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花騎士シリーズ

幼馴染のお嬢様を守りたいお話

作者: 下菊みこと
掲載日:2026/07/27

「ねえテオ。私たちの家って、本当に『ご近所さん』なのかな…?」


高級外車が何台も収まるガレージの先、地平線すら見えそうな広大な庭園を眺めながら、私…高橋 百合は呟いた。


「何を言うんだい、百合。庭の生垣を挟んで、徒歩十五分しか離れていないじゃないか。立派なご近所さまだよ」


隣で私のカバンを持ってくれている美少年…テオが、聖母のような微笑みを浮かべる。


(…いや、徒歩十五分の敷地はもう別の町内なのよ)


前世の記憶を持つ私は、心の中で激しくツッコミを入れた。


そう、私には前世がある。


そしてこの世界は、前世で私が狂ったように愛したスマホゲーム『花騎士』の推しが、なぜか幼馴染として存在する現代パラレルワールドだった。


ユルリッシュとテオ。


今世の彼らは、政治家ともズブズブの超絶成金一家の御曹司として生を受けていた。


「おい、何をボサッとしている、百合。オレが直々に迎えに来てやったのだ。さっさと車に乗れ」


ロールスロイスのリアシートから顔を覗かせたのは、ユルリッシュだ。


「おはよう、ユルリッシュちゃん。今日もキラキラだね…」


「当然だ。その辺の有象無象とは格が違うのだからな。ほら、早くオレの隣へ来い」


ぐいっと腕を引かれ、私は彼の隣に収まる。


前世の推しに挟まれる贅沢。


今世の私は大財閥を営む家の一人娘。


彼らとは幼少期から「手のかかる妹分」として溺愛され続けている。


…ただ、その溺愛の方向性が、最近ちょっとおかしい。





私たちが通う『私立アクアマリン学園』は、絵に描いたような金持ち学校だ。


この学園は、親の「学園への寄付金額」によって明確なランク分けがされていた。


プラチナ:最高峰。専用ラウンジ、特設エレベーター、最高級シェフの食堂利用可。

ゴールド:一等クラス。一般生徒の憧れ。

シルバー:中流。これでも十分な金持ち。

ブロンズ:一般枠。


そして、高等部一年生の中で最高ランク『プラチナ』に君臨するのは、わずか三人。


私と、ユルリッシュちゃん、テオの幼馴染組だけだった。


「見て、プラチナの三人よ…!」


「今日もオーラが違って尊すぎる…!」


「あの三人は本当に私たちの『推し』よね!」


登校するなり、廊下の左右に分かれた生徒たちから黄色い声援が飛ぶ。


前世の記憶のおかげで常に成績優秀、だけど体育はからっきし、見た目もふっくら(胸もそれなりにふくよか)な、中の上のルックスである私。


そんな一般人メンタルの私には、この状況が恐怖でしかない。


(ひぇぇ…!囲まれてる、見られてる!目を合わせちゃダメよ、百合…!)


私が怯えて縮こまっていると、左右から力強い腕が私をガードした。


「ふん、当然の賛辞だな。百合はオレの至宝の花。その辺の奴らが気安くその美声を聞けると思うなよ」


ユルリッシュちゃんが尊大に胸を張る。


「みんな、ありがとう。百合をいつも温かく見守ってくれて嬉しいよ。僕たちも彼女が大好きだからね」


テオが女神の微笑みで周囲を魅了する。


(違うの、みんな!私はただの一般人オタクなの!二人の横に並ぶと公開処刑なのよー!)


心の中で叫ぶ私の声は、二人の圧倒的なオーラにかき消されていくのだった。








お昼休み。


プラチナランク専用の、五つ星ホテル並みのロビーラウンジ。


ふかふかのソファに腰掛け、私はお小遣いスマホアプリを見てため息をついた。


私の家は、ユルリッシュとテオの家とも取引のある大財閥だ。


そのため、毎月目玉が飛び出るほどの多額のお小遣いが振り込まれる。


(…いや、こんな大金怖くて使えないって!)


前世が一般人の私は、ブランドバッグ一つ買うのにも罪悪感で胃が痛くなる。


結果として、私は自分にお金を一切かけず、制服も既製品のまま。


そして使い道に困った大金は、すべて「世界の恵まれない子供たち」や「環境保護」のボランティア団体へ片っ端から匿名で寄付していた。


そんな私のスマホ画面を、横からユルリッシュちゃんが覗き込む。


「…おい。またあの『寄付』とやらをしていたのか。己の身を飾る宝石すら買わずに」


「あ、うん。私、物欲があんまりないから…。それより、困ってる人が使った方がお金も喜ぶかなって」


私が苦笑いしながら言うと、ユルリッシュちゃんとテオが顔を見合わせた。


二人の瞳に、言いようのない「深い愛おしさ」が灯る。


「…やはり、お前というやつは」


ユルリッシュちゃんが、信じられないほど優しい手つきで私の髪を撫でた。


「富に溺れる有象無象のバカどもとは、魂の格が違う。己の欲を満たすことなどいつでもできるというのに、あえてそれを他者へ施す。真の王の器とは、お前のような無欲な聖性を言うのだな」


「そうだね、ユルリッシュ。百合はいつでも、自分より世界を愛している。僕たちの泥に塗れた心が、百合の清らかな手のひらで浄化されていくようだ。本当に、愛らしい人だね」


テオが私の手を包み込み、うっとりと目を細める。


「あれぇ…?」


私は首を傾げた。


違う。私はただ、大金を使うのが怖くてビビっているだけだ。


物欲がないのではなく、高級店に入る勇気がないだけのチキンなのだ。


なのに、なぜか二人の間では『私利私欲を捨て、世界に愛を配る高潔なお姫様』として脳内変換されている。


「よし、決めたぞ百合!お前がそこまで無欲を貫くなら、オレがその分、お前に富を注ぎ込んでやろう!今日は放課後、あのブランド街を端から端まで買い占める!」


「あ、それは本当に大丈夫…」


「僕も付き合うよ。百合に似合う、とびきり可愛いドレスを選ばせておくれ」


「テオまで!?」


私の抵抗虚しく、二人の「至宝の幼馴染」を甘やかす計画は、今日もノンストップで進んでいくのだった。


(嬉しいけど…嬉しいけど、違うの!私、ただの気弱なオタクなのよー!)


完璧すぎる二人の推しに挟まれて、今日も私の「あれぇ?」な平穏な日常は続いていく。








「ふぅ…」


プラチナランク専用ラウンジの、最高級の革張りソファに深く体を沈め、私は本日何度目か分からないため息を吐き出した。


私たちが通う『私立アクアマリン学園』は、幼稚舎から大学まで一貫の巨大グループ校だ。


私たち幼馴染三人組は、幼稚舎の頃から不動の最高ランク『プラチナ』。


そのため、高校受験で一般の猛勉強を経て入学してきた通称『外部生』のブロンズランクの子たちからすれば、私たちは都市伝説レベルの「雲の上の存在」らしい。


今も、ラウンジのガラス越しに、廊下を通る外部生の子たちが「ひぇっ、あれがプラチナの御三家…」「実在したんだ…」「オーラで目が潰れる…」と、遠巻きに拝むような視線を送ってきている。


(…きっつい。めちゃくちゃきっつい。中身は前世の限界社畜OLのままだから、この神聖視される視線が本当に針のむしろなんですけどぉ…!)


前世、毎日満員電車に揺られ、上司の理不尽に耐え、安い居酒屋のハイボールだけを生きがいにしていた私にとって、この「拝まれる高貴な立場」は胃に穴が空きそうなほどのプレッシャーだった。


私が思わず胃のあたりを押さえて顔をしかめると、すぐ隣にいたテオが、いち早く私の異変に気づいて顔を覗き込んできた。


「どうしたんだい、百合?体調が悪いのかい?顔色が優れないようだけど…」


聖母のような慈愛に満ちた瞳が、心配そうに揺れる。


すると、対面のソファで最高級の紅茶を優雅に嗜んでいたユルリッシュちゃんが、不機嫌そうに切れ長の紅蓮の瞳をガラスの向こうへと向けた。


「ふん。あの有象無象、外部生のバカどもの視線が気になるか。目障りだな。百合をそんな怯えた顔にさせるとは不敬の極み。おい、今すぐあの者たちを学園から『排除』してこようか?」


「いや違うの!!!誰も排除しないで!!!」


私は慌ててユルリッシュちゃんの袖を掴んで引き留めた。


この成金最強幼馴染たちは、冗談抜きで政治家ともズブズブの権力を持っている。


本当に彼らの親の力を使えば、一般人の生徒数人、明日には存在ごと学園から消し去りかねない。


「じゃあどうしてそんなに辛そうな顔をしていたんだい?」


テオが優しく私の背中をさすってくれる。


咄嗟に言い訳を考えなければならない。


まさか「前世の社畜根性が染み付いてて、視線恐怖症なんです」なんて言えるはずがない。


私は冷や汗を流しながら、昨日スマホアプリで確認した、使い道に困って適当に投げ込んだ寄付金の履歴を思い出し、口から出まかせを並べ立てた。


「あ、ええとね!ただその…そう!この間、私が寄付したボランティア団体があるんだけどね?」


「ふむ。お前が熱心に貢いでいる、あの世界の子供たちを救うとかいう有象無象の集まりだな」


「うん。せっかく多額の寄付をしたのに、最近の活動報告を見たら、慈善事業の規模が全然大きくなってなくて…あれ?っておかしいな、って思っただけなの。だから、その子たちのことを考えて、ちょっと胸が痛くなっちゃって…」


(よし、我ながら完璧な言い訳!)


