第14話 恋の予感?
「おい、聞いたか谷川!俺達の1回戦の相手は八本松工業だってさ!」
初夏の少し蒸し暑い昼下がり、教室で弁当を食べていたら隣のクラスの村西が突然入ってきて俺に向かって叫んだ。
こんな教室で大々的に宣伝することもなかろうに…。
「八工?あそこ今年シードじゃないのか。ついてないな」
俺は弁当の玉子焼きを食べながら答える。
「なぁ、八本松って強いん?」
村西が俺の弁当のウインナーををつまんで言う。
「俺の弁当を普通に食ってんじゃねぇよ。八工は甲子園3度の出場経験がある。ここ最近はベスト8ぐらいでとまることが多いけど俺らに比べたら雲の上ぐらいにいる高校だ。おい、唐揚げは取るな。取ったらバッティングの時お前にはデッドボールを受ける練習させるぞ」
村西はそういうとつまんだ唐揚げを素直に戻した。
「へぇ〜。でもさ、頑張れば勝てんこともないよな」
能天気に村西が言う。
「まぁな。1000回やれば1回くらいは勝てるさ。要はその1回に運良くあたればいいんだ」
と言っとく。
1000回じゃ足りないかもしれないが。
「だよな。じゃあ練習頑張ろうぜ」
そう言って帰り際にウインナーをもう1本つまんで帰った。
その後しばらくクラスの奴らと喋りながら飯を食ったが、村西が大きな声で言ったせいでいろんな奴に同じ説明を何度もする羽目になった。
食べ終わった後、弁当をバックに入れようと席を立ったとき、他のクラスで弁当を食っていたらしい水島が帰ってきて、
「谷川君!1回戦の相手が決まったって。八本松なんとかって言ってた!」
と村西同様教室に響く大きな声で言う。
「あぁ。もう聞いた。八本松工業だろ?」
俺がそういうと、
「なんだ。知ってたんだ。で、その高校強いん?」
と、もう何度聞いたか分からないことを言う。
「あぁ。すっごく」
もういちいち丁寧に答える気にもならない。
「えぇ〜。うちのチーム勝てるかね?」
こいつもまぁ能天気なことだ。
「あぁ。余裕さ」
と言ってみると、
「ほんまに!?うちんとこそんなに強いん?」
と驚いたように言う。
やれやれ、無知はこわいな。
「冗談だよ。そう簡単に勝てるもんか」
俺は空になったペットボトルをバックに投げる。
しかしペットボトルはバックに入らず乾いた音を立てて床を転がる。
「下手くそ。ピッチャーの谷川君がこんなんだからダメなんかもね」
水島が肩を落として言う。
「ほっとけ!」
俺はペットボトルを拾ってバックに入れた。
その日の練習が終わったあと、監督から正式?に1回戦の相手が発表された。
「練習お疲れさん。で、みんな聞いたと思うが広島県予選大会の組み合わせが決まった。我が校の初戦の相手は八本松工業じゃ。相手としては申し分ない、というよりおつりがえっともなぁ(とにかくたくさん)くる相手じゃが、そんなことを気にするのは監督であるわしだけでえぇ。お前らはそんなことを気にせんで、思いっきり戦えばえぇ。分かったの?」
監督は俺達一人一人を見渡しながら言った。
この監督がこういうと本当に勝てそうな気がしてくるのだから不思議だ。
「はい!」
俺達はよどみなく返事をする。
全員が監督を信頼している証だ。
この監督はただ厳しい練習を課すだけの監督ではない。
効率よく、一人一人にあわせて指導する横道監督はまさしく名将というのにふさわしい。
その指導のよさは記録が照明している。
その帰り、俺はいつものように古谷達と駅へ歩いていたが、途中で今日部室のカギ当番だったことを思い出し全力疾走で部室に戻った。
すると、まだ誰かが部室にいた。
また辻が誰かがモタモタしてんのかと思ったらそうではなかった。
「何やってんだ?下校時間過ぎたぞ?」
そこにいたのはマネージャーの小松だった。
ボールケースからボールを取り出して袋に入れている。
「縫い目の切れたボールを持って帰って縫ってこようと思って……」
小さな声でそう言う。
なにか悪いことをしました、という顔をしている。
「ボールを?そういえばこのボロ、せっかくこないだ縫ってもらったのにもう切れ始めてるよな」
こないだ、というのは例のマネージャー達の入部試験のことだ。
ハードな練習続きでこのボール達も毎日毎日打たれ地面に叩きつけられえらい目に遭っている。
「…うん。みんな頑張ってるから少しでも何か手伝いたいたくて…」
小松が言う。
ものすごくけな気な娘だな…。
俺はしばらくぼんやりと小松の顔を見つめてしまった。
我に返ると小松が不思議そうな顔でこっちを見返している。
俺はあわてて顔をそらして、
「じゃあ俺も手伝うよ。ボールの縫い目を切ってるのは俺達だし」
そう言って10分ほどボールの選別を手伝った。
ボールは案外多く30球ほど縫い目が切れていた。
縫い目が雑なのが混じっていたせいもあるのだろう。
そして部室の電気を消し、鍵を閉める。
「ありがとう、手伝ってくれて」
小松が相変わらず小さい声で言った。
「いや、お礼を言わないといけないのはこっちだよ」
俺はなんか照れくさかった。
若干顔が熱い。
もしかしたら顔が赤くなっているのかも知れない。
あたりが暗くてよかった。
そして俺はカギを返しに行こうとしたところ、ボールで重そうに膨らんだ手提げカバンが目に入った。
ここはドラマとかでも必ず「重そうだね。カバン持とうか?」というべきシーンだ。
第一本気で重そう。
それでも頑張って平気そうに持っている姿がものすごく痛々しい。
俺は今ものすごい悪いことをしているのかもしれないとさえ思った。
ここで言わなければ男が廃る。
「カバン、持とうか?」
こんなの俺は初めてだ。
今までこんな経験はない。
正直恥ずかしいが俺は恋とかそんなの分からない、超「うぶ」な奴だ。
今すごいどきどきしている。
彼女は驚いた様子だったが、
「ありがとう」
と言ってカバンを俺に渡した。
その後俺達は一緒に帰った。
何話して言いか分からず、ほとんど黙っていた。
ただ、駅で方面が違うため別かれて向かいのホームへ歩いていく彼女の後ろ姿を見て思った。
これが恋の始まりなのだろうか、と。
ただ、俺は翌日川本先生の大目玉を食らった。
鍵を返しに行くのをきれいに忘れていたからだ。
恋は盲目とはこういうことを言うのだろうか?
俺の青春はいろんな意味で転がり始めた。
なんか自分で読んでいても普通と言うかなんというか、あんまり面白くないです…。1週間かけて考えたのですがダメでした。まだまだ未熟者だということですね…。