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ナンパ男がやってくる

 どうも。

 合間に書きました。

「やほー。僕、咲見夢(さきみ ゆめ)。最近、子猫見たりしなかった?」


 なんだこいつ。

 家の近くの駅。

 ナンパ男と出会った感想は、そんな感じだった。



「ねえねえ、見てない? どう?」



 無視をして家へ歩き出す私を、しつこく追ってくるナンパ男。

 うっとおしい。


 大体見る(・・)だって?

 そっちこそ見て分からないの?


「あっ、そうい……っんん。ごめん。そうか。そうだ」


 ちっ。

 何一人で納得してんのよ。

 大体、こんな馬鹿なナンパ男は顔しか見てないから気づかないのよ。

 

 白杖なんて、一目見れば分かるでしょう?

 ちゃんとした目を持ってるくせに、愚図な男。




「んー。送ってこうか?」

「結構です。すぐそこに親も来ますので」



 何もかもが完璧な双子の姉に唯一似たこの顔は、どうやら美人という部類に入るらしい。

 

 でもこの顔の御蔭で、視覚障害者だと分かると同情を装いながら近づいてくる輩が後を絶えない。

 自分で見えもしない顔。姉に似た顔。忌々しい。

 大体そんな言うほど不自由ではない。

 ただ少し人と違うだけだ。


 なんで分からない。その優越感に似た同情が、私の感情を逆なでするのだ。


「同情じゃないよ」

(……!?)


「あ……いや、何かそんな感じの顔だったからさ……」

「……どうでもいいです。それよりも、ついてくるのやめてもらえますか?」


 親の待つ場所へは、小型の車が二台分くらいしかない道を通る必要がある。

 とはいえ、ここは皆顔なじみも多く、不審者一人くらい簡単に撃退できる空手の達人のお爺ちゃんもいたりする。

 私が通る時間は妻のお婆ちゃんと共に、塀越しにさりげなく様子を見てくれていて、不審な気配があったり、少し私が遅くなると散歩を装って様子を見てくれる人。


 いつかありがとうとお礼を言うと。ただ散歩がしたかっただけじゃ!

 そう怒鳴りながら家へと入っていった。

 お婆ちゃんが近寄ってきて、あの人、照れてるんですよ。

 そうフォローをするけど、大丈夫。私、目が見えない分、そういうのよく分かるんです。

 そうやって返す私に、すごいわねえ。可愛そうねえ。

 決してそんなことは言わず、あら、そうなのかい?って優しく言葉をかけてくれる。



 とても大好きな二人だ。



「でも……」

「おお、未梨(みなし)ちゃん! 偶然じゃな! 元気じゃったか?」


 ほら今も、こうやって助けてくれる。

 冷静を装ってみても、やはり怖いものは怖いのだ。


 私は心の底からホッとした。


「……ところで。そちらの君は、未梨ちゃんの知り合いかい?」


 ? どこか、いつもと声の調子が違う。

 緊張してるの? 前百キロも超えるような巨漢相手にも、一撃で昏倒させたお爺ちゃんが。


「……いえ。ただ、子猫を拾わなかったか聞こうとしてまして」


 下衆め。先ほどと言ってることが違う。人が来たらこの態度。とんだ卑怯者だ。

 どうやらこの分だと、先ほどのお爺ちゃんの態度も私の勘違いのようだ。

 久しぶりに読み違えてしまった。


「ふん。それで? 未梨ちゃんは何と?」

「知らないと……」


「ならば、はよう去れ。おなごを追い掛け回すような輩は、どうなるか保証はできんぞ?」


「……はい。それじゃあ僕はここで」



 足音が去っていく。

 どうやらナンパ男は消えたようだ。


「大丈夫だったかい?」

「……はい。また助けてもらってありがとうございます」

「たまたま儂が散歩しておったからいいものの、注意をしておくんじゃぞ?」

「ふふっ……ありがとうございます」


「ふんっ。お婆さんが心配しとる。顔だけでも出していきなさい」

「はい。お邪魔します」



 今日もいつも通りの一日。変なナンパ男以外は。

 

 まあ、忘れるのが一番。でも注意だけはしておかないと。撃退七つ道具は常備してるから、何か増やしておこう。



 そしてその日は念の為、親のいる場所まで連れて行ってもらい、お爺さんに事情を説明してもらった。

 帰りの道で、痴漢撃退グッズを買ってもらい、気をつけるよう言われた。

 

 夜。眠る前に今日の事を思い返す。

 あぁ、今日は面倒なことがあった一日だった。

 でも、明日からはまた普通の日常だ。

 おやすみなさい。



 








 そう思った。でも



「ねえ。今日は?」

「知りません」




 ナンパ男は。




「うーん。今日はいい天気だね? あ、傘使う?」

「自分で言ってる意味わかってますか?」




 私の下へ。




「あー、猫日和だね」

「意味が分かりません」




 やってくる。




「あのお爺ちゃん怖いよね、覇気があるっていうか……」

「呼んだか?」

「……えっ?」

「貴様、付き纏うなといっとろうが!」

「えっと、すいませーん!」


「大丈夫か?」

「はい」


「全く。懲りん奴じゃ」

「痴漢撃退道具が重すぎて、腕が太くなっちゃいそうです」

「ふははっ! それなら大丈夫かのう?」


「ふふっ。でもお爺ちゃんがいてくれた方がいいかなっ?」

「おおっ、そうか! 何心配はいらん! 儂が居れば未梨ちゃんの身はパーペキじゃ!」

「パーペキって、もうお爺ちゃんたら!」


 あぁ。私は大丈夫。こんなに幸せなんだもん。









 それから、彼は来なくなった。

 とはいえいきなりではなく、わざわざ私のところへこっそり来て。

「ちょっと用事が出来たから、しばらく来れない。猫拾ったら、あの路地通らないようにしてね!」

(何でそんなことしなきゃいけないのよ)



 あほらしいそんな言葉を残し、現れなくなった。





 そしていつからか、私の後をつける気配が現れ始める。

 あのナンパ男だろうか? 何だか印象と違うような気もするけど、馬鹿な男は皆変わらない。

 どちらにしろ気をつけなきゃならない。


 気配はいつもあの路地で消える。

 何故?