これで二人の意識は外部生から逸れるはず、と私はホッと胸をなでおろした。


…しかし、これが間違いだった。


「「…」」


二人の空気が、一瞬で凍りついた。


いや、凍りついたのではない。


怒りと、そして私への「歪んだほどの深い愛」によって、凄まじいプレッシャーの波動がラウンジを支配したのだ。


「…何だと?」


ユルリッシュちゃんが紅茶のカップをソーサーに置いた。カツン、という小さな音が、やけに重く響く。


「百合が、なけなしの無欲な善意で、世界の困窮した者たちのためにと差し出した聖なる財を…その有象無象どもは、まともに使っていないと言うのか?」


「う、うん?いや、ただ規模が大きくならないだけで、手続きに時間がかかっているだけかも…」


「いや、それはおかしいね」


テオが、いつもなら見せないような、ぞっとするほど冷徹で美しい微笑みを浮かべた。


「百合が動かした金額だよ?ひとつの村や学校を丸ごと建て替えて、お釣りが来るほどの巨万の富だ。それが停滞しているということは、理由はひとつしかない」


「…百合の金を『着服』した可能性があるな。オレの至宝の清らかな志を、泥棒猫のごとき奴らが私腹を肥やすために盗んだか」


ユルリッシュちゃんの瞳に、本物の冷酷な光が宿る。


「調べよう、ユルリッシュ。そのボランティア団体の資金フローを、僕たちのところのIT企業の全リソースを使って秒単位で解析させる。もし一円でも不当な流れがあったら…」


「言うまでもない。その団体の幹部から末端に至るまで、全財産を没収の上、二度と社会の光を拝めぬようにしてやる。当然、裏にいる政治家ごと、な」


「あれぇ…!?」


私は頭を抱えた。


違う、違うの!私はただ、使い切れない大金を適当にポイッと寄付して、なんとなく「あれ?」って思っただけなの!


国家規模の汚職を暴くみたいな大ごとにするつもりは毛頭ないの!


「待って!二人とも落ち着いて!怒らないでぇ!」


必死に引き留める私の声を、二人は「ああ、百合はどこまで慈悲深いのだ。騙した悪党の身すら案じるというのか…!」「愛しい百合、僕たちが君の代わりに、その優しい手を汚さずにすべて片付けてあげるからね」と、最高に都合よく脳内変換していく。


(神様、前世の推しが私を溺愛してくれるのは嬉しいですけど、この二人の『権力』が合わさると、日常会話ひとつで世界が滅びそうなんですけどー!?)


今日も今日とて、お姫様(中身は限界社畜)の平穏な毎日は、二人の超過保護な愛によって過剰な制裁へと向かうのだった。










ある日の放課後。


ラウンジから教室へ戻る廊下でのことだった。


バタバタと騒がしい音の直後、「きゃあ!」という短い悲鳴が響き渡った。


見ると、一般受験で入ってきた『ブロンズ』ランクの女子生徒が、教科書やノートを床にぶちまけて転んでいた。


その目の前には、腕を組んで見下ろしている『ゴールド』ランクのいかにもお嬢様といった風貌の女子生徒。


「ちょっと、危ないじゃない。ブロンズの分際で、ゴールドの私の前を不注意に歩かないでくださる?」


絵に描いたような学園の格差社会。


周囲の生徒たちは巻き込まれるのを恐れて、見て見ぬふりで通り過ぎようとしている。


(…いやいやいや!漫画の世界かよ!)


前世、しがない一般人(というか底辺社畜)だった私の脳内センサーが激しくアラートを鳴らした。


あんな風に理不尽に怒鳴られる辛さは、前世のクソ上司との日々で嫌というほど知っている。


気づいたときには、私の体は勝手に動いていた。


「大丈夫!?」


私は制服の裾を翻すようにして、床にへたり込むブロンズの彼女の元へ駆け寄った。


そして、躊躇なく大理石の床に膝をつき、散らばった教科書を拾い集める。


「ケガはない?びっくりしたよね。はい、これ使って」


私はポケットから、アイロンのきっちり当たったお気に入りのハンカチ(大財閥の特注品)を取り出し、彼女の擦りむいた手に優しく握らせた。


「え…あ、あの…っ」


転んだ女子生徒は、顔を真っ赤にして完全にフリーズしてしまった。


無理もない。


高等部一年生で唯一無二の『プラチナ』。


雲の上の存在である高橋 百合が、地べたに膝をついて、ブロンズの自分に手を差し伸べているのだから。


しかし、私のこの行動は、周囲の目には全く違う意味として映っていた。


「…見た?プラチナの百合様が、ブロンズの生徒に自ら手を差し伸べられるなんて…」


「なんて神々しいの…。まさに慈愛の女神、アクアマリン学園の聖母だわ…!」


「あのゴールドの人、プラチナの聖域を汚したも同然よね…?」


周囲のギャラリーから、一斉に感嘆の溜息と、ゴールドの女子生徒への冷ややかな視線が突き刺さる。


「あ、あの…わ、私、そんなつもりじゃ…っ」


さっきまで威張っていたゴールドの彼女は、一瞬にして自分が「悪役」に仕立て上げられたことに気づき、顔を青くしてガタガタと震え始めた。


(えっ!?みんな何そのお目々!?私はただ、転んだ子を助けただけなんだけど!?)


周囲の神聖視する視線に、私は(ひぇ…やっぱりきっつい…!)と内心で涙目を流していた。


だが、事態は私の「あれぇ?」を置き去りにして、最悪の方向へと加速する。


コツ、コツ、と。


廊下の向こうから、冷徹で、かつ圧倒的な王者の足音が近づいてきた。


「…おい。そこで何をしている」


低く、地を這うような美しい声。


現れたのは、腕を組んで冷酷な笑みを浮かべるユルリッシュだった。


その隣には、いつもなら聖母のような微笑みをたたえているはずのテオが、一切の感情を排した無機質な美貌で佇んでいる。


二人の視線は、転んだ女子生徒でも、周囲の野次馬でもなく…ただひとつ。


『床に膝をついている私』に注がれていた。


「百合」


テオが私の隣にそっとしゃがみ込み、私の体を優しく引き起こした。その手のひらは温かいのに、彼の背後から立ち上るオーラは絶対零度だ。


「どうして君が、そんな冷たい床に膝をついているんだい?君のその清らかな身体は、世界のどんな宝石よりも価値があるというのに」


「え、あ、いや、そういうのじゃなくて、彼女が転んじゃったから…」


「黙れ、百合」


ユルリッシュちゃんが私の言葉を遮り、一歩、ゴールドの女子生徒へと歩み寄った。


その紅蓮の瞳は、完全に獲物を品定めする暴君のそれだった。


「お前だな。オレの至宝たる百合に、地べたを這わせる不敬を働いたのは」


「ひっ…!ゆ、ユルリッシュ様…!私は、ただ、その…っ」


ゴールドの彼女は、恐怖のあまり声も出ずにその場にへたり込んだ。


ユルリッシュちゃんの実家の権力は、この学園のオーナーはおろか、国の経済すら左右する。


彼に睨まれるということは、一族の破滅を意味していた。


「言い訳など聞いておらん。百合が慈悲深くもお前の身代わりとなって床に膝をついたのだ。その価値の重さ、お前の安い命と家柄すべてを投げ打っても足りぬと知れ」


「そうだね、ユルリッシュ」


テオが、冷たい微笑みを浮かべたままゴールドの彼女を見下ろす。


「君の家、確か僕たちのIT企業のシステムを使っていたよね。明日からその全ラインを停止させようか。学園への寄付金のランクなんて、僕たちの一言でいくらでも『ブロンズ未満』に落とせるんだから」


「あれぇーっ!?」


私は心の中で絶叫した。


違うの!格差社会を助長したいわけじゃないの!


ちょっとハンカチを貸しただけなのに、なんで一つの家庭が社会的に抹殺されそうになってるの!?


「二人ともストップ!怒らないで!私が勝手にしゃがんだだけだから!ほら、行こう!ラウンジで美味しいケーキ食べよ!ね!?」


私は両手で二人の腕を強引に引っ張り、その場から連れ出そうと必死に足を動かした。


そんな私を、二人は「ふん、どこまで優しいのだお前は」「百合がそう言うなら、今回は免じてあげるよ」と、これまた最高の聖女フィルターで脳内変換するのだった。


後ろを振り返ると、ハンカチを握りしめたブロンズの女の子が「百合様…一生ついていきます…!」と、完全に信者と化した目で私を見つめていた。


(違うの、みんな目を覚まして!私はただの、チキンな元社畜OLなのよー!)


私の平穏な学園生活は、今日も二人の過保護な愛によって、周囲の勘違いを加速させていくのだった。







5時間目の現文の授業。


アクアマリン学園のプラチナランク専用デスクで、私はシャープペンシルを猛烈な勢いで動かしていた。


(ええと、この問題の解法は…前世の大学受験のときに死ぬほどやった赤本のあそこらへん!ああ、記憶の引き出しが錆びついてて出すのが大変…!)


私がこれほど真面目に授業を受けているのには、深い理由がある。


私の今世の成績は、常に学年トップクラス。


しかしそれは生まれつきの天才だからではなく、前世の「受験生」としての記憶と、社畜時代の「納期に追われる根性」を必死に手繰り寄せてキープしている、完全なるド根性知識チートの賜物だった。


大財閥の娘とはいえ、いつ何時「前世の知識」が役に立たなくなるか分からない。


サボったら即転落。その恐怖心だけで、私は毎授業を全力疾走していた。


「…百合様、本当に凄いわ」


「プラチナで、何もしなくても未来が約束されているのに、あんなに真面目にノートを取られて…」


ふと気づくと、周囲のクラスメイトが、私をキラキラとしたリスペクトの眼差しで見つめていた。


そして、一人の女子生徒が拳を握りしめて立ち上がった。


「私たち、甘えていたわ!親の資産やランクにかまけて授業を疎かにするなんて、プラチナの百合様に恥ずかしくないのかしら!私たちも学園の一員として、百合様のように頑張らなくちゃ!」


「おおおおお―っ!!!」


クラスに謎の連帯感と勉強への熱意が爆誕し、全員が猛然と教科書を開き始めた。


(…いやいやいや!みんな目を覚まして!?貴方たちの家柄なら、この学校を卒業するだけで人生イージーモード確定なんだから、無理してガリ勉しなくていいのよ!?貴重な青春、もっとのんびり過ごしてー!?)


