第12話 1点
「よぉがんばった。じゃがの、あそこでエラーを続けちゃいかんかった。チームの雰囲気が悪くなった時こそ、もっとがんばらにゃいけんと自分を奮い立たさんとの。ピッチャーはもっと辛いんじゃけん」
ベンチに引き揚げてきた俺達を集めて監督は言った。
1回の表をまとめると、結局あの後ショート・セカンド・ファーストのエラー3つとヒット1本でさらに3点を入れられて点差はいきなり5点になっていた。
「よし、1点ずつ取り返していくぞ!」
「おぉ!!」
円陣を組み、古谷の掛け声で全員が気合を入れなおす。
しかし、1回の表は3者凡退で終わった。
1番辻は空振りの三振。
2番村西はぼてぼてのファーストゴロ。
3番の俺も高々と打ち上げレフトフライ。
あまりにも呆気なかったので再び雰囲気が悪くなる。
その後2回、3回、4回と続けてランナーを得点圏に背負う苦しい展開となったがそのたびに古谷の一喝で全員に気合が入りなんとか乗り切った。
そして4回表、
「よし、この回はまた1番からの攻撃だ。もう全員1順したし、少しは試合の雰囲気が分かったよな。1点ずつ取り返してまずは追いつこうぜ」
守備から引き揚げてきた俺達に古谷が言った。
これにまずは1番辻が応えた。
ひたすらファールで粘り、フォアボールで出塁した。
おそらく、本人は意識して粘ったわけではなくただ打ち損ねてファールを打ち続けただけだが、とにかく俺達のチームの初めてのランナーがでた。
そしてこれに続いて欲しい2番村西だが、これはあえなく三振。
本来ここはランナーを送る場面だが初心者の村西にやらすのは無理だ。
第一この場面でバントをするべきということもまだ頭に浮かんでこないだろうし。
そういえば今気づいたのだが今回、この1・2番に初心者の2人が並んでいる。
これはおそらくこれからに向けてのものだ。
俺は辻も村西もこの打順に向いていると思う。
もちろん今のままだと使い物にならないが、2人ともいいものを持っている。
辻は50メートル6秒1の超俊足、村西も足は速いしなにより器用だ。
これから上達していけばきっといい1番2番になる。
監督はそれを見越して2人をこの打順に据えたのだろう。
さて、試合に戻ろう。
次は俺の打順だ。
俺は軽く頭を下げてバッターボックスに入る。
サインの確認のため監督を見たが、監督は座ったままこっちを見るだけだった。
あぁ、そういえば今日はノーサインだ。
朝監督が今日は自由にやれとサインを出さないと言っていたのを忘れていた。
俺も緊張してたのかな、そんなことを思いながらバットを構える。
1球目、ストライク。
高いな、と思って見逃したらギリギリで入ったらしい。
目を切るのが早い、しっかり集中しないと、と思いピッチャーの動きを一つも見逃さないようにそれだけを見る。
2球目、ボール。
はっきりとしたボール球だった。
3球目、よし、これだと思って思い切り振ったがボールはするりとバットの下を通り抜けた。
チェンジアップだ。
俺はストレートだと思って振ったのだが、変化していると気付いたのは振り始めた後で、もう遅かった。
やはりまだボールを最後まで見切れていない。
これでは打てないなと思いここは次の古谷につなぐことにした。
4球目、相手が投げた後バットをさっと前に構えてバントをした。
コン。
ボールはファーストラインに沿って転がっていく。
1回に相手にやられたことをそのままやってみたら自分でもびっくりするぐらい上手く出来た。
俺もセーフか、と思ったがさすがにそこまで甘くはなくきっちりアウトを捕られた。
しかしこれでランナーが得点圏まで進んだ。
ベンチに戻る前に頼んだぞ、と古谷に目で合図をする。
古谷も頷いた。
ここまで押されっぱなしで、しゅんとなってしまっているが1点取れれば少しはチームの雰囲気が良くなる。
それで勝てるかどうかは別として、少なくとも少しは試合は楽しくなるはずだ。
今回はそれでいい。
そう、この試合は勝つことより楽しむことが目標なんだから。
古谷がバッターボックスに立った。
ゆっくりとバットを構える。
まさに俺達のチームの柱といった感じですごく堂々とした構えだ。
ピッチャーが振りかぶる。
そして振り下ろした右腕からボールが離れまっすぐとキャッチャーのミットを目指す。
しかしそのボールは古谷の振ったバットに捕らえられて弾き返された。
グランドに快音が響いた。