第二章 6
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「クジョウ!話くらい聞きなさいよ!」
木々が生い茂り、足元の草が腰までもある中をひたすらに前に進むクジョウの、十数メートル後ろをアンは歩いていた。
日はそろそろ傾いているのか、木々の間を縫う木漏れ日は弱々しく足元を照らすばかりだった。
アンがクジョウから距離を取っているのは、近寄れないから―――だけでは無い。確かに今
彼のまとっている雰囲気は近寄りがたいものだ。だが彼の向かっている先にも理由がある。
クジョウは街道とは逆方向に、端的に言えば、正反対の森の中に進んでいたのだ。
その為、クジョウに再三声を掛けているのだが、いかんせんクジョウはあの調子だ。聞く耳を持っていない。
実際は、力ずくにでも連れ戻せたのだが、そうも出来なかった。
理由は詳しくは知らないが、クジョウは依頼を放棄しようとしているようだった。『狩人』にとって、依頼放棄は御法度だ。だが、ここに来るまでに、数体の群れのメラスと戦闘を行なってきた。『メラスの掃討』の依頼を意図せず続行していることになる。
そういうわけで、アンは淡々とクジョウの後ろに付いていくだけだった。
それにしても、朝のメラスの群れとの戦闘や、街道での戦闘では全くと言って良いほど動じなかったクジョウが、ここまで怒るとは思わなかった。逆に、ここまで怒らせる龍神先生にも呆れてくる。
「・・・はあ。でも、これじゃあ野宿になっちゃうのかな」
街が近いのに、野宿するとは予想外だった。考えてみれば、クジョウと出会ってから、たった数時間で考えても見なかった事を沢山知ってきた。そんな思索をしていると、思わず顔が綻ぶが、そこに自分では気づかない。
そうやって取り留めのない事を考えていると、クジョウの歩く先の草むらが揺れ動いた。だが、アンが気づけたのは、クジョウが反応を示したからだ。
前を行くクジョウは緩慢な動作で、剣を抜いた。その動きには、明確な敵意が込められておらず、ただ条件反射で抜いた感じである。
「・・・なんで・・・?・・・みんな・・・ぼくの・・・じゃまばかりするんだい?」
アンの背筋に冷たい汗が伝う。
前方のクジョウに何か変化があったのでは無い。ただ一言、クジョウが呟いただけだった。しかし、その一言は、アンを慄然とさせるのには十分だった。
どこまでも陰険で、殺伐とした、深淵でも覗き込んだかのような一言。
その言葉は、アンに重くのしかかり、いとも容易く引きずり込んだ。
言葉が発せられた、その一瞬、アンは、呼吸や心臓、筋肉の使い方、自分が立っているのかさえ分からなくなってしまった。
全身を突き刺す様な、異質な雰囲気。
それが、この場を完全に支配していた。
その雰囲気を知ってか知らずか、草むらからメラスが二体、姿を現した。
クジョウはそれに反応らしい反応を見せず、音も無く、風に吹かれる様に一体のメラスとの距離を詰めた。初期動作には、全く気配を感じさせなかった。
メラスは、やはり気にせず、大口を開けてクジョウを噛みちぎろうとする。
そう認識した時には、既にそのメラスの頭は胴体から離れていた。クジョウは、鮮血を浴び、外套を緋色に染める。動作の間に舞った黒髪は、さながら死神の鎌で、残ったメラスの首も落とす。
全身を緋色に染め、艶やかなその黒髪にも返り血が滴り落ちる中、彼の持つ剣の刀身だけは、その輝きを失わず、一切の陰りも無かった。
彼の、そんな姿に目を奪われていて、寸前まで気づけなかった。
真横。木の影になった位置から、突如メラスが飛び出し、開かれた顎がアンに向かってくる、その瞬間を。