心の中で激しくツッコミを入れつつも、小心者の私は「あはは…みんなで頑張ろうね…?」と引き攣った笑顔を返すことしかできなかった。








一方、そんな教室の様子を、一番後ろの特等席から眺めている二人の推しがいた。


ユルリッシュとテオ。


二人は授業など1秒も聞いていない。


彼らにとって、現代の高校の勉強など、赤子の手をひねるより容易い退屈な雑音に過ぎないからだ。


二人の美しい瞳は教壇ではなく、ひたむきにペンを握る私の背中に釘付けになっていた。


「ふん。ようやくオレの至宝の背中の尊さに気づいたか」


ユルリッシュちゃんが頬杖をつきながら、満足そうにフッと鼻を鳴らした。


「百合のあの健気な姿を見よ。生まれ持った血筋や財力に胡坐をかかず、あえて凡愚のルールに則って頂点を極めようとする。俺たちと対等に並び立とうと、陰で血の滲むような努力を重ねるその姿…実に愛い。愛らしすぎて抱き潰したくなるな」


「そうだね、ユルリッシュ。百合はいつでも、自分の力で道を切り開こうとする。そのひたむきな魂が、ついに周りの怠惰なクラスメイトたちの心まで動かしちゃったんだもんね」


テオが、愛おしさが限界突破したような、とろけるような微笑みで私を見つめる。


「僕たちがいくら富を買い与えても、百合が本当に欲しがるのは『自らの努力で得た成果』だけなんだ。どこまで高潔で、どこまで僕たちの心を惹きつけるんだろうね。本当に、誇らしい僕たちの幼馴染だよ」


「当然だ。あの野良猫たちの歪んだ向上心すら、百合の輝きが導いたもの。これぞ真の聖女のカリスマよ」


「あれぇ…!?」


二人の熱い視線に気づいて振り返った私は、その「全肯定・超解釈フィルター」のオーラを察知して、背筋に冷たいものが走った。


違うの、二人の隣に並び立つためとか、そんな大層な理由じゃないの!


ただ単に「赤点取ったら前世の社畜プライドが死ぬ」っていう恐怖と、みんなに「あの娘、裏口入学か?」って疑われたくないだけの、チキンな保身なの!!


「百合、ノートを取る手が止まっているぞ。オレが代わりにすべて記載してやろうか?」


「僕が代わりに教科書を暗記して、耳元で答えを囁いてあげてもいいよ?」


「ううん、二人ともありがとう!自分で頑張るから大丈夫!」


優しすぎる推しからのカンニングの誘いを必死に断りながら、私は再びノートに向き直るのだった。


(神様、私の平凡な努力が、どうして二人の前では『世界を導く聖女のカリスマ』になっちゃうんですかー!?)






「…あ、あの、みんな。そ、そんなに無理して頑張るなら…放課後、みんなで一緒にお勉強会、する?」


私のその一言に、教室が「しーん」と静まり返った。


(あっ、やっちゃった!?余計なお世話だったかな…!)


チキンな元社畜OLの私は、一瞬で冷や汗をかいた。


だけど、クラスメイトたちが私のガリ勉姿に触発されて、肩を怒らせて必死に教科書にかじりついているのを見て、どうしても前世の「徹夜続きの限界受験生」だった頃の自分と重なって放っておけなかったのだ。


「プラチナの、百合様が…私たちのために…?」


一人の生徒が、まるで神託を受けた信者のように震える声で呟いた。


この学園の骨の髄まで染み付いたスクールカーストにおいて、最上位の『プラチナ』が下位の生徒に手を差し伸べる、ましてや勉強を教えるなど、歴史上あり得ない奇跡だったのだ。


「百合がそうしたいなら、僕たちは大歓迎だよ。みんな、百合の大切な時間をもらうんだから、感謝して大人しく席につくんだよ?」


テオが、有無を言わせぬ美しい微笑みで教室全体を牽制する。


「ふん。オレの至宝の直接の教えを乞えるとは、前世でどれほどの徳を積んだのだ。ほら、百合が待っているぞ。さっさとペンを持て」


ユルリッシュちゃんが尊大に腕を組み、監視員兼過保護な保護者として後ろの席にドンと構えた。


「あはは…じゃあ、始めようか」


私は引き攣った笑みを浮かべながら、黒板の前に立った。


教えるのは、私が前世の受験勉強と社畜時代のタスク管理で培った『超・効率重視のライフハック的勉強法』だ。


「まず、この公式は丸暗記じゃなくて、この図のイメージで覚えると一瞬だよ」


「問題集は最初から全部解かずに、間違えたところにだけ付箋を貼って、そこを3回ループして!」


「暗記モノは、夜寝る直前の15分に詰め込んで、朝起きてすぐ復習するのが脳の仕組み的に一番効率が良いんだよ」


前世の記憶チートをフル活用した私の解説は、無駄がなくてめちゃくちゃ分かりやすかった。


クラスメイトたちは、「なんて合理的なの…!」「これがプラチナの頭脳…!」と、感動の涙を流しながら猛烈な勢いでメモを取っていく。


(違うの、みんな!これはただの、要領の悪い私が編み出した『いかに楽をして赤点を回避するか』っていう、社畜の生存戦略なのよー!)


私の心の叫びをよそに、勉強会は大盛況のうちに幕を閉じた。











そして迎えた、期末テスト返却の日。


アクアマリン学園の高等部一年生、私たちのクラスの平均点は…前回のテストから異例の「25点爆上がり」という、学園創立以来の快挙を成し遂げていた。


「ゆ、百合様ぁーっ!!!」


教室のドアが勢いよく開き、高価なスーツを着た学園長が、額に汗を浮かべ、目に涙をためて滑り込んできた。


その後ろには、表彰状と巨大なトロフィーを持った教頭が控えている。


「学園長!?どうしたんですか!?」


私が椅子から飛び上がると、学園長は私の席の前で深々と頭を下げた。


「素晴らしい!本当に素晴らしいです、百合様!我がアクアマリン学園は、寄付金の額こそが正義、金さえ積めば未来が約束されるという、いささか拝金主義に染まった運営をしてまいりました…しかし!最高ランク『プラチナ』であられる貴女様が、自ら汗を流し、富におぼれる生徒たちを導き、学力を底上げしてくださった!」


学園長はハンカチで涙を拭いながら、熱弁を振るう。


「これぞ真のノーブレス・オブリージュ!貴女様は我が学園の腐った体制に、自らの行動で『本当に大切なものは何か』を教えてくださったのです!本日は学園を代表して、百合様に特賞の表彰状をお持ちいたしました!」


「えっ、あ、ええーっ!?」


クラス中から「さすが百合様!」「一生ついていきます!」と割れんばかりの拍手が巻き起こる。


(違うの学園長!私はただ、みんなが必死すぎて可哀想だったから、前世のライフハックを教えただけなの!学園の運営方針に物申すつもりなんて、ミリ単位もなかったのよー!?)


私が完全にキャパオーバーで「あれぇ?」と頭を抱えていると、後ろから二人の頼もしすぎる幼馴染が歩み寄ってきた。


「ふん、当然の結果だな」


ユルリッシュちゃんが学園長から表彰状をひったくるように受け取り、満足そうにフッと笑った。


「オレの至宝が直々に導いたのだ。この程度の奇跡、驚くに値せん。学園長、お前の歪んだ拝金主義の目を覚まさせてやったのだ」


「そうだね。百合はただ勉強を教えただけじゃない。この学園の『お金がすべて』という冷たい空気を、その優しい心で変えてしまったんだ」


テオが私を後ろからそっと抱きしめ、耳元で愛おしそうに囁く。


「本当にすごいよ、百合。君はやっぱり、僕たちの世界の中心だね。…さあ、最高の聖女様。お祝いに、今日は僕たちの家を貸し切って、とびきり甘いお菓子パーティーをしようか」


「あ、う、うん…ありがとう…?」


二人の圧倒的な美貌と、クラスメイトからの狂信的な視線、そして学園長からの感謝の涙に挟まれて、私はただただ引き攣った笑顔で頷くしかなかった。


(神様…!効率よく点数を取らせただけなのに、どうして『学園の体制を改革した伝説の聖女』になっちゃうんですかー!?私の静かな学園生活はどこへ行ったのよー!)








期末テストの平均点爆上がり騒動から数日。


クラス内の雰囲気は、以前のギスギスした格差社会から一変し、どこかアットホームなものに変わっていた。


「あの、百合さま…!」


休み時間、私の席に数人のクラスメイトが、そわそわしながら近づいてきた。


いつもなら遠巻きに拝まれるだけなのに、今回は少しだけ距離が近くなっている。


その事実に、私の前世の一般人メンタルは「お、クラスメイトとお喋りできる!?」と密かに歓喜していた。


「どうしたの?」


私が微笑むと、彼女たちは顔を輝かせた。


「あのね、今回の期末テストの平均点爆上がりのお祝いと、勉強会の打ち上げを兼ねて、放課後にみんなでプチパーティーをしないかって話が出ているの!近くのホテルのラウンジを貸し切るから、もしよければ百合さまも一緒にどうかなって…!」


(えっ!クラスの打ち上げ!?行きたい!)


前世の社畜時代、会社の飲み会は苦痛でしかなかったけれど、こういう純粋な「お祝いの集まり」にはちょっと憧れがあった。


何より、これで普通の高校生らしい友達付き合いができるかもしれない!


私が「わあ、楽しそう」と口を開きかけた、その瞬間だった。


「阿呆めが」


低く冷徹な声が、私の言葉をピシャリと遮った。


振り返ると、いつの間にか私の席の後ろに立っていたユルリッシュが、腕を組んでクラスメイトたちを冷酷に見下ろしていた。


「いくら百合が慈悲深く、お前たちに優しいからと言って、調子に乗るなよ。オレの至宝がこれ以上、貴様らのごとき凡愚に割く時間など一秒たりともないわ」


「ひっ…!ゆ、ユルリッシュ様…!」


クラスメイトたちが恐怖で一歩引く。


さらに、その隣にいたテオが、これ以上ないほど美しい、だけど完全に心のこもっていないビジネススマイルを浮かべて追撃した。


「そうだよ。百合が教えた効率的な勉強方法は、もう君たちの頭に入っているはずだ。これからは僕たちを頼らず、自力でクラスの平均点を上げていってね。これ以上百合の手を煩わせるなら…分かっているね?」


(いや、テオの笑顔が逆に一番怖いんだけど!?)


二人の完璧なまでの「門前払い」と、背後から立ち上るプラチナランクの圧倒的な威圧感。


クラスメイトたちは、プチパーティーの誘いなど一瞬で吹き飛び、直立不動でガタガタと震え出した。


しかし、ここからがこの学園の、そしてスクールカーストの恐ろしいところだった。


二人に冷たく突き放されたというのに、クラスメイトたちの瞳に浮かんだのは、落胆ではなく、さらなる「深い感動と崇拝」だった。


「あ、ああ…やっぱり、百合さんは私たちの届かない、雲の上の存在なのね…」


「そんな神聖な存在に、一度だけでも目をかけていただけたなんて、私たちはなんて幸運なのかしら…っ」


「拒絶されてるのに、あの幼馴染三人組のオーラが尊すぎて辛い…やっぱりあの三人組、最高の『推し』だわ…!!!」


(…あれぇー!?)


私は心の中で頭を抱えて絶叫した。


違う、みんな目を覚まして!


