第六話 悪夢と悪夢
重い話第2弾。
1963年12月8日
赤坂のナイトクラブ 「ラテン・クォーター」
この日も店は盛況であった。店内は満席で、外には入場待ちの列が並んでいる。
俺たちは、予約を入れてあったため、直ぐに奥のボックスに案内された。
早朝からの収支決算会議の後、TBSに入りラジオのゲストとして出演。
そして、タニマチに連れられてここへやってきた。
随員は、付き人の若いの三人と局のプロデューサー、それぞれに一人ずつホステスが着く。
タニマチと俺にはそれぞれ両隣りにホステスを置いて歓談する。
いい夜だ。
酒はうまいし、ねぇちゃんは美人だ。
宴もたけなわというところ、
「ちょっと、失礼しますよ」
もよおしてきた俺は中座した。
「しょんべん、しょんべん」
廊下を下り、便所の扉を開けた所で誰かとぶつかった。
「バカヤロー! 気を付けやがれ!」
怒鳴りつけてきた若造を見ると、震えてやがる。
「なにおーっ! そっちこそ、気を付けんかい!」
大人の貫録を見せ、優しく諭す。こんなもん、暴言のうちにも入らん。
「くそっ! 有名人だからって粋がるな!!」
明らかに粋がってるのは、こいつの方だがな。
若造が得物をぬきやがった。
いやまて、
そういえば、こいつ、どっかで見たことあるぞ。
たしか、一昨日の名古屋で……
ぐさっ!!
その後、ボックスに帰った俺を見てホステス達は悲鳴をあげて、救急車を呼ばれた。
傷は大したことも無い。手当てだけして、家に帰る。
家族が俺を見て、驚き、また、救急車を呼んだ。
結局、出戻った山王病院へ入院することになる。
一週間後
暇だ。 腹へった。
窓際に、見舞いの寿司があった。
これでもつまむか。
「手術中」
ねむい。
……。
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知ってる天井だ。
天井と天丼は字が似ている。
繰り返し、繰り返し、見る悪夢だ。
繰り返すから、天丼なのか、納得。
小さい頃から繰り返し見る悪夢、俺が死んでいくまで。
小さい頃は、それこそ、怖くて怖くて、起きては泣く毎日だったらしい。
覚えてないがな。
今でも、目が覚める度に寝汗が凄いことになっている。
流石に「死ぬ」という感覚を繰り返すことに慣れてきている自分がいる。
「死ぬ」ことに慣れたわけではないが。
時計を確認する。
AM2:46
そういえば、昨夜から、もう一人いるんだっけ。
隣を覗いてみる。あわよくば、潜り込んでハグろう。
そう、思って隣を見る。誰も居ない。
布団に触ってみる。まだあたたかい。
いや、待て! 冷たい。濡れてる!? まさか!?
「ぐすん、ぐすん、ひっく!」
いた。外まで来てるとは思わなかったが、無事のようだ。
手に何か持って、水道で洗っている、のか?
「璃々?」
びくんっ!!
美少女がしちゃいけない動きだよ。今の。エクソシストかっ!
「あ゛、あっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
顔を真っ赤にしてわななく璃々。これはかわいい。
「ち、ちちち、ちなうんです、ちなうんです!」
うん、ちなうよね。キャラが。
「う」
う?
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
ガン泣きされた!?
「もう、死ぬ! 死んでやる! こーろーせー!!!!」
地面に寝転んでジタバタする金髪美少女の図。土がつくよー。
手に持ってたものが、地面に落ちた。なんだこりゃ。
ぱ、ぱんつーーーっ!?
「なぁ、これって、やっぱり」
ビクッ!
一人上手をやめて固まる璃々。
「ご」
ご?
「ごーめーんーなーさーい!!」
謝られても……
ぐすん、ぐすん、と泣く璃々を宥めながら聞いたところによると、
母親の死後、その時の夢を見るようになったそうだ。
延々と続くリプレイ動画。そして、自分でも分かる程、幼児退行する自分。
その、結果としての……おねしょ。
最悪だ!
璃々が、じゃない。
璃々の境遇がだ!!
思えば、最初から、言動の安定しない子だった。
何のことはない。最初からSOS信号はでていたじゃないか!
そのことに気づかず、かわいい、かわいいって俺はアホか!?
「心配すんな。誰もおまえを責めたりしない。誰もおまえを馬鹿にしたりしない。もしも、そんな奴がいたら、俺が守ってやる!!だから、心配しないでいいんだ」
俺は、力を込めて言った。力を込めた言霊は、間違いなく力を貸してくれる。
死んだじいちゃんが言っていた言葉だ。
「ほんとうに?」
すがるように璃々が聞いてくる。
「本当だ!」
力強く宣言する。
「じゃあ、ちゅーして?」
俺は、テレもなく、てらいもなく、璃々に唇を重ねた。ただ救いたい。そう思って。
璃々は、始めこそ遠慮がちだったが、すぐにちゅーちゅーと、必死に吸い付いてきた。
やがて、空が白み始めた頃、泣き疲れたのか、吸い疲れたのか、璃々は、とろんとした表情のまま眠りについた。お姫様抱っこで部屋まで運ぶと、俺の蒲団に寝かせてやった。
その時の表情は、少なくとも悪夢を見ているようには見えなかった。
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