第二章 5
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~捜索中の森の中にて~
九条には、何かが移動した痕跡は見つけきれえなかった。専門にはしていないので、見つからない可能性もあったが、これほど見つからないと、可能性は一つに限られてくる。
誰かに移動させられた。
しかし、全く見つからないとなると、相手は十中八九プロだ。
「全く・・・場合によっては、許さないよ」
九条は呟き、一つ深呼吸し、神経を研ぎ澄ます。あるいは、先程の戦闘時よりも研ぎ澄ましていた。
そこまでして、九条の知覚できる範囲には何の気配も感じなかった。だが、九条の視界には不自然に揺れる木の枝と、そこから落ちる何かを捉えた。九条は、気配を感じなかった事を訝しみ、最大限に警戒すると、『それ』に近づく。
木の根元に着くと、そこには草むらを押し潰してうつ伏せに倒れる、一人の小柄な白髪の少女が居た。
「・・・うっ・・・あぁァァァァァ!?」
唐突に号哭を上げると、うつ伏せのまま丸くなった。落下の衝撃でどこか痛めたのだろうか。意図的に緊張を和らげると、白髪の少女に声を掛ける。
「君、大丈夫かな?」
「・・・(ブンブン)」
無言で首を上下に何度も振る少女だが、顔を上げようとはしない。しかし、仮にもメラスのテリトリーの中だ。放っておくにも忍びない。
「これは・・・?」
そこで、ようやく気づいた。少女の背負っているものに。
その小さな背中には、ロングボウと矢筒が共に背負われていることに。
普段なら気にしないだろう。だが今回は事情が違う。
先程のメラス・イストの致命傷は何だったか。
今まで気配が掴めなかったのは何故か。
そして、誰がアンを、何処に連れて行ったか。
「君は・・・誰なんだ?」
ワントーン声を落して問い質す。しかし、それは悪手だ。
「・・・ひっ、・・・く。あなたも、いじめるの」
「なっ・・・!?」
白髪の少女は、意味不明な事を言った。否、意味は分かるが、状況に見合っていない事を言った。
白髪の少女の脱兎の如く飛び上がると、木の枝の上に乗り去っていく。
その言葉を咀嚼する為に思考を割いた、一瞬の出来事だった。
それを確認した時には、少女を追いかけようとしていたが、寸での所で、思考を拡げる。
彼女が誰であれ、九条の意識を掻い潜ってあれほど近づける人物を素人とは思えない。相当場数を踏んだ人物だろう。問題なのはそこでは無い。
あれだけの手練なら、アンをどこかに連れていったとしたら?
少女は今、それらしき人を連れていなかった。なら、アンは何処に?
九条は踵を返し、少女が来たであろう方向に顔を向ける。
別段、何か証拠があった訳では無い。だが、九条は直感と経験則で、その方向へと向かう。その足に迷いの色は無い。
九条が少女を見つけてから、数分も進まず、一つの洞穴を発見した。
その入口から、中を覗き込むと、
「・・・っっッッッツ!?何だ・・・クジョウじゃない。驚かせないでよ」
洞穴の壁にもたれ掛かるようにしあアンが、若干の悲鳴と共に安堵感を滲ませて言った。その姿に、九条は人知れず詰めていた息を吐き、いつものように笑顔を浮かべると、
「やっと見つけたよ。ひとまず、ご苦労さま、とでも言っておこうかな」
今までの焦燥を顔には出さず、落ち着いて声を掛けると、アンは少し顔を赤らめそっぽを向く。これは羞恥によるものだろうか。
無理もない。自分で受けた依頼の完遂を、他の人に任せてしまったのだ。『狩人』にとっては致命的だ。九条でも堪える。
「依頼は完遂、ってことで良いのかな?」
ともあれ、メラス・イストの討伐は完遂したのだ。誰の手で倒されようが、報酬を貰えるのは受諾した本人だけである。
「・・・あれ?でも、確か『メラスの掃討』って書いてなかった?」
しばし無言だったアンが不吉な事を言った。
「そうなると・・・一週間はこの依頼に付きっ切りになるかも」
九条は、面倒な、と言うよりは嵌められた、という顔をしていた。
「どうかしたの?」
アンが不思議そうに尋ねたのは無理もないだろう。飛竜種、古龍種、幻獣種の討伐・撃退には一ヶ月程、ベースキャンプを作ってそこで暮らすことになる。それに比べれば、街に帰還できる環境なら楽な部類だ。だが、九条には悠長に構えられるほど精神的に余裕は無い。『あの動物』の情報はいち早く手に入れないと、移動する可能性が高い。
だが、睦月は時間がかかるのを知ってて、この依頼を押しつけた。それだけ九条に伝えたくないのだろうか。
「ちょっと、街に戻らせて。睦月に物申したいから」
若干苛立ちの混じった口調で言う九条。
静止しようとするアンを寄せ付けず、さっさと来た道を引き返す。