私はただ、みんなと一緒にお菓子を食べて「テストお疲れ様ー!」ってやりたかっただけなの!


ちょっと仲良くなれた、普通のクラスメイトになれたと思ったのに、二人の過保護なガードのせいで、またしても触れてはいけない『殿上人』に押し上げられちゃったじゃないのー!


「ふん、分かれば良い。行くぞ、百合。こいつらの集まりなどより、オレが用意させた特注の極上スイーツがお前を待っている」


「行こう、百合。二人きり…じゃなくてユルリッシュもいるけど、僕たちだけで静かにお祝いをしようね」


「あ、う、うん…みんな、また教室でね…っ」


二人に左右からがっちり腕をホールドされ、私は引き攣った笑顔でクラスメイトたちに手を振るしかなかった。


背後からは「百合様、手を振り返してくださった…!」「尊い…!」という、もはやアイドルの退場シーンのような歓声が響いている。


(神様…前世の推しに守られるのはこの上ない幸せですけど、私の『普通の高校生活』のハードルがエベレストより高くなっているのはどうしてですかー!?)


お姫様(中身は限界社畜)の、すれ違いまくりの平穏な日常は、今日も二人の重すぎる愛によってガチガチに守られていくのだった。










百合の家、ユルリッシュの家、テオの家。


政治家への裏金…もとい、合法的な多額の献金でズブズブの仲良しさんである三つの大富豪一族は、家族ぐるみの関係も「非常に良好」だった。


「ユルリッシュくんとテオくんが一緒にいてくれれば、うちの百合も一生安泰ねぇ」


私の母は、お茶会で優雅に微笑みながらそう口にする。


前世一般人の私からすれば、あの二人に娘を預けるなど正気の沙汰とは思えないが、今世の親たちは彼らを「最高に頼りになる未来の伴侶候補兼ボディーガード」として全幅の信頼を置いていた。


一方、ユルリッシュちゃんとテオの親たちもまた、私の存在を神聖視している。


「いやいや、百合ちゃんという最高のストッパーがいてくれるからこそ、うちの傍若無人な跡取り息子たちが、現代社会でギリギリ一線を越えずにまともにやっていけているんですよ。本当にありがたい…!」


(…いや、ストッパーになれてるかなぁ!?むしろ二人の過保護に拍車をかけてる気がするんだけど!?)


大人たちのそんな思惑をよそに、ある日の放課後。


私は、人生最大とも言える「大作戦」を決行していた。


「よし…!今日の放課後は、二人には『ちょっと急用があるから先に行ってて!』って言ってある!完璧に巻いたはず…!」


私は学園の最寄り駅とは逆方向の、おしゃれなショッピングモールへと足を踏み入れた。


普段は必ず二人のどちらか、あるいは両方が左右を固めているため、一人で街を歩くのは今世で初めてかもしれない。


(ひぇぇ、一人で歩くのってこんなに開放感あるんだ…!)


なぜ私が、普段あれほど恐れている「単独行動」に踏み切ったのか。


理由はひとつ。


私の家と、二人の家がビジネス的にもプライベートでも仲良くなってから、今年でちょうど「十数年」の節目を迎えるからだ。


いつも身に余る溺愛をくれる二人の両親、そしてもちろん、ユルリッシュちゃんとテオへ、日頃の感謝を込めてサプライズでプレゼントを買いたかったのである。


「みんな、何が喜ぶかなぁ。ユルリッシュちゃんの親御さんには、ちょっといい羽織り?テオの親御さんには、高級ブランドのシルクのストールとか…」


一人でショップを巡りながら、私は予算(怖くて使えなかったお小遣いの一部)を計算しつつ、ニコニコと買い物を楽しんでいた。


…しかし、悲しいかな。


前世が一般人の私には、現代の「超絶成金チート能力」と「最新IT企業の索敵網」を甘く見すぎていた。


「…おい、テオ。百合が今、3階の輸入雑貨店に入ったぞ」


「うん、ユルリッシュ。どうやら僕たちの親へのプレゼントを選んでいるみたいだね。…可愛いなぁ、本当に」


モール内を歩く私の、およそ十メートル後方。


周囲の一般客から「えっ、何あの美少年二人組…」「モデル?芸能人!?」と凄まじい注目を浴びながら、ユルリッシュとテオは、完璧に私の動向を尾行していた。


巻いたはず?


そんなわけがない。


私のスマホのGPSは秒単位で彼らの端末に共有されているし、なんならこのモールの防犯カメラの映像は、テオの家のIT企業のセキュリティーを介して、二人の手元でリアルタイムで常時監視されていた。


「ふん。オレ達を巻いたつもりで、一人でちまちまと歩きおって。無防備にもほどがある。もし誰かが指一本でも触れたら、このモールごと消し去ってやるところだ」


ユルリッシュちゃんが変装用のサングラスの奥から、周囲の通行人を鋭く威嚇する。


「まあまあ、ユルリッシュ。百合は僕たちにサプライズを仕掛けたいんだよ。自分のために大金を使うのは怖がるのに、僕たちの家族のためなら、あんなに嬉しそうにお財布を開くんだ。…ねえ、本当に、どうしてあんなに尊いんだろうね」


テオは胸を押さえ、愛おしさが限界突破して息を吐き出した。


「当然だ。オレ達一族を、己の家族としてこれ以上ないほど大切に想っている証拠。やはり百合は、オレの妻となるにふさわしい至高の乙女…!」


「あ、そうだ!ユルリッシュちゃんとテオの分も買わなきゃ!」


前方で、私がポンと手を叩いて、今度は若者向けのアクセサリーショップへと入っていく。


二人はそれを見逃さなかった。


「…!僕たちの分も選んでくれるみたいだね、ユルリッシュ」


「ふん、当然だ。オレの至宝からの贈り物だ、どんな安物の既製品であろうと、世界最高の至宝として納めてやるわ」


二人は私の健気な後ろ姿を見つめながら、もはや「全肯定・限界オタク」のような目で、静かに、しかし最高に過保護な熱量で尾行を続けるのだった。


「ただいまー!」


お買い物を終え、大満足で(徒歩十五分の)お隣さんであるユルリッシュちゃんの屋敷の門をくぐると、そこにはすでに帰宅していたのユルリッシュちゃんとテオが、何食わぬ顔でソファーに座っていた。


「おかえり、百合。お出かけは楽しかったかい?」


「ふん、遅かったではないか。寂しさで退屈するところだったぞ」


「えへへ、ちょっとね!はい、これ、みんなにプレゼント!」


私は買ってきたばかりの、リボンのついた紙袋を二人に差し出した。


二人は「おや、これは何だい?」「ふん、一応受け取ってやろう」と、まるで初めて知ったかのような完璧な演技でそれを受け取る。


「いつも二人の親御さんにも良くしてもらってるし、二人にも感謝してるから!十数年の記念のお祝いだよ!」


私が満面の笑みで言うと、二人は中身(ユルリッシュちゃんにはイヤーカフ、テオには天然石のブレスレット)を確認し、深く、深く感動したような目で私を見つめてきた。


「…やはり、お前はオレたち一族の、最高の光だな、百合」


「ありがとう、百合。僕たちの両親も、きっと嬉しくて泣いちゃうよ。…もちろん、僕も一生の宝物にするね」


「喜んでくれてよかったぁ!」


私がホッと胸をなでおろした、その時だった。


「よし、では我が家とテオの家を挙げて、高橋家との『合同・十数年記念大晩餐会』を今週末に開催する!政治家どもも一族総出で呼び出し、百合のこの高潔な行いを盛大に称えさせよう!」


「いいね、ユルリッシュ。ホテルのメインホールを貸し切って、百合から貰ったこの宝物をみんなにお披露目するパーティーにしよう」


「あれぇ…!?」


私は頭を抱えた。


違うの!私はただ、プライベートで「いつもありがとう」って普通にプレゼントを渡したかっただけなの!


なんで一介の高校生が買ったプレゼントのお披露目のために、国家予算レベルの金が動く大晩餐会が開催されようとしてるのー!?


(神様…!サプライズは完全にバレてた上に、またしても大事になってしまいました。私のささやかな善意は、どうしていつも国家規模のイベントになっちゃうんですかー!?)


お姫様(中身は限界社畜)の、愛が重すぎる幼馴染たちとの日常は、今日も全速力で勘違いの斜め上へと突き進むのだった。






ある日の5時間目、グラウンド。


体育の授業でサッカーのドリブル練習をしていた私は、自分の足ともつれて大理石…ではなく、ただの土の地面の上に「ぺちっ」と絵に描いたような音を立てて転んでしまった。


前世から筋金入りの運動音痴。


「あ、痛たた…」と顔をしかめながら、泥のついた膝をさすって起き上がろうとした、その瞬間だった。


「いやぁーっ!!!???」


グラウンド中に、まるで世界が滅亡するかのような悲鳴が響き渡った。


「た、大変!私たちのプラチナの姫が、地べたに倒れ伏したわ!」


「何をしているのゴールドとシルバー!早く百合様の周りの土を撤去して!」


「お救いしなきゃ…!尊い百合様のお肌に傷がついたら学園の損失よ!」


周囲の生徒たちが顔を青くして、大パニックで私を遠巻きに囲み始める。


(…いやいやいや!転んだだけだよ!派手につまずいただけで、かすり傷ひとつないから!あと、いつの間に私『プラチナの姫』なんて二つ名になってんのぉ!?)


