と共に成長する。

斬れ味が鋭くなったりするのは勿論、補強される運動能力の幅も広がる。

成長と言っても、年を重ねるごとに強くなれる訳ではなく、精神的、技術的、肉体的の成長だ。

修羅場を幾度も潜れば精神的に強くなるし、動物との実戦を積めば技術は向上する。体を鍛えれば肉体的に成長する。そうすれば、励装が与える力も大きくなる。こういうプロセスだ。

だが、彼女達は励装の成長の為に出歩いているのでは無く、単純に励装を使いこなせるようになりたいだけ、つまり慣れようとしているのだ。ついでに言えば、、次の卒業試験は近々、この街で行われるので、試験を受ける六人でこの街に居るのだ。

それだけなので、このような悪天候時に森に出る必要は無いのだが、彼女らは優等生だ。天気が悪いから練習をサボる、という思考回路は存在しない。室内訓練場で人間を相手にしての、身のこなしの練習をする、というような思考回路も。

そして、その判断が不幸を呼ぶ。

視覚、聴覚が自由に効かないこの状況で、実戦経験の乏しい学生の彼女らは、事が起きるまで気づかなかた。

先頭を歩いていた少年に、突如横合いから現れたメラスが牙を剥いた。

不意を突かれた少年は、足を噛まれるが、すぐに槍を持った他の少年がそれを引きはがす。襲われた少年の足は血で染まっていたが、幸いにも五体満足だった。

後ろを歩いていた二人が襲われた少年を必死に引きずり、前衛の三人が前に出る。

だが、アンを含む三人の得物を持つ手は震えていた。

当然なのだが、不意打ちを喰らって、仲間の一人が負傷して、それで平常心でいられるほど、彼女たちは『戦場』に慣れていない。

震える手や、激しく唸る動悸を落ち着けようと深呼吸を繰り返すが、一向に収まる気配を見せない。

動かない三人に脅威を感じなくなったのか、メラスはジリジリと迫る。

一体だけならどうにかなったかも知れない。だが、その希望は容易く崩れ去った。

メラスの背後には、最初の一体の他に四体のメラスの姿が確認できた。木々の緑に溶け込むような皮膚に欺かれたのだ。

都合五体のメラスの群れ。

実戦を幾つか積んだ狩人ならば切り抜けられるし、そもそも五体のメラスなど脅威にすらならない。

しかし、同じ励装という特殊な武器を持っているとはいえ、彼女たちはやはり『学生』。圧倒的に経験が足りない。

降りしきる雨でぬかるんだ地面を一歩ずつ、確かに近づくメラスの群れ。

得物を握る手に力を込めるが、その震えを止めることは出来ない。

落ち着こうとする意思とは反対に、速度を上げて高鳴る心臓。

少しずつ後退しながら、距離を空けようとする。

だが、そこで焦りが出てしまった。片方の男子生徒----槍使いのブレンが、ぬかるんだ土に足を取られ、尻餅を付いたのだ。

その好機をメラスが逃す道理は無い。先頭のメラスが勢い良く跳躍した。

その光景を、アンはただ眺めることしか出来なかった。視認出来ているのに、体が鉛の様に重く、逃げることも迎え撃つ事も出来なかった。

跳躍したメラスは一番近いアンを目掛けて、襲いかかってくる。

自らを喰らおうとしているメラスを、呆然と眺めていた。

折角、励装を手に入れ、卒業試験も間近に迫っているのに、小型の肉食動物に襲われて死ぬのとは想定外だった。

使い手次第では『飛竜種』はおろか、『幻獣種』や『古龍種』すらも屠る最強の武器を手にしているのに、何て事は無い小型の動物の群れに殺されるなど、滑稽にも程がある。

少女は、常日頃から覚悟くらいはしていた。どこかで動物に襲われて死ぬだろう、と。だから死ぬ事自体は恐怖では無い。

一番は、『誰にも、何にも役に立てずに死ぬ』のが嫌なのだ。

人々と寄り添い、助け合う事の出来る『狩人』になりたかった。

夢半ばで終わる事が嫌なのだ。

だが、現実はそう甘くない。もう道は無い。

そう、思っていた。


突如、一陣の漆黒の颶風が飛び掛るメラスを弾き飛ばした。


もちろん、本当に風圧でメラスが阻まれたのでは無い。

だが気がつくと、アンの目の前には何者かが立っていた。

黒い外套は前を開けているのか風にはためき、フードを眼深く被った人物。見た目だけでは性別を判断しかねた。

その人物は、左足を大きく引きスタンスを拡げると、上半身を左に捻り込む。

直後、残ったメラスが一斉に、その人物を目掛けて飛び掛った。

だが、メラスが外套の人物に接触する前には、颶風がメラスの群れを席巻した。

否。一瞬にして抜き放たれた剣が、宙に居たメラスを切り裂いたのだ。

それも、事が終わって、起きた出来事を認識した上での推測で、実際に目視出来た訳ではない。それほどまでの剣速だったのだ。

外套の人物は、剣を持つ右手をダラリと下げている。その刀身には血は付着せず、雨粒が伝って流れているだけだった。その剣で一度、何も無い空中を薙いで、そのまま鞘に納める。

アンは今の状況を呑み込むので精一杯だった。

だが、助けられた、という事実だけははっきり認識出来た。

 学生とはいえ、励装を所持した六人で手も足も出せなかったメラスの群れを、一蹴した外套の人物の実力は相当のものだ。

その外套の人物が、ゆっくりと振り返る。

雨の中、アン達の不安を煽ると思ったのかフードを外して、こちらを見据えていた。

フードの下にあったのは、黒髪の『少年』の顔だった。年はアン達とはあまり変わらないだろうが、後ろで編み込んだ長い髪と線の細い顔立ちは中性的な印象を与える。

『少年』は、顔に笑みを浮かべると、

「大丈夫?」

大人びたその表情に、ようやく肩の力が抜けた。

「・・・ありがとうございます。助かりました」

 足の力まで抜けそうになるのを堪えながら、何とかお礼の言葉を口にし、頭を下げる。

「そんなに感謝しなくても良いよ。『こっちの都合』もあったし」

『少年』は、髪を掻き上げて、ややバツが悪そうに言う。。

「何か用でもあったんですか?私たちに」

 『少年』の言葉が気に掛かって尋ねると、『少年』は苦笑しながら答えた。

「まあ、少し訊きたいことがあるん----」

 『少年』は言葉を途中で区切った。その理由は、アンの目線の先、『少年』の背後にあった。

飛び掛ってくる一体のメラス。

一瞬、凄惨な光景が脳裏を過ぎるが、それは杞憂に終わる。

『少年』は緩慢な動きで振り向くと、一閃。

メラスの体は、何も無い空中で落ちた。

今度は視認出来た。

振り向きざまに剣を抜き、勢いそのままに振り抜いたのだ。

向き直ると、何事も無かったように、また笑顔を見せる。

「話の途中だったね。ちょっと尋ねたいことがあるんだ」

「・・・何でしょうか?」

「アル・ファニラまであとどれくらい掛かるかな?」

「ええと・・・ここからなら一時間も歩かないで到着します」

 いきなりの質問に何とか答えると、

「ありがとう。助かるよ」

 それだけ言って去ってしまった。

 取り残されたアンが放心していると、周りで呆けていたブレンや他の学生も寄ってきた。

降りしきる雨の中での一幕だった。


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