謎解きになると先に行く美人の相棒が、次は「謎解きじゃなくても会いたい」と言ってきた
「あっ、この模様、入口にもありましたよね!」
開始の合図から、まだ十秒も経っていなかった。
隣の女性が問題用紙から顔を上げ、会場の入口へ向かう。
ついさっきまで、丁寧に挨拶をしていた人だ。
俺は彼女の背中と、手元の用紙を見比べた。
「待って。こっちにも同じのがある」
声をかけると、彼女はすぐに戻ってきた。
「どこですか?」
「ここ。時刻表の横」
長い髪が肩から滑り、彼女が用紙をのぞき込む。
近い。
俺が少し体を引いたところで、彼女は目を輝かせた。
「本当だ。じゃあ、両方見たほうがよさそうですね」
今日の相棒は、どうやらよく動く人らしい。
*
藤野航、二十三歳。
平日はメーカーで働き、週末には時々、謎解きイベントへ行く。
職場で目立つほうではない。飲み会でも、気づけば誰かの話を聞いている。
ただ、一人で遊びに行くのは苦にならなかった。
気になる企画を選び、知らない会場を訪れ、帰りに好きなものを食べる。その休日は、結構気に入っている。
今回申し込んだのは、列車を題材にした室内探索型の謎解きだった。
二人一組だが、一人参加の枠もある。受付で参加費を払い、同じ枠で来た人と組ませてもらった。
「相原莉央です。よろしくお願いします」
「藤野航です。こちらこそ」
肩より少し長い髪に、明るい色のカーディガン。
きれいな人だ、と思った。
彼女は案内された机にバッグを置き、会場を見回す。壁に貼られた架空の路線図や、古びた切符の看板を見つけるたび、少し口元が緩んだ。
「この企画、ずっと気になってたんです」
「俺もです。二人だと違う問題が出るって書いてあったので」
「そう! そこ、面白そうですよね」
話が通じるのが嬉しかった。
とはいえ、初対面だ。俺はまだ、どのくらい話していいか探っていた。
スタッフの説明を聞く。
探索するのは、目印のついた掲示と机だけ。走らず、ほかのチームが調べている場所では順番を待つ。
制限時間は六十分。
そして開始の合図が鳴った途端、相原さんの雰囲気が変わったのだった。
*
入口の掲示には、時刻表の一部があった。
同じ模様のついた用紙と照合すると、欠けていた一行が埋まる。
「写真、撮っていい場所でしたよね」
「確認用なら。投稿はだめって」
「じゃあ、机で見られるように撮ってきます」
相原さんが記録しているあいだ、俺は用紙の指示を読んだ。
『発車が早い順に、駅名の読みの最初の一文字をたどれ』
ふりがなのついた四つの駅名と、ばらばらの時刻。
石野が九時五分、林田が九時二十分、群野が九時三十五分、千代が九時五十分。
戻ってきた彼女の画像で時刻を確かめ、順に並べる。
「い、り、ぐ、ち……」
「入口!」
相原さんが俺を見る。
俺も頷いた。
「さっきの掲示、裏にも模様がありました」
「今度は裏か」
二人で入口の掲示へ戻る。
スタッフが示した探索用の看板を裏返すと、合言葉が書かれていた。
受付へ伝えに行くと、次の問題の入った封筒を渡された。
「よし」
彼女が小さく拳を握った。
俺まで嬉しくなった。
次の問題では、俺が止まった。
切符のような紙に文字が並び、ところどころに小さな穴が開いている。並べ替えても、途中から意味が通らない。
もう一度向きを変えようとすると、相原さんが指を伸ばした。
「文字じゃなくて、空いてるところを見るのは?」
「空いてるところ?」
「ほら、この隙間。ちょっと窓っぽくないですか」
俺は封筒から取り出した紙を重ねた。
切符の小さな穴から、別の文字が見える。
「……そっちか」
今度は、はっきりした言葉になった。
俺が同じところを読み直しているあいだ、彼女は全然違うものを見ていた。
「助かりました」
「さっきは藤野さんが並べてくれたので。今度は私」
そう言って笑う顔が、妙に印象に残った。
彼女は何かを見つけると、すぐに動いた。
でも、俺が呼べば戻る。解けたらこちらを見て、俺が頷くのを待ってから次へ進む。
一度、違う絵を手がかりだと思い込んだ。
「これ、さっきと同じ鳥だ!」