スクールカーストが極まりすぎて、ただの運動音痴の失態が「聖域の危機」みたいになっている状況に、私は(ひぇぇ…恥ずかし死ぬ…!)と泥だらけの顔を真っ赤に染めていた。


あまりの事態に、体育の担当教師も泡を食ってすっ飛んできた。


そして、私の斜め後ろに直立していた二人の「推し」の前にスライディング土下座の勢いで恐縮する。


「ゆ、ユルリッシュ様、テオ様…っ!私の不徳の致すところで、百合様を…っ!お、お早く百合様を保健室にお連れせねば…っ!」


「言われるまでもない」


先生が言い終わるより早く、ザッと砂を蹴る音がした。


見上げれば、ジャージ姿すらハイブランドのコレクションに見えるユルリッシュちゃんが、不機嫌そうに瞳を尖らせて私を見下ろしている。


「わかっている。百合、オレの首に手を回せ」


「え?あ、ユルリッシュちゃん…っ」


言うが早いか、視界がぐわんと反転した。


気がついたときには、私の体は宙に浮き、ユルリッシュちゃんの逞しい腕の中にすっぽりと収まっていた。


いわゆる、完璧な体勢の『お姫様抱っこ』である。


「ちょっと待って!ユルリッシュちゃん!本当にちょっと転んだだけだから!お願い降ろしてぇ!」


前世一般人、今世も中身はただのオタク。推しにお姫様抱っこされるなど心臓が爆発して塵になるレベルの暴挙だ。しかもここには学園中の生徒の目がある。


ジタバタと暴れる私を、ユルリッシュちゃんはフンと鼻で笑ってびくともしない腕力で締め直した。


「何がちょっとだ。お前は昔から、転ぶとなれば顔面からいく奴があるか。オレ達が目を離した隙に、その不器用な足で自傷行為に走るとは、どこまで手がかかるのだ」


「百合の言う通り、ちょっと転んだだけかもしれないけれどね」


テオが、私の泥のついた手のひらをそっと両手で包み込みながら、ゾッとするほど美しい、だけど心配そうな瞳で覗き込んできた。


「でも、百合。…ほら見てごらん、可愛いおててにこんなに土がついている。まずは保健室に行って、僕が綺麗に洗ってあげるからね」


「テオまで大げさだよぉ!自分で歩けるってばぁ!!」


私の必死の抵抗(声が甘くて可愛いので二人の耳には心地よいBGMにしかなっていない)も虚しく、プラチナの王子二人は、お姫様を抱えたままグラウンドを堂々と横切っていく。


後ろを振り返れば、クラスメイトや体育の先生、果ては他クラスの生徒たちまでが、胸の前で手を組み、涙を流しながら私たちを見送っていた。


「ああ…ユルリッシュ様のお姫様抱っこ…」


「テオ様のあの献身的なお姿…」


「やっぱりあの幼馴染三人組、本物のロイヤルだわ…神に感謝…!」


(違うの、みんな拝まないで!私はただの、運動神経が絶望的な元社畜OLなの!二人の過保護のせいで、保健室に行くためのパレードみたいになっちゃってるじゃないのよー!)


今日も今日とて、お姫様(中身は限界社畜)の平穏な学園生活は、二人の圧倒的なお節介と周囲の狂信的なフィルターによって、さらなる伝説を刻んでいくのだった。






「ひ、ひぇぇ…!お、お待ちしておりましたプラチナの御三方…!」


ユルリッシュちゃんにお姫様抱っこされたまま保健室のドアを蹴り開けると、中にいたブロンズランクの保健医の先生が、まるで世界の王を迎えるかのような直立不動の姿勢でガタガタと震え出した。


「おい、そこの」


ユルリッシュちゃんは私をふかふかのベッドへ、まるで壊れやすい高級ガラス細工でも扱うかのように、そっと優しく横たえながら冷徹に言い放った。


「百合の手当てはオレ達が直々に行う。お前の安い医療知識など不要だ。部屋の隅で息を潜めているか、さもなくば今すぐ退出せよ」


「は、はいぃっ!失礼いたしますっ!」


先生は救急箱をベッドの脇に置くやいなや、脱兎のごとく保健室から逃げ出してしまった。


「ちょっとユルリッシュちゃん、先生を追い出さないでよ!?私、ただの擦り傷だから!」


私がベッドの上で上半身を起こして抗議する。


しかし、二人の耳には私の焦る声など「小鳥のさえずり」程度にしか届いていない。


「さあ、百合。まずはその泥だらけの手を綺麗に洗おうね」


テオが、いつの間にかどこからか持ってきた最高級の水(おそらく彼らの家の備蓄品)と、真っ白な清潔なタオルを手に、私の前に膝をついた。


「テオ、私が自分で洗うから大丈夫…」


「ダメだよ。君の柔らかい皮膚を、そんな泥まみれの爪で擦ったら傷が深くなってしまう。僕に任せて」


有無を言わせぬ微笑み。


テオは私の手首をそっと優しく掴むと、体温が心地よい彼の手のひらで、私の手のひらについたグラウンドの土を、まるでシルクを洗うかのように丁寧に、優しく水で流し始めた。


(あ、頭がどうにかなりそう…!推しの、あのテオが私の手を洗ってくれている…!綺麗すぎて直視できない…!)


前世の記憶が暴走して気絶しそうになっていると、今度はユルリッシュちゃんがベッドの横にドカッと腰掛けた。


その手には、救急箱から取り出した消毒液と綿棒、そしてなぜかどこから取り出したのか分からない超高級なブランド物の絆創膏が握られている。


「おい、テオ。洗浄が終わったならば退け。次はオレが直々に『消毒』を施してやる」


「待ってよ、ユルリッシュ。まだ少し指の間に砂が残っている。百合の綺麗なお肌を傷つけないように、僕が最後まで完璧に仕上げるから」


(いや、ただの保健室の手当てが、なんで超一流の職人の共同作業みたいになってるの!?)


「よし、終わったよ。ユルリッシュ、どうぞ」


テオが私の手をタオルで優しく包み込み、水分を完全に拭き取る。


するとすかさず、ユルリッシュちゃんが私の前にその端正な顔を近づけてきた。


「おい、百合。少し沁みるぞ。痛くばオレの胸にすがりついて泣いても構わん」


「いや、沁みるのくらい全然平気だから…!痛っ、ともならないくらい…」


ツン、と、消毒液のついた綿棒が、私の手のひらの小さな擦り傷に触れた。


前世、ブラック企業で身も心もボロボロになりながら働いていた私からすれば、こんな擦り傷の痛みなど蚊に刺されたようなものだ。


しかし、私がほんの少しだけピクッと身じろぎした瞬間、二人の目の色が変わった。


「…!百合を痛がらせるとは…!この消毒液、成分が強すぎるのではないか!?今すぐこの製薬会社をオレの家の財力で買い取り、一切沁みない薬を開発させろ!」


ユルリッシュちゃんが本気で怒りに満ちた紅蓮の瞳で消毒液のボトルを睨みつける。


「そうだね、ユルリッシュ。百合のこんなに薄くて繊細な皮膚に、こんな刺激の強いものを使わせるなんて、この学園の医療体制はどうかしているよ。明日から僕たちのIT企業で、学園専用の完全オーガニックな医療システムを構築し直そう」


テオも、心底心配そうに私の手をふーふーと息を吹きかけて冷ましてくれている。


「あれぇ…!?」


私は心の中で盛大にズッコケた。


違うの、お二人さん!


消毒液が沁みるのは科学的な仕様です!製薬会社を買い取る必要も、学園の医療システムをハッキングして作り直す必要も、これっぽっちもありません!


「二人とも落ち着いて!痛くない!全然痛くないから!ほら、もう可愛い絆創膏貼って終わりにして!」


私が慌ててユルリッシュちゃんの手から絆創膏を奪い取り、自分でペタッと手のひらに貼ると、二人は「ふん、我慢強いお前も愛しいが、無理はするな」「本当に百合は強い子だね。でも、僕たちの前ではいつでも甘えていいんだよ」と、これまた限界突破した聖女フィルターで脳内変換を完了させていた。


(神様…ただの擦り傷の手当てで、どうして一つの製薬会社と学園のインフラが滅びそうになるんですか!?この二人の超過保護な愛から、私の心臓を守る方法を誰か教えてください!)






私立アクアマリン学園の一大行事…これは『道徳の時間』のカリキュラムとして組み込まれた、ごく普通の「社会体験(地域清掃)」の授業だった。


場所は学園の周辺一帯。


いくら金こそが正義の超金持ち学校とはいえ、道徳の単位だけは全員一律でゴミ拾いをしなければならない。


(うう…。前世の限界社畜OL時代、会社の周辺清掃を押し付けられてた時を思い出すなぁ…。あの頃の体に染み付いたルーティンが悲しいほど疼く…!)


私は見事な腰つきで腰を落とし、手にしたトングをシャキシャキと動かしていた。


植え込みの奥に隠されたタバコの吸い殻や、空き缶を、前世の『清掃ボランティア(強制)』で培ったプロの目つきで見つけ出し、ゴミ袋へと次々に放り込んでいく。


体育は壊滅的だけど、こういう地道な作業は嫌いじゃない。


ふくよかな体を少し揺らしながら、せっせと手を動かしていた。


しかし、そんな私の姿は、周囲のゴールドやシルバーの令嬢・御曹司たちにとっては『天界からの奇跡』に見えていた。


「皆様、御覧になって…!プラチナの百合様が、あんなに熱心に、地べたの薄汚いゴミをお拾いになられているわ…!」


「ああ、なんということでしょう!普段は大財閥の令嬢として雲の上の生活を送られているのに、社会貢献のために自ら手を汚されるなんて…!これぞ本物の、ノブレス・オブリージュだわ!」


「百合様!私たちも百合様の尊いお姿を見習って、今日からこの街を、世界で一番綺麗な街にしてみせますわー!」


(いや、あの…!そんな大層なものじゃないんだけどね…!?ただ前世で、朝の駅前清掃をサボると上司にめちゃくちゃ怒られたトラウマがあって、無意識に体が動いちゃうだけなんだよぉ!)


クラスメイトたちが涙を流して感動し、謎の使命感に燃えて一斉にゴミ拾いを始める中、私のすぐ後ろには『鉄壁の守護者二人』が影のようにピタリと張り付いていた。


「おい、テオ。百合が拾おうとしているあの紙屑、何やら怪しげな油分が付着しているな。オレの至宝の手が汚れる。…燃やすか?」


ユルリッシュが極上の瞳を不機嫌そうに細め、トングを握る私の手元を睨みつけている。


政治家を金の力で顎で使う成金一家の跡取り息子は、今にもマイ携帯からお抱えの清掃業者を呼び出しそうな勢いだ。


「待ってユルリッシュ、百合は今、この街を美しくすることに喜びを感じているみたいだよ。彼女の清らかな楽しさを邪魔しちゃいけない」


テオが美しい髪を揺らし、聖母のような慈愛の笑みを浮かべながら、私専用の『最高級ブランドロゴ入り・シルク製ゴミ袋』を両手で恭しく広げて持っていた。


「さあ、百合。拾ったゴミは僕の袋に入れてね。君が触れたゴミなら、僕が責任を持ってプラチナ専用の焼却炉で跡形もなく処理してあげるから」


(あれぇ…!?なんでゴミ袋をそんな高級なシルクにしてるの!?あと、テオの目が全然笑ってなくて『百合の手を汚したゴミ』みたいなカウントになってるのが怖すぎるよぉ!)


