思い出せない君の話
『あぁ、よかった。やっと会えたね』
だなんて
『あの時の約束を守りに来たんだ』
だなんて
『帰ろうか』
なんて、手を伸ばされても
今にも泣きそうな顔で微笑まれても
「ごめんなさい」しか私は言えなくて
貴方はついに泣いてしまうから
「ごめんなさい」と、繰り返して俯いて
『泣かないで』だなんて貴方がまた辛そうに笑うから
「泣いていません」なんて嘯いて私は逃げた
貴方はやっぱり追い掛けてなんか来なくて
知らないはずの貴方の所為で
私の知らない感情がぐるぐると渦巻いて
「現実は思い描いていたよりも随分平凡で
物語みたいな奇跡は起きやしないんだ」
そんなことを平凡な私は呟いた
私は貴方のことを知りません
覚えていないんじゃないんです
知らないだけなんです
忘れたんじゃないんです
『私』という存在は
貴方の目の前にいる存在じゃないだけなんです
「ごめんなさい」とただそれだけを呟いた
私はただ、そう呟くことしかできないから
貴方の見ているのは、その眼に写るのは
私じゃないから
「そんな私が一目惚れなんて、
貴方が苦しいだけでしょう?」
私の知らない私が、
きっと、私の心を引き留めるから
「この物語はそう簡単に思い出せやしない」
なんて、私は詠う様に言って
やっぱり立ち止まって
「ごめんなさい」と呟いた
太陽のごうごうと輝く日差しに
降ってきた土砂降りな天気雨は
頬に伝う何かを隠した
「 」
最初で最後の告白も、
そんな空気の読めない雨に流されて
今日という日は、虚しく始まろうとしていた