序章
序章
鬱蒼と茂る木々の隙間を縫うように、激しい雨が地面を打ち付けている。
周囲に他の動物の姿は無く、巣穴で息を潜めているようだった。
そんな悪天候の中、ぬかるんだ地面を踏み締めながら歩く一人の少年が居た。
黒い外套で膝上まで包み、打ち付ける雨を遮る為にフードを眼深く被っていた。腕は外套の外に出さず内にしまいこんでいた。
視界は降りしきる雨で見通せず、夜は空けた筈なのに辺りは暗闇に包まれている。
少年の名前は、九条災禍。大陸の東方、アンセス地方出身で、それを示すような黒髪は編み込まれ、腰の位置まで達していた。周りの闇を映すような双眸は足元ではなく、どこか先を見据えていた。
「・・・もう少しかな・・・」
彼の向かう先は大陸の中東に位置するアルトラス地方、第一の首都アル・ファニラ。アルトラス地方の貿易の要所で、西にあるシナト地方の帝国と友好関係にもある街だ。
これだけの悪天候の中、彼がそこに向かうのは無論、悪天候の中の野宿はしたくないからだ。
前の村を出た時はここまで荒れるとは思っていなかった。自分の読みの甘さを後悔しながら、彼はアル・ファニラを目指していた。
頭に叩き込んだこの辺の地図ではもう少しの筈なのだが、いかんせん、彼は整備された山道ではなく獣道をひたすら進んでいるので距離感覚は掴めない。
雨が木の葉を鳴らし、時折鳴り響く雷の音を聞きながら、災禍は周囲に目を配る。比較的大人しいコルアやシラトスなどは巣穴に隠っているようだが、肉食動物だとこれを好機と取り、獲物を狙っていることも少なくない。
そうして気を張っていると、その耳に雨の音とは明らかに違う人工音がした。それと同時に聞こえる叫び声。複数人の怒声や叫喚が入り交じっている。どうやら危惧していた状況に先に陥ったのは先方の様だ。
災禍は足早に、声のした方に向かう。
しかし、この天候の中で、誰がこんな森の奥に出てきているのだろう。
自分の事を棚に上げて、そんな疑問を浮かべながら、音の元に辿り着く。
木に背中を貼り付けて、そこを覗き込。そこには、災禍と同じように外套を着た六名の集団と、五体の動物の群れ。
一応は得物を構えて応戦の意思を見せている三人の後ろには、うずくまっている一人の周囲で手当をしているらしい二人。
それに相対しているのは、四本の肢の内、前肢は地面から離れ、後ろ肢で距離を徐々に詰める動物。肉食の動物であるメラスだ。見た感じでは、群れのリーダーは確認できない。
保護色としての緑色の皮膚の効果かうずくまっている一人が不意打ちを食らったのだろう。
構え方からしても、おそらく『学生』だ。それを裏付けるように、彼、彼女らの外套の背中には鷹をあしらったエンブレムが描かれている。
帝国立狩猟者養成学校。通称『ハンターズ・スクール』の校章だったはずだ。
『実地演習』とかなのだろうが、何もこんな悪天候を選ばなくても良いだろうに。
適当な感想を交えて、ざっと状況を確認すると、外套の内にしまっている、左の腰に提げている剣に右手を乗せる。
その剣は、今大陸で現れ始めた『励装』のどの種類にも当てはまらなかった。その刀身は反り返っており、それを納める鞘も同じく反っている。東方由来の『カタナ』だ。
そのカタナの柄を右手で握ると、左手で外套のボタンを外す。
それと同時に駆け出すと、メラスの群れも飛び掛る所だった。
曇天の下で、断末魔が響いた