「あ、あのね二人とも!私はただ、目の前にあるゴミを普通にトングで掴んでるだけだから!二人は危ないから、そこで大人しくしてて…!」


恥ずかしさと過保護の圧に耐えかねて、私の声は自然と甘く上擦ってしまう。慌てて振り返った拍子に、ふっくらした体が大きく揺れ、はう、と小さく吐息が漏れた。


その瞬間、ユルリッシュが音もなく距離を詰め、私の腰を大きな手でぐいっと引き寄せた。


「ふん、オレたちを置いてけぼりにして雑務に没頭するなど、不届き千万。百合、そんなにゴミが気になるならば、オレがこの区画一帯の土地をすべて買い取り、一流の清掃ロボットを1万台配備してやろう。お前はただ、オレの腕の中で世界が綺麗になっていく様を眺めていればよいのだ」


「それは素敵なアイデアだね、ユルリッシュ。百合、もう十分頑張ったよ。ほら、少し顔が赤くなっている。疲れたんだろう?後のゴミはクラスのみんなが喜んで拾ってくれるから、僕たちと車に戻ろうね」


左右から容赦なく降り注ぐ、前世の最推し二人による過保護な抱擁と甘やかし。


周囲のクラスメイトたちは、王子様たちに挟まれてお姫様待遇を受ける私を見て、さらに「キャーッ!百合様がゴミ拾いの女神として二人にお迎えされてるわ…!今日も尊い!」と、拝むように熱い視線を送り続けている。


前世の社畜ルーティンが裏目に出て、ただゴミを拾っただけで街の聖女として崇め奉られ、二人の独占欲を限界突破させてしまう百合。


彼女の「あれぇ?」という内心の悲鳴は、クラスメイトたちの熱狂的な称賛と、二人の過激すぎる愛の包囲網の中に、今日も優しく吸い込まれていくのだった。






定期テスト期間の私立アクアマリン学園は、試験さえ終われば授業はなく、いつもよりかなり早い時間に放課後となる。


その日、テストが終了した直後、ユルリッシュとテオの二人が職員室の先生方に呼び出された。


大財閥の跡取りかつ政治家ともズブズブの二人だ。


どうせ寄付金の使い道か、外部生の待遇についての相談(丸投げ)か何かだろう。


(二人の大事なお仕事の邪魔になったら悪いし、待ってるのも申し訳ないよね)


前世の限界社畜OLマインドが働いた私は、「先に帰ってるね!」と二人にメッセージを送り、一人で早めに校門を出た。


(もし二人が早く終わったら、私の部屋に直接来るだろうしね。お母様が最高級のケーキを用意して待ってるはずだし!)


高級住宅街へと続く緑豊かな並木道を、一人でニコニコしながら歩く。


お天気も良くて最高の気分…だったのだが、大通りから一本入った静かな路地裏に差し掛かった時、前方の電柱の影からガラのお悪い数人の男子高校生がヌッと現れた。


「あれ、アクアマリン学園の生徒じゃね?昼間っから一人で歩いてるわ」


「うわ、マジだ。お嬢様学校の子じゃん」


(ひぇ…!他校の不良さんだ!関わっちゃダメなやつ―!)


踵を返そうとした私を、彼らはニヤニヤとした下劣な笑みを浮かべながら、あっという間にぐるりと囲んでしまった。


「おいおい、そんなに急いでどこ行くんだよ?なあ、君のそのブレザーの胸についてるやつ。キラキラしてて、売ったらめちゃくちゃ高そうじゃん」


不良のリーダー格の男が指差したのは、私の胸元で鈍く輝く、プラチナランクの生徒だけに授与される純プラチナ製の立体的な紋章(勲章)だった。


アクアマリン学園のプラチナの意味を知らない他校生から見れば、ただの「高価そうなアクセサリー」にしか見えないのだろう。


「ねえ君、それ俺たちにくれない?そしたら乱暴なことはしないからさぁ」


男が手を伸ばし、私の胸元へ触れようとしてくる。


少し幼い顔立ちを恐怖に強張らせ、ふっくらした体を小さく縮こまらせながら、私はその手を必死に振り払った。


「こ、これだけは、絶対に渡せないんですぅ…!」


(だってこれ、うちの両親が国の一大事業に匹敵するレベルの大金を学園に叩き込んで、ようやくもぎ取ったプラチナの勲章なんだもん!奪われでもしたら、パパとママの血と汗と涙が無駄になっちゃう―!!)


私の必死な抵抗に、不良たちは「あ?ナメてんのかコラ」と一気に声を荒らげ、凄むように距離を詰めてきた。


甘い声で「ひぇ…!」と悲鳴をあげ、ぎゅっと目を瞑った…その瞬間。


路地裏の空気が、一瞬にして生命の存在を許さない絶対零度の戦場へと変貌した。


「へぇ?」


地獄の底から響くような、冷徹極まりない声。


驚いて目を開けると、そこには凄まじい怒りのオーラを放ちながら歩み寄ってくる、ユルリッシュとテオの姿があった。


用事を秒速で片付け、慌てて私を追いかけてきた二人は、今まさに私に触れようとしていた不良の手元を、猛獣のような眼光で射抜いていた。


「オレの至宝に、その汚らわしい手を伸ばしたな。…おい、ドブネズミども」


ユルリッシュが極上の瞳を恐ろしく細め、不良たちの前に立ちはだかる。


政治家を金の力で顎で使う成金一家の若き王は、ポケットからスマートフォンを取り出すと、どこかへ冷酷な声でダイヤルした。


「オレの権力をもって、貴様らの一族の戸籍、親の職、住処に至るまで、今この瞬間に日本社会から完全に抹殺してやる。地の果てまで這いつくばって絶望しろ」


「ユルリッシュの言う通りだね」


テオがにっこりと、しかし一切の光を失った瞳で不良たちを見つめ、私の前に一歩出た。


「百合がそんなに必死に守ろうとしているのは、僕たちと、百合を愛するご両親との絆の証であるプラチナの勲章だ。百合の誇りを奪おうとするなんて…本当に、万死に値するよ。僕たちのグループのIT網を使って、君たちのこれまでの悪事をすべて警察とネット上に拡散しておいたからね。明日から学校に行けると思わないことだ」


「ひっ…あ、ああ…っ!?」


不良たちは、二人の放つ圧倒的な「本物の強者のオーラ」と、スマホに次々と届く実家の破滅を告げる通知に、顔面を真っ青にさせてその場に崩れ落ちた。


(あれぇ…!?私が親の寄付金を心配して『渡せない』って言っただけなのに、なんでこの人たち、私の『誇りの勲章』って深読みして激怒してるの―!?あと不良さんたちの人生が一瞬で終わっちゃった気がするよぉ!)


「さあ、百合。もう大丈夫だよ。一人にしてごめんね、怖かっただろう?」


テオが私のふくよかな手を優しく包み込み、安心させるように手の甲にそっと唇を寄せた。


「怯える姿すら愛いが…二度とオレ達の前を勝手に歩くな。百合、お前はオレの腕の中で、一生守られていればよいのだ」


ユルリッシュが私の腰を大きな手でぐいっと引き寄せ、自分の胸元へと隙間なく抱きしめてハグしてくる。


「ひぇっ、あ、あの、二人ともありがとう…でもこれ、ただの寄付金の証だから…っ」


恥ずかしさと過保護すぎる二人の熱に、私の甘い上擦った声が路地裏に虚しく響く。


何も知らない周辺のアクアマリン学園の生徒たちが、遠巻きに「キャー!先行下校の百合様を襲った不良を、二人の王子が社会的・物理的に瞬殺されたわ!尊すぎる…!」と、やっぱりキラキラした崇拝の視線を送り続ける中、私は今日も「あれぇ?」と大混乱に陥るのだった。






不良たちを秒速で社会的に圧殺したあと、私はユルリッシュにお姫様抱っこされたまま、お迎えの超高級リムジンへと放り込まれた。


そのまま私の屋敷の、広すぎる私室へと連行され、私はキングサイズのベッドの真ん中にちょこんと座らされていた。


その私の前に、腕を組んだユルリッシュと、困ったように美しい眉をひそめたテオが立ちはだかっている。


「…よいか、百合。オレたちから離れて一人で歩くから、あのようなドブネズミどもに絡まれるのだ。オレ達が呼び出されたからといって、なぜ待たぬ?オレたちの邪魔になるなどと、誰がその小賢しい頭で考えてよいと言った」


ユルリッシュが極上の瞳を鋭く光らせ、低い声でお説教を始めた。大財閥の若き絶対君主たる彼の威圧感は凄まじい…はずなのだが。


(…あれぇ?お説教されてるはずなのに、ユルリッシュがさっきから私のために最高級の特製苺パフェをスプーンですくって、口元に運んできてくれてるんだけど…?)


「ほら、口を開けろ。糖分を補給して、さっきの恐怖を頭から叩き出せ」と言いながら、ユルリッシュはめちゃくちゃ優しい手つきでパフェを「あーん」してくれている。お説教のポーズを取りつつ、手元は完全に超過保護な過保護モードだ。


「そうだよ、百合。君は控えめに言っても、ちょっとおっとりさんに見えるからね。体育が苦手なせいで全体的にふっくらしているし、声もそんなに甘くて可愛いんだ。悪い奴らが『無防備で美味しそうなお嬢様がいる』って勘違いして近づいてくるのは、火を見るより明らかだよ」


テオが聖母のような微笑みを浮かべながら、私の隣に音もなく腰掛けた。


そして、私のふくよかな体を背後から包み込むように、優しくハグしてきた。ひんやりとした彼の綺麗な髪が私の首筋に触れて、緊張と恥ずかしさで私の口から「はうっ…」と甘い吐息が漏れてしまう。


「ひぇ…っ、テオ、ユルリッシュ、私もう怖がってないし、本当にただの擦り傷も何もないから大丈夫だよぉ!」


「黙れ。何が大丈夫なものか。お前が少しでも怯え、その甘い声を漏らしただけで、オレたちの心臓がどれほど激しく脈打ったか理解しているのか?罰として、今日はもうオレ達のそばから一歩も離れることは許さん。俺たちのそばにいろ。未来永劫、オレ達の財力と権力のすべてをもって守ってやる」


ユルリッシュがスプーンを置くと、ベッドに膝をついて私の正面から抱きついてきた。


右からはユルリッシュの熱く硬い胸板、後ろからはテオのしなやかな腕。


前世の最推し二人に隙間なくギチギチに密着され、私は完全に美味しいサンドイッチの具状態だ。


(違うんです二人とも!私がおっとりして見えるのは、中身が前世の限界社畜OLのままで、周りのハイレベルな金持ち空間についていけなくてフリーズしてるだけなんです!あと二人の顔が良すぎて、恐怖とは別の意味で心臓がバクバクして破裂しそうなんですぅ―!)