「羽の向き、違わない?」
「え」
彼女は紙を持って戻り、自分で二つを見比べた。
「違った。こっちは魚くわえてる」
「そっちは鳥で合ってたんだ」
「そこまで疑わないでください」
言い返されて、俺は笑った。
相原さんも笑い、正しい絵を探し直す。
受付での挨拶より、こうして話すほうがずっと楽だった。
途中、ほかのチームが掲示を見終わるのを待ちながら、仕事の話になった。
彼女も別の会社で働いているという。
「社会人になってから、休みの予定を立てるの、前より真剣になりました」
「分かります。二日しかないので」
「私、二十三なんですけど、まだ日曜の夜に慣れなくて」
「俺も二十三です」
相原さんが、俺を見た。
「同い年なんだ」
「うん」
自然に返事が短くなった。
順番が来て掲示の前へ進むころには、彼女も「こっち、見て」と言うようになっていた。
最後の五分は、二人ともよく喋った。
彼女が拾った情報を俺が書き留め、俺が迷った条件を彼女が確かめる。
残り一分で、ようやく最後の答えを出した。
「正解です。クリア、おめでとうございます」
スタッフの声を聞いた瞬間、隣で息が抜けた。
「間に合った……!」
「本当にぎりぎり」
彼女がこちらに手を上げた。
俺も反射的に手を上げ、軽く合わせた。
ぱちん、と音がした。
解説が終わり、問題用紙を片づけると、急に話す理由が減った気がした。
さっきまで、あんなに言葉が出ていたのに。
入口近くの撮影用ボードには、『脱出成功』と書いてあった。
相原さんがスマホを取り出す。
「参加した記録、SNSに載せたりする?」
「時々。写真と、楽しかったっていうくらいだけど」
「私も。インスタ?」
「うん」
「よかったらフォローしていい?」
俺は自分のアカウントを開いた。
謎解きの参加記録と、帰りに食べたもの。投稿は月に数回しかない。
彼女は画面を見て、「このパン、おいしそう」と言った。
相原さんのほうにも、同じような記録が並んでいた。
見覚えのある企画も、俺が行きそびれた企画もある。
「これ、行ったんだ」
「うん。面白かったよ。次にやるのがあったら、おすすめ」
相互にフォローして、撮影を済ませた。
問題や答えの写らない、記念ボードだけの写真だ。
「今日はありがとう。楽しかった」
「俺も。相原さんと組めてよかった」
彼女が笑った。
「私も」
駅で違う方向の電車に乗った。
帰り道、俺は今日のことを思い出して、何度か笑いそうになった。
*
その夜に載せた写真へ、彼女から反応が来た。
『残り一分、危なかったね』
俺も彼女の投稿に、楽しかったと返した。
それから数日は、時々写真へ反応するくらいだった。
翌週、仕事帰りにスマホを見ると、企画の紹介ページが送られていた。
『これ行く?』
翌週末に始まる新しい謎解き。
俺も、受付でもらった案内を見て気になっていた。
『行こうと思ってる』
『じゃあ、また一緒に組みたい』
駅のホームで、その文章をもう一度読んだ。
前は、受付が決めた相手だった。
今度は彼女が、俺を選んでくれている。
『俺も一緒にやりたい。土曜の午後は?』
彼女が時間枠を調べ、俺が空席を確認した。
ペアの申し込みを済ませ、互いの参加費を精算する。
次の予定が決まると、普段は少し長い金曜の午後まで、楽しみの手前になった。
*
「藤野くん!」
二週間ぶりに会った彼女は、俺を見つけると手を振った。
前より短い挨拶をして、二人で受付へ向かう。
今度は最初から、同じ机に案内された。
また、開始と同時に彼女の目が変わった。
用紙に描かれた星と、壁の飾りを見比べる。
「あそこ、何かありそう」
彼女が向かったあと、俺は机の端の小さな札に気づいた。
「相原さん、こっちも何かある」
「待って、今行く!」
すぐに戻ってきて、俺の指す文字を読む。
「これ、壁の絵とつながってるかも」
「俺もそう思う。先にこっち確かめない?」
「うん」
一緒に札を読み、彼女が見つけた飾りと照合する。
思っていた方向ではなかったけれど、次の手がかりが見つかった。
俺が考え込んだとき、彼女は先へ行かなかった。
「どこが引っかかってる?」