 

 お爺ちゃんのことを知っている人?

 ……ううん。どっちにしろ気をつけなきゃいけない。


 これからは早めに帰るようにしよう。

 心苦しいけどお爺ちゃんにも相談しよう。


 

 




 お爺ちゃんは初めて、この路地の近くまで迎えに来てくれる。心配だから。そう自分から言ってくれた。

 安心して涙が出そうになった。寸でで止まったけど、涙ぐむ私に慌てているお爺ちゃんが面白くて、いつの間にか笑い出してしまっていた。



 あぁ、本当に幸せだ。











 



 あぁ、もう。

 今日に限って遅くなってしまった。傘の下から、横たたきに私をぶつ雨がうっとうしい。


  

 でも気配がわかりやすくていい。どうやら誰もついてきていないし。

 今日は雨だから、お爺さんはいつもの所にはいないはず。





 路地の近く入口に差し掛かったところだろうか。

 鳴き声が聞こえてた。


 ――儚い猫の鳴き声。




「猫……?」

(……そう言えば、ナンパ男が言っていた)


 ――猫拾ったら、あの路地通らないようにしてね!



 あの男の言葉が私の脳裏に蘇る。


「……馬鹿馬鹿しい」


 子猫のいるだろう場所へ近づいていく。杖の先に、レンガの壁とは違う柔らかい感触があった。

 しゃがみこみ、手をそろそろと差し込んでいく。

「暖かい」


 雨に打たれ冷えた空気。そして、そんな空気に自然と冷えていった私の身体に、その暖かさはよく染み込んできた。

 全く子猫は抵抗しない。体が震えている。どうやらかなり衰弱しているようだ。 


「暖かい……」

 ふと、この暖かさを失いたくないと、そう思った。


 片手で傘の柄を掴み、片手に杖を持ち両腕で子猫を支える。

 この近くにある田んぼに入らないよう、杖をしっかり握り締め、いつもの路地に入ろうとする。


 


 ――その時、私の後方からバシャバシャと音を立て、焦るように走る音が聞こえてきた。

 そして同時に。

「――めだ!」

「?」


 叫ぶような声。と、プー――!!というクラクションの、音……?


「?」


 何? 近くに何か大きな物が、近づいていきているような感覚がある。


 そして気付いた。

 ――あ。死ぬんだね私。


 走馬灯は無かった。その代わりに腕の中の暖かさを感じ、自然と田んぼがある方へそっと、投げていた。

「あ……投げてごめんねぇ」

 あぁ、笑顔が浮かぶ。自分でもよく分かる。今の私は、見えないけれど笑顔だ。

 だって私は幸せだったから。


 でも、でも。

 お母さん、お父さん、勝手に劣等感を抱えていたお姉ちゃん。

 お爺ちゃん、お婆ちゃん。

 私の顔。

 気になるなあ。見てみたかったなあ。


 あぁ。あの変なナンパ男。

 わあの意味分かんない奴、どういう顔してたんだろ。

 ふふっ。きっと馬鹿面よね。




 ――あぁ、圧倒的な圧力が私へ迫ってくる。


 ――ゆっくり

 ――――ゆっくり

 ――――――ゆっく

「ぁぁぁぁあぁあああああっ!!」

 

 あぁ、ナンパ男の声が聞こえる。

 ホント気持ち悪いわ。もう最後の幻聴があんな――


 トンッ……



 え……?


 体が浮いている。

 何で?


 ドゴッ――――!




 

 鈍く、重い音が辺りに響いた。

 でも私がそれにぶつかった音じゃない。私は今空に浮いているもの。


 べちゃり。

 泥……土臭い。多分田んぼの泥。

 


 べちゃり。

 続いて顔にかかる何か……これは?

 錆びた匂い、鉄の味。

 

 ――あぁ、これは血の味だ。




 誰の? 私。違う。私はここに居るもの。

 じゃあ、じゃあ。

 あの声。幻聴なんかじゃなくて。


 あれは本物の――












 あの後、お爺ちゃんが急いで来て田んぼに倒れる私、そして傍に倒れるあの男。

 先ほど通り過ぎた車。

 それだけで状況を確認して、警察。そして救急車を呼んでくれた。




 私はただ呆然と、いつの間にか腕に抱えていた猫を抱きしめるだけで。

 周りの喧騒はどこか遠く、そして漸くそれに気がついた。


 ――あぁ。

 私はあのナンパ男に助けられたのだ。



 あの男の命を身代わりに。

 ただ事実として。それを漸く、漸く。

 私は認識した。





 

(あぁ、でも何で――?)

 なぜ私を助けたの?

 当然のその問は。その答えは。





 でも其れは聞けないまま――











→→→→→→『ナンパ男のサキミ』に続く

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