必死に顔を真っ赤にしてジタバタともがく私だったが、二人はお説教の形をとりながら、ただ私を甘やかし、独占したいだけなので一向に離してくれない。


すると、コンコン、と部屋の扉がノックされ、私のお母様がにこやかに顔を出した。


「あらあら、ユルリッシュくんにお金持ち学校の王子様テオくん。百合を叱ってくれてありがとうねぇ。この子は本当におっとりしていて目が離せないから、二人がそうやってガッチリ守って甘やかしてくれたら、親としては本当に将来が安泰だわ。今夜はうちにお泊まりしていってね?」


「クク、お気遣い痛み入る。百合の母上」


「うん、お言葉に甘えて、今夜は一晩中百合を見守らせてもらうよ」


(ママ―!なんでお説教を見て『叱ってくれてありがとう』になるの!?お泊まりの許可をそんなに軽率に出さないでぇー!)


前世の記憶を頼りに「邪魔をしないように」と気遣った行動が、なぜか「守ってあげなきゃいけない可愛いおっとりお姫様」として完璧に処理され、二人の過保護なお説教と、両親公認のお泊まりデートを確定させてしまった百合。


彼女の「あれぇ?」という心の悲鳴は、今夜も部屋中に満ちる二人の甘い独占欲の中に、優しくとろけていくのだった。










始まりは、ほんのささやかな日常の、私の『前世マインド』からくる善意の行動だった。


学園の敷地外で、少し困っている風の市井の人を見かけた私は、大財閥の令嬢という身分を忘れ、前世の一般人感覚のまま、そっと手を差し伸べたのだ。


その場に一緒にいたお相手の方は、私の差し出したささやかな手助けに、涙を浮かべて純粋に喜んでくれた。


その様子を横で見ていたユルリッシュとテオは、相変わらず私の行動をウルトラ美化しながらも、あきれたように微笑んでいたものだ。


「フッ、まったくお前という奴は。見ず知らずの有象無象にまで無条件で手を差し伸べるとはな。百合、お前のその底なしの優しさは、時にオレたちをも困惑させる悪癖とも呼べるぞ」


「本当にね。でも、そんな風に自分の身分を鼻にかけず、誰にでも等しく温かい光を分け与えてしまうところが、僕たちにとってはたまらなく愛おしいんだけどね」


二人に交互に頭を撫でられ、ふくよかな体をすっぽりと抱きしめられていたのが、つい昨日のこと。


…なのに、不条理な悪意というのは、本当にどこから湧いてくるか分からない。


翌朝。


きらびやかな私の私室で、ベッドに入ったままスマートフォンを開いた私は、そこに躍る最悪な文字の羅列に息を呑んだ。


ネット上の、とある地域情報系の掲示板やSNSで、昨日の私の行動を盗撮したらしい写真と共に、悪意に満ちたスレッドが立っていたのだ。


『悲報:私立アクアマリン学園の超絶お嬢様、一般人に安っぽい偽善行為。そのくせ世界を救ったかのようなドヤ顔をしていて草』


『ただの好感度稼ぎだろ。金持ちの道楽に付き合わされる一般人の身にもなれよな』


(や、やっちゃったぁ…!)


画面を見た瞬間、私の脳内は真っ白になった。


(違うの!私はただ前世の感覚で、普通に困ってる人を助けただけなのに!ネットに晒されて、大ごとになっちゃってる!?どうしよう、もしこれのせいで、パパやママの大財閥の事業に悪い影響が出たら…私のせいで、お家が傾いたりしたらどうしよう…っ!)


前世の限界社畜OLゆえに、「自分のミスで会社(実家)に損害が出るかもしれない」という恐怖が怒涛の勢いで押し寄せてくる。


見た目は少し幼い顔立ちの、ふっくらした可愛いお嬢様。


しかし中身はビビりな凡人だ。


最悪の事態を想像してしまい、恐怖と申し訳なさで、私の目からはポロポロと大粒の涙が溢れ出して止まらなくなってしまった。


「うぅ…っ、ひぇ…っ、パパ、ママ、ごめんなさい…っ」


膝を抱えてシクシクと泣きじゃくり、甘い上擦った声で震えていた、その時だった。


激しい音を立てて、私の部屋の豪奢な扉が文字通り『押し破られる』ようにして開いた。


驚いて涙で濡れた目を向けると、そこには寝間着のまま、恐ろしいほどの怒気を孕んだオーラを纏ったユルリッシュとテオが立っていた。


「…百合!」


「やっぱり泣いてた…!かわいそうに、こんなに体を震わせて…っ!」


二人はお迎えのリムジンを待つ暇すら惜しかったのか、お互いのご近所すぎるお屋敷から直接、私の部屋へと文字通り全力で乗り込んできたのだ。


「ひゃっ…!?ユルリッシュ、テオ…なんでここに…っ」


「黙れ!オレ達の耳に、あの下劣なバカどもの妄言が届かぬとでも思ったか!」


ユルリッシュが凄まじい速度でベッドに飛び込んできて、私のふくよかな体を大きな腕でがっしりと抱きすくめた。


彼の硬い胸板から、激しい怒りでドクドクと脈打つ鼓動が伝わってくる。


ユルリッシュは私の涙を親指で優しく、しかし独占欲を剥き出しにしながら拭い去ると、極上の瞳を爛々と輝かせた。


「よいか、百合!こんな有象無象の、顔も名前も出せぬドブネズミどもの言葉に、一ミリたりとも心を動かすな!お前が施した善意は、オレたちが認めた絶対の正義だ!それを偽善などとほざくクズなど、オレの財力と権力のすべてをもって、今この瞬間にネットの海ごと消滅させてくれるわ!」


「ユルリッシュの言う通りだよ、百合。泣かないで、僕たちの愛しいお姫様」


テオが私の背中に回り込み、包み込むように後ろから抱きしめてハグしてきた。


彼の美しい髪が私の首筋を優しく撫で、冷たいはずの彼の指先が、怒りでほんのりと熱を帯びているのが分かる。


「百合の清らかな心を傷つけるなんて、絶対に許さない。僕たちのITグループの総力をあげて、さっきあの悪質な書き込みをしたアカウントの個人情報を全て特定したよ。今から彼らの人生に、二度と這い上がれないほどの『お仕置き』を執行するからね。明日には全員、社会的に跡形もなく消えているよ」


(あれぇ…!?)


左右から、前世の最推し二人による「物理的な超至近距離ハグ」と「国家転覆レベルの過激な守護」を同時に喰らい、私の涙は一瞬で引っ込んだ。


(わ、私の実家の心配どころか、ネットに悪口を書いた不特定多数の人たちの人生が、今この瞬間に秒速で終わりを迎えてる―!?)


「あ、あのね二人とも!私、実家の事業に迷惑がかかったらどうしようって思って泣いてただけで、ネットの言葉に傷ついたわけじゃ…」


焦った私が、少しふっくらした体を揺らしながら、上擦った甘い声で弁明しようとする。


しかしユルリッシュは、私の言葉を遮るように、さらにぎゅっと抱きしめる力を強めた。


「ふん、実家の事業など、オレのグループの資産だけでいくらでも買い支えてやるわ!お前はただ、オレ達の庇護下で、何も心配せずに笑っていればよいのだ。…おいテオ、今日はこのまま、百合の部屋で三人で引きこもるぞ。オレの至宝の涙が完全に乾くまで、一歩も外には出さん!」


「うん、それがいいね、ユルリッシュ。百合、怖かったね。今日は僕たちがずっと、君のそばでお歌を歌ったり、美味しいケーキを食べさせてあげるからね」


「ひぇっ、あ、あの、今日はお休みだし、普通にリビングでテレビとか見たいですぅ!」


私の部屋の外では、ドタバタと駆けつけてきた私のお母様が、部屋の中の凄まじい過保護っぷりをチラッと覗き見して、


「あらあら、ユルリッシュくんもテオくんも、百合のためにあんなに怒って守ってくれるなんて…。本当に、うちの百合の将来は安泰ねぇ」


と、やっぱり生温かい微笑みを浮かべて、そっと扉を閉めていくのだった。


己の凡人ゆえのビビり泣きが、二人の限界突破した独占欲と過保護マインドを刺激し、結果としてネット上の悪意を一晩で完全消滅させてしまった百合。


彼女の「あれぇ?」という心の悲鳴は、今日も過激すぎる幼馴染たちの激甘な抱擁の中に、優しくとろけていくのだった。






ネットの悪意を秒速で更地(社会的抹殺)にしたユルリッシュとテオは、宣言通り、その日一日を私の部屋でおこもりする計画へと強制移行した。


私のキングサイズベッドの真ん中、私は二人の「よしよし」の嵐に晒されていた。


「まだ怯えが抜けておらんようだな。ほれ、オレが直々にすくってやった最高級メゾンの特製トリュフショコラだ。口を開けよ、あーん」


「ユルリッシュばかりずるいよ。百合、こっちの最高級ピスタチオのマカロンも美味しいよ。僕が食べさせてあげるからね、あーん」


左右から、国宝級の美貌が交互に迫ってくる。


少し上擦った甘い声で「も、もうお腹いっぱいですぅ…!」とパタパタ手を振る私を、二人は完全に『手のかかる可愛い生き物』としてホールドして離さない。


「はうっ…、だから密着が近すぎますってば!」


体育が苦手で少しふっくらした私の体を、二人は抱き枕のように交互にぎゅっとハグしてくる。


ふくよかな体が二人の硬い胸板に押し潰されるたび、甘い吐息が漏れてしまい、そのたびに二人の瞳が、独占欲でギラリと熱を帯びるのだ。


お説教混じりに「二度とオレ達の目を盗んで泣くな」と耳元で囁かれ続け、前世の最推し二人の致死量の甘やかしに、私の心臓は夜まで休まる暇がなかった。









そして迎えた月曜日。


私立アクアマリン学園に登校した私は、廊下を歩いた瞬間に、いつも以上の強烈な熱視線と、全校生徒がサッとモーセの十戒のように道をあける光景に出くわした。


ゴールドやシルバーの生徒たちが、胸の前で両手を組み、畏怖と崇拝の入り混じった目で私を拝んでいる。


「皆様、御覧になって…あの方が、ネットの有象無象を一晩で社会的に処刑なされた、アクアマリン学園の至高の姫、百合様よ…!」


「ええ、噂によると、百合様をネットで中傷した愚か者どもの勤務先や実家が、文字通り『一晩で跡形もなく消え去った』らしいわ…。プラチナの逆鱗に触れるとは、なんと身の程知らずな奴らかしら…!」


(違う、違うんですみんな!私はベッドの上でマカロンあーんされて『はうぅ』って言ってただけで、社会的な処刑のボタンを押したのは私の斜め後ろを歩いてるこの二人なんですぅー!)


