第10話 特訓
「セカンド!飛び跳ねすぎだ、お前はサルか」
「ライト!セカンドが逸らしたらそれをお前が捕らんといけんだろ。お前の後ろにもう守備はおらんぞ!」
「ファースト!頼むからボールを後ろに逸らすのだけはやめてくれ」
グランドに怒声が響く。
とは言ってもそれは川本先生のものではない。
時間帯も今は朝の7時40…
ビュン!
ボールが俺の真横を通り過ぎた。
「ピッチャー!ぼさっとするな!」
古谷が怒鳴る。
「次、サード!」
そう言った瞬間にはもうボールはサードへ飛んでいっていた。
江口が横っ飛びでボールに喰らいつく。
しかしボールはグラブの横をさっと通り抜けていった。
「おしい!もう少し反応を早く!」
そしてショート、セカンドと続けていく。
練習試合まであと2日、とりあえず形だけでも試合らしくなるようにしようということで毎朝こうして朝練をしている。
7時20分ぐらいから始めて8時30分の朝のSHR[ショートホームルーム]が始まるギリギリまでこうしてノックを受け続ける。
これが結構しんどい。
川本先生のノックと古谷のノックどっちが辛いかって言われたら古谷のの方がキツいとみんな言うだろう。
俺はピッチャーだから他の守備位置と比べると走ることが少ない分楽だが、他の守備、特に外野はもう走りっぱなしだ。
朝練を終えて教室までダッシュで駆け上がるとそこで大体力尽きる。
授業中は基本的に睡眠時間。
国語だろうと英語だろうとそんなことは関係ない。
ただ唯一の例外は桜井で、あいつは授業をきちんと受けていて寝ることは全くないらしい。
この話を聞いたとき本当に真面目な奴だなと少し尊敬した。
俺には天地がひっくり返っても無理な話だ。
「よし、ここまで。時間がないから急いで上がれよ。遅刻しても知らんからな」
8時25分、ようやく古谷がノックをやめる。
しかし、全員が「ここまで」と言われた瞬間には全力で部室に向かっていた。
俺は古谷と一緒に部室に向かう。
「なんとか試合の形くらいは出来そうになってきたな」
俺は古谷からバットを受け取りながら言った。
「あぁ。なんとかなりそうだ。ただ試合が初めての奴が半分だからな。当日緊張で固まらなければいいが…」
古谷が難しい顔をして言った。
「そうだな。そこが俺も心配だ」
俺も同感だ。
試合に慣れてる俺や古谷なんかは別に緊張なんてそんなにしないが大抵初めての奴は多分ガチガチに緊張するだろう。
さすがに俺も初めて先発したときは完璧に緊張してて、ボークまでしてしまった記憶がある。
「ところでさ、お前はどうする?普通にきっちり抑えるつもりでいくか、守備練習ということで適度に打たれるか、どっちがいい?」
この古谷の問いに俺は少し考えたが、
「きっちり抑えるつもりでいこう。第一そのつもりでいってもめった打ちにあうかもしれんし」
と、本気でいくことにした。
俺は今まで軟式で投げてきたわけで、硬球で試合をしたことはない。
自分がどれくらい通用するか確かめてみたいし、やはりどうせ試合をするなら勝ちたい。
「分かった。まぁでも一応打たせて捕る方針でいくからな」
古谷が言う。
俺は別に異論はない。
ただ、本気でやって俺はどれくらい抑えられるのか。
チームのエラーがどれくらいで済み、何点で抑えられるのか。
そしてうちのチームは何点とれるのか。
これらは全く分からない。
こうして不安と期待の入り混じる気持ちで俺は練習試合当日を迎えることになった。