序 章
桜田 神童さんは、とても、えらい人です。
ほんの10年ほどまえから、活動を始めてあっというまに世界でも有数のお金持ちになりました。
しかし、そうして作った大金を、独り占めすることなく、多くの貧しい人たちの生活を豊かにするために使ったそうです。とくに、貧しい家で育った12人の養女を億万長者に育て上げたことをはじめ、結果として、多くのお金持ちのひとを生み出して、さらに世界を豊かにすることとなったそうです。
~中略~
特に、まだ、中学生の頃からお金持ちになるための努力をかさね、卒業するまでの間に会社をつくるなど、自分でもできそうで、やっぱり出来そうもない、彼の波乱万丈な生き様にはしびれ、憧れます。
僕も、来年度からは同じ中学生になるので、彼の生き様をお手本に頑張って行きたいと思います。
「全国小学校作文コンクール 銀賞作品より」
かように、最近の若い企業家の中でも、ダントツの人気を誇る男、桜田 神童氏。
かつて、直接対面した際に、
「世界の半分を分けてあげよう」
などと冗談めかして言われたことがあるが、その言葉が洒落にならない位の大資本家であることは、今更言うまでもないことではある。彼の言によると、この言葉を聞いて一言目に言うセリフで、相手の器量が判るというのである。
まず、間髪入れず「はい」と、答える者は、只の〝俗物〟であるとか。
つぎに、「いいえ」と、答える者は、只の〝愚物〟であると、氏は言う。
他にも、「どうしたら半分ももらえるのか」とか、「なぜ、自分なんかを」とか、言う人間が大半であるそうだ。それでも、氏が満足いく答えを発した者が過去、たった一人だけ居たそうだ。曰く
「そんなものより、あなたの知識と、経験した記憶が欲しい」
こういわれて感心したと、嬉しそうに話す氏は、とても魅力的な笑顔だった。
筆者の場合? それは、言わぬが花である。
若くして、立志伝中の人物となった桜田 神童氏は、これのまでの日本の億万長者の概念を変えた一代の英雄である。逸話の多く残る彼の実像は、しかしながら、まだそれほど多くの記述が残されている訳ではない。
童顔で、人好きのする笑顔や、彼を取り巻く美しい女性たちとの浮名の数々ほどには彼の人物の実像に迫った者は今だ多くはいない。
今のところ、現役の起業家にして資本家である彼が、これまでどのようにして財を築き上げていったのか? また、どのような思考の元にビジネスを行ってきたのか? その謎について、この機会に紹介できることは、物書きとして望外の喜びである。
しかしながら、彼の事を知るにつれ、どうしても、その豪放磊落な人間的魅力とともに、得も言われぬ、ほの暗い闇のような部分を併せ持つことに違和感を持ってしまう。わずか、30前の人物が、あたかも、修羅場をくぐり抜けて生きてきた戦中生まれの老人であるかのような、老成した感じを持ってしまう違和感を、我々のような凡人がどのように説明できるだろうか……
この物語は、彼の半生を彼の友人、知人の証言をもとに、本人へのインタビューを交えて彼自身の目線で、読み物として再構成した偉人伝である。
既存の彼の半生記よりも、より近しい人々からの証言によって構成されている点は保証しよう。また、本邦初公開となる事実が多数記述されていることもあり、21世紀前後十年程の経済史書としても、かつてない新事実を暴露するとともに、良質なエンターテインメントとしても楽しめるものと自負している。
この物語を記すにあたり、ご協力を賜った桜田 神童氏をはじめ、彼の養女の一人である松平 竜妃女史、彼の学友であった、柳 正平氏、白堡 千糸氏、この本の製作中に亡くなった桜田氏の祖母、やえ様、他、お話を聞かせていただいた関係者諸氏、そして、遅筆な筆者の数々の我儘を辛抱強く耐えて下さった編集部各位。特に担当の鈴木 幸子女史に最大級の感謝と敬意を記し、御挨拶と代えさせていただきたい。
ルポライター ジョー=コッカー 記す。
著者紹介
本名:Joe=o=Cocker 1969年8月15日生まれ しし座のO型
プロサーファー、探偵、冒険家、ルポライター、
世界各地を回り、社会の裏側に本質を見出す独特の語り口で、数々の著書を記してきた。若い頃に体験した「東洋の神秘」に魅せられ、世界放浪の末、2000年よりこの日本に居を構えることとなる。
2012年よりダボス会議にアポなしで参戦するようになり、その破廉恥なまでの突撃精神で、世界のセレブより蛇蝎の如く嫌われるようになるものの、その際知己を得た「ウィッチバンカー」との交流を縁として、その父桜田 神童氏に傾倒することとなる。
主な著書に
「俺の青春は終わった!」
「爆発する変?」
「最強! 世界のウィッチバンカー列伝!」など。