「フッ、当然の報いだ。オレの至宝に泥を投げようとしたのだ、五体満足でいられると思うなよ」


「うん、みんなも気をつけてね。百合を悲しませる者は、世界のどこにいても僕たちが逃がさないから」


私の左右で、ユルリッシュが尊大にフハハと笑い、テオが聖母の微笑みで物騒な釘を刺す。


何をやっても学園の裏の支配者として祀り上げられていく現実に、私はただただ、遠い目をして引きつった笑みを浮かべるしかなかった。











「あのね!二人とも、土曜日はその…助けてくれて、ありがとう。だから、今度の日曜日、私の家で二人のために、ちょっと難易度高めの焼き菓子…マカロンとか、カヌレとか、作ってあげようと思って…!」


放課後のプラチナラウンジ。


いつも守られてばかりの申し訳なさから、私は意を決して、お礼のプライベートデートを提案した。


その瞬間だった。


「…は?」


「…え?」


ユルリッシュとテオの動きが、完全にピタリと停止した。


二人の端正な顔が、見たこともないほどの衝撃で一瞬にしてフリーズする。


「ゆ、百合が…オレのために、そのふくよかで愛らしい手を粉まみれにして…菓子を、焼く…?オレへの、愛の告白か…?」


ユルリッシュが珍しく耳まで真っ赤に染め上げ、極上の瞳を激しく動揺させて片手で顔を覆った。


「百合の手作りのカヌレ…。僕のために、そんな難易度の高い難しいお菓子作りに挑戦してくれるんだね…。ああ、どうしよう、嬉しすぎて、今すぐその可愛い体を抱き潰して、日曜日まで僕の部屋のベッドに閉じ込めておきたくなっちゃったな…!」


テオも顔を上気させ、熱い吐息を漏らしながら、私のふくよかな手を狂おしいほどの力でぎゅっと握りしめてくる。


「ひぇっ!?二人とも、顔がめちゃくちゃ赤くて怖いよ!?ただのお礼の焼き菓子だからねぇ!?」


私の甘い上擦った悲鳴がラウンジに響く中、遠巻きに見ていたクラスメイトたちは、「キャー!百合様の手作りお菓子宣言で、あの最強の王子様二人が完全にノックアウトされてるわ…!今日も尊さのビッグバンが起きてる!」と、さらに熱い視線を送り続けるのだった。


前世の記憶を頼りに、ただ「お礼をしたい」と行動しただけなのに、二人の心臓を物理的に止めかけ、溺愛と独占欲をさらなる次元へと限界突破させてしまう百合。


彼女の「あれぇ?」という内心の悲鳴は、日曜日への期待で目をギラつかせる過保護な幼馴染たちの愛の包囲網の中に、優しく包まれていくのだった。











私立アクアマリン学園の高等部最大のイベント、修学旅行。


格付け主義のこの学園、班決めも当然のように寄付金額が考慮され、私は有無を言わさずユルリッシュ、テオと同じ最高位の『プラチナ班』へとねじ込まれていた。


しかし、今回の方針はいつもと違った。


「社会経験のため、修学旅行の移動はルールに則り、いつものお迎えの車は禁止。一般の皆様と同じように、駅から新幹線・電車を乗り継いで向かいましょう」という、学園長の謎の庶民派アイデアが採用されたのだ。


そうして迎えた当日。大勢の生徒や一般の乗客でごった返す駅のホーム。


私はゴールドやシルバーのクラスメイトたちに遠巻きに拝まれつつ、二人に挟まれて大人しく列に並んでいた。


(うぅ、久しぶりの満員電車の空気、前世の限界社畜OL時代を思い出して胃が痛い…。早く新幹線に乗り換えたいな…)


そんなことを考えながら、ホームの白線の内側で待機していた、まさにその時。


激しい風を巻き起こしながら、ホームに快速電車が滑り込んできた。


その進入のタイミングと完全に同時に、私の背中に、明確な悪意を持った何者かの手が「トン」と触れ、強く押し出された。


「え」


視界がぐにゃりと歪み、目の前には迫り来る電車の鉄塊と、バラストの敷かれた線路。


前世の記憶と今世の運動音痴が災いし、受身も取れず、一瞬で頭の中が「あ、終わった」という絶望で支配された…その刹那。


「…っ、百合!」


「しまった…!」


鼓膜を破らんばかりの、ユルリッシュとテオの絶叫。

次の瞬間、私の両腕に、肉がちぎれんばかりの凄まじい質量と力が加わった。


すごい風圧と共に、私は線路へ落ちる寸前で、左右から二人の強靭な腕によってホームへと猛烈な力で引き戻された。


そのまま勢いよく、二人の硬い胸板の間へと叩きつけられるように抱きすくめられる。


電車の急ブレーキの金属音が不快に響き渡り、駅のホームは一瞬にして静まり返った後、爆発したような阿鼻叫喚に包まれた。


「キャーッ!百合様っ!百合様がっ!」


「誰よ!?今プラチナの姫を押したバカはどこのどいつよぉーっ!」


「学園長に連絡を!修学旅行は即刻中止よ!医療班、救急車!」


アクアマリン学園の生徒たちがパニックで狂い叫び、一般の乗客も何事かとざわつき、駅員たちが血相を変えて無線を叫びながらダッシュしてくる。


「ひ、ひぇ…っ、あ、う、あぁ…っ」


あまりの恐怖と、一歩間違えれば死んでいたという衝撃。そして周囲の異常な大騒ぎに、中身がただのビビり一般人である私は、完全にキャパシティをオーバーしてしまった。


ユルリッシュとテオの制服をぎゅっと掴んだまま、涙が止めどなく溢れ出し、子供のようにガチ泣きし始めてしまった。


「うわあぁぁん…っ、怖かったぁぁ…っ、ユルリッシュ、テオ…っ!!」


私のその世の終わりかのような泣き声を聞いた瞬間。

私を左右からギチギチに抱きしめている二人の肉体から、周囲の人間がバタバタと失神しかねないほどの、本物の『殺気』が膨れ上がった。


「…ほぉ?オレたちの目の前で、オレの至宝の命を奪おうとしたか、ゴミ風情が」


ユルリッシュの声は、低く、低く、地鳴りのように響いた。


極上の瞳は完全に獣のそれへと変わり、怒りのあまり全身が小刻みに震えている。


彼はすぐにスマホを耳に当て、冷酷な声で命じた。


「オレの一家の全財産、および全権力をもって、この駅の防犯カメラ、周辺の通信ログを秒速で解析しろ。百合を押したクズの親族、交友関係、一族郎党の資産を今すぐ全て凍結し、この世の地獄へ叩き落とす。…駅員だと?どいていろ、オレの至宝が恐怖に泣いているのだ、この駅ごと買い取って今すぐ更地にしてくれるわ!」


「ユルリッシュ、僕も手伝うよ。百合をこんなに泣かせるなんて、絶対に生かしておけない」


テオもまた、完全に光を失った瞳で、背後の群衆を睨みつけていた。


私の背中に回された彼の腕は、骨がきしむほどの庇護欲で私をホールドしている。


「僕たちのIT網で、犯人の顔はもう特定した。…ねえ、百合怖かったね。もう大丈夫だよ。君を脅かす悪い虫は、僕たちが一匹残らずこの世界から消去してあげるからね…っ」


「うう、うぁぁん…っ、う、家にかえるぅ…っ!」


上擦った甘い声で泣きじゃくる私を、二人は「ああ、可哀想に」「すぐにお家に帰ろうね」と、今度は壊れ物を扱うような手つきでお姫様抱っこし、駅員の手を振り切って、手配された数十台の黒塗りの車へと乗り込んでいくのだった。


(あれぇ…!?私のせいで本当に修学旅行が初手の駅ホームで即中止になっちゃったし、悪意の犯人だけじゃなくて駅そのものが二人の怒りで消滅しかけてる気がするよぉー!)


前世の記憶があっても防げなかった不測の事態。


しかし、何をやっても二人の過激すぎる溺愛と学園中の崇拝を限界突破させてしまう百合は、二人の胸に顔を埋めてワンワン泣きながら、大混乱のままお屋敷へと連れ戻されるのだった。












あの忌まわしい駅ホームでの事件からわずか数時間後。


大財閥である我が家の私室で、ユルリッシュとテオに左右から抱き枕のようにガッシリと抱きしめられ、ようやく涙が止まった私の元に、驚愕の知らせが届いた。


犯人は、日頃から学園で「プラチナの姫」として全校生徒から崇拝されている私に、激しい嫉妬を募らせていた他校の女子生徒、および彼女に加担した学園のシルバーランクの男子生徒だと判明したのだ。


「フン、身の程を知らぬ羽虫どもが。オレの至宝の命を脅かしておいて、無傷でいられるとでも思ったか」


ユルリッシュが極上の瞳を冷酷に細め、スマホを操作する。


今世の彼の成金パワー、そして政治家ともズブズブの権力は伊達ではないユルリッシュの一言で、犯人の親が経営していた中堅企業への融資は一瞬で全額引き揚げられ、取引先は一斉に手を引いた。


さらに、不渡りを出した実家の全財産は、ユルリッシュの息のかかった機関によって瞬く間に合法的に没収・差し押さえられた。


「うん、僕たちのITグループのネットワークを使って、彼らが過去に行ってきた恐喝やいじめの証拠もすべて警察と教育委員会に提出しておいたよ。もちろん、実名と顔写真付きでね」


テオが聖母のような微笑みを浮かべながら、私のふくよかな手を優しく包み込む。


しかし、その瞳の奥は完全に絶対零度だ。


犯人たちとその家族は、一晩にして全財産を失い、巨額の賠償金を背負って日本社会から完全に一瞬で破滅させられた。


(あ、あれぇ…!?私がちょっと「怖かったぁ」って泣いちゃっただけで、二つの家庭が文字通り跡形もなく灰になってる気がするよぉー!!)









それから数日後。


すっかり落ち着いた私を喜ばせようと、ユルリッシュがフハハと