「この矢印。順番だと思って並べたんだけど、変になる」
「向きのほうかな。どこで変になった?」
まだまとまっていない考えを話す。
彼女は用紙を指でたどり、「そこなら、こっちの図も見よう」と言った。
正解を確かめてからでなくても、話していい。
言ってみると、彼女の考えも返ってくる。
一人で詰まっていた場所が、二人で迷う場所になった。それは、案外楽しかった。
今度は少し余裕を残してクリアした。
会場を出ると、彼女が腹に手を当てた。
「お腹すいた。何か食べて帰らない?」
「俺もすいた。何がいい?」
近くの店を調べ、二人で定食屋に入った。
注文を待ちながら、さっきの謎の話をする。
最後に彼女が急に答えを見つけた理由を聞くと、別の問題用紙の模様を覚えていたという。
「私、見たことある形だと、すぐ気になっちゃう」
「よく覚えてるよね」
「覚えてたのは形だけで、何の問題だったかは忘れたけど」
そういうところもあるのか、と笑った。
料理が来ると、話は食べ物に変わった。
彼女は添えてあった辛いソースを迷わず使い、俺は少しつけただけで水を飲んだ。
「辛いの、苦手?」
「好きなんだけど、得意じゃない」
「ああ、分かる。好きと得意、別だもんね」
彼女はソースを自分の皿のほうへ寄せた。
「次は別の店にしよ。ここも、おいしいけど」
「駅の向こうに、オムライスのおいしい店があるよ」
「いいね。私、辛いものだけで生きてるわけじゃないから」
「そうなの?」
「そうだよ」
少し睨むような顔をして、彼女は笑った。
謎を見つけたときとは違う、ゆっくりした笑い方だった。
仕事の話もした。
週明けの会議でうまく説明できなかったことを話すと、彼女は自分も質問されると答えを急いでしまうと言った。
「さっきみたいに聞いてもらえると、話しやすい」
俺が言うと、彼女は箸を止めた。
「私、急かしてない?」
「謎を見つけたら、ちょっと速いけど」
「あ、それはごめん」
「でも、俺の話も聞いてくれるから」
彼女は目を伏せて、少し笑った。
「気になるんだよ。藤野くんがどこ見てるのか」
俺も同じだった。
彼女が次に何を見つけるのか、何で笑うのか。
用紙がなくなっても、まだ知りたかった。
店を出たところで、彼女が言った。
「相原さんって、ちょっと仕事みたいだね。同い年だし、莉央でいいよ」
「じゃあ、俺も航で」
「うん。航」
名前を呼ばれると、思ったより嬉しかった。
俺も「莉央」と呼んでみた。
彼女は、その一回で振り返ってくれた。
*
次の企画を送ったのは、俺からだった。
『これ、行きたいんだけど。一緒にどう?』
莉央は、しばらくしてから返してきた。
『私も気になってた! 行こう』
それからは、イベントの予定以外にもメッセージが来るようになった。
昼飯の写真に、俺が反応する。帰りに買ったパンを送ると、彼女が店の場所を聞く。
俺が勧めた店へ行った日には、『ここの卵サンド、おいしかった』と届いた。
莉央が買った新しい靴の写真も来た。
長く歩けそうだから、という説明を見て、次のイベントのためかと思った。
『次は室内だから、そんなに歩かないかも』
『知ってる。普通に出かける日にも履くから』
当たり前の返事だった。
彼女には、俺の知らない休日もある。
その休日に、一緒に出かけてみたいと思った。
オムライスの店も気になっている。ただ、次の企画ではなく食事だけに誘う文章は、何度か書いて消した。
莉央からの返信は、仕事中には来ないこともある。俺も帰ってから返す日がある。
それでも、会ったときには前に話したことの続きを聞けた。
二週間後、三回目のイベントへ行った。
その日は、最後の問題を解けなかった。
残り十分の時点では、いけそうだった。
手がかりはそろい、俺が並べた記号も、莉央が見つけた図と合っていた。
ところが、最後に出てきた言葉が意味をなさない。
「逆から読んでみる?」
「それだと、ここが合わない」
「じゃあ、この記号が別の意味かな」
何度も用紙を見直す。
俺が考えた順番と、莉央が考えた位置を、一つずつ試した。
ひらめきそうで、ひらめかない。
残り一分の案内が聞こえた。
俺は時計を見て、また紙へ戻った。
最後まで考えたかった。
隣で、莉央も新しい並べ方を試している。
終了の合図が鳴った。
「……だめだった」
莉央が鉛筆を置いた。
俺も椅子の背にもたれた。
「あと一個だったのに」
「うん。悔しい」
解説を聞くと、最初の並べ方に思い込みがあった。
矢印の示す順番は、二人とも逆に取っていた。
気づいてから紙を見直すと、最初から指示は書かれている。
「こっちからだったか……」
「先にここ読んだのにね」
莉央が俺を見る。
情けないというより、信じられない、という顔だった。
俺も多分、同じ顔をしていた。
二人で笑ったあと、もう一度正しい順に並べた。
ようやく、答えが読めた。
「今なら、すぐできるのに」
「来る前の俺に教えたい」
「ネタバレ禁止です」
俺が笑うと、彼女も笑った。
会場を出て、駅へ向かって歩いた。
今日は成功のボードで撮った写真がない。それでも、莉央と話している時間が終わるのは惜しかった。
「最後の、もう一回やりたかったな」
「二人とも答え知ってるけど」
「じゃあ、別の難しいやつ」
彼女はスマホを出しかけ、やめた。
歩道の端に寄って、俺を見る。
「次、なんだけど」
俺も足を止めた。
また面白そうな企画を見つけたのかと思った。
莉央はバッグの持ち手を握り直した。
手がかりを見つけたときには、あんなに迷わないのに。
「謎解きじゃない日も、一緒にいたいんだけど」
車の走る音が、急に遠くなった気がした。
「……食事とか?」
「うん。食事とか、普通に歩いたりとか」
彼女が俺を見る。
期待しているような、困っているような顔だった。
俺が書いては消した誘いも、同じことだった。
「俺も誘おうと思ってた。前に話したオムライスの店、来週どう?」
莉央の目が少し大きくなった。
「行きたい」
すぐに答えてから、彼女はもう一度聞いた。
「それ、デートって思っていい?」
今までみたいに、企画の予定だけを決める話ではない。
俺は顔が熱くなるのを感じながら、頷いた。
「うん。俺はそのつもり」
莉央が笑った。
ほっとしたように、肩の力が抜ける。
「よかった。謎がないと退屈って言われたら、どうしようかと思った」
「俺、そんなこと言う?」
「言わないと思ったけど。聞くのは緊張するんだよ」
俺も、それで送れなかった。
声に出すと短いのに、勇気のいる言葉だった。
店の場所と時間を決めて、駅へ向かう。
今度の約束には、クリアする目標も、制限時間もなかった。
*
翌週、莉央は待ち合わせ場所に先に来ていた。
いつものスニーカーに、淡い色のスカート。
俺を見つけると手を上げ、少しだけこちらを見直した。
「今日、シャツなんだ」
「うん」
「いいね。似合ってる」
言われて、自分の襟元に触れた。
普段の休日は、だいたい同じような服を着ている。
今日は鏡の前で、いつもより長く迷った。
「莉央も。今日の服、いいね」
思ったことをそのまま言うと、彼女は少し照れたように笑った。
「今日は、掲示板を探し回らなくていいから」
店まで歩く途中、彼女が足を止めた。
小さな雑貨屋の窓に、鳥の形の皿が並んでいた。
「見て。これ、ちょっと困ってる顔してる」
尖ったくちばしの横に、小さな目がついている。
確かに、何か言いたそうだった。
「一番右の、怒ってない?」
「本当だ。隣のやつに何かされたのかな」
二人で並んで、皿の顔を眺めた。
何かを解くためではなく、ただ面白かった。
オムライスの店では、莉央が料理の来る前にスマホを伏せた。
「今日は、次の企画を調べないようにしようと思って」
「別に調べてもいいけど」
「うん。でも、航と話したいから」
俺もスマホをしまった。
彼女は店のソースを気に入り、家でも似たものを作れるだろうかと話した。
俺が作るのは、焼くか炒めるかで済む料理ばかりだ。
「私も、そんなに凝ったのは作らないよ。休日に一回頑張ったら、次の日は残ったの食べる」
「分かる。二日目のほうが楽」
「そう。おいしいし、楽」
休みの日の朝、何時に起きるか。
買い物へ行くと、予定にないものを買ってしまうか。
そんな話をして、料理を食べ終えた。
店を出たあと、俺が近くの古本屋を見たいと言うと、莉央は「行こう」と答えた。
彼女が雑貨屋で迷ったように、俺も本棚の前で立ち止まる。
昔読んだ本を見つけて話すと、莉央は表紙をのぞき込んだ。
知らない本でも、聞いてくれた。
彼女が気になった本は、俺が知らないものだった。
謎解きのときとは違う面白さがあった。
俺の知らない莉央が、少しずつ増えていく。
夕方になって、駅の近くまで戻った。
ずいぶん歩いたなと思い、彼女の靴を見た。
「その靴、歩きやすい?」
「うん。買ってよかった」
莉央は足元を見てから、俺を見た。
「この前、写真送ったとき、次のイベントのためだと思ってたでしょ」
「思ってた」
「また、食事とか誘ってくれたらいいなって思ってたんだよ」
俺は返事に詰まった。
そんな前から。
「……じゃあ、もっと早く誘えばよかった」
「でも、誘ってくれて嬉しかった。今日、楽しかったし」
莉央は少し笑い、付け足した。
「次もあると、もっといいけど」
俺はスマホを取り出した。
「いつ空いてる?」
彼女も予定を開いた。
*
二度目のデートは、莉央が気になっていた街へ行った。
見たい店があるというので、俺もそこで食べてみたいものを調べた。
昼を食べ、店を見て、川沿いの道を歩く。
風が強くなったところで、莉央が髪を耳にかけた。
「こっち歩こう。風、ちょっと弱そう」
建物の陰になる道を指す。
俺もそちらへ曲がった。
彼女は気になるものがあると、今も先に動く。
でも、こちらを見てくれる。
俺も見たいものがあれば呼ぶ。その声に、莉央は戻ってくる。
そろそろ駅へ戻ろうかというころ、俺は歩く速度を緩めた。
川沿いには、少し離れて何人かが歩いている。
莉央が、俺を見た。
「どうしたの?」
俺は立ち止まった。
「莉央といると楽しい」
彼女も足を止める。
俺は、次の言葉を続けた。
「謎を解いてるときだけじゃなくて。好きだから、付き合ってほしい」
莉央の目が、まっすぐ俺に向いた。
少しのあいだ何も言わず、それから笑った。
「うん。私も好き」
握りしめていた拳の力が抜けた。
彼女は一歩近づく。
「何か見つけたとき、最初に航に言いたくなるんだよね。航は別のことに気づいてたりするし、すぐ分からなくても、一緒に考えてくれるから」
彼女は、少し考えた。
「あと、普通の話でも。どう思ったか聞きたくなる」
俺も同じだった。
彼女なら何を言うだろうと思って、日常の出来事まで覚えておくようになっていた。
「だから、これからも会いたい。デートで」
「うん」
俺が頷くと、莉央は小さく息を吐いた。
「よかった。今日も、帰りに次の予定だけ決めて終わったら、どうしようかと思ってた」
「それは、俺も」
「航も?」
「言うタイミング、ずっと考えてた」
彼女が笑った。
俺も笑った。
駅へ戻るとき、俺から手を差し出した。
莉央はその手を見て、嬉しそうに取ってくれた。
*
「航、こっち!」
付き合い始めてからも、莉央は手がかりを見つけるとよく動いた。
次に参加したイベントでも、壁の掲示を指して俺を呼ぶ。
俺は用紙の端を見て、彼女に声を返した。
「こっちにもある。先に一緒に見よう」
「え、どこ?」
莉央が戻ってきた。
二人で机に寄り、紙をのぞき込む。
今度は、近くても体を引かなかった。
解説を聞き終えて会場を出ると、莉央は自分のスマホを開いた。
「夜、さっきの店と、もう一個見つけた店、どっちがいい?」
「もう一個って?」
彼女が画面を見せる。
俺も気になっていた店だった。
「こっちがいい」
「じゃあ、こっち。少し歩くけど」
俺は彼女の手を取った。
「いいよ。一緒に行こう」
謎解きのときには、先へ進みたがる莉央が、今は俺と並んで歩いていた。
~完~
お読みいただき、ありがとうございました。
謎が解けた日も、解けなかった日も、帰りにまた会う約束をする。そんな航と莉央の恋を楽しんでいただけていたら嬉しいです。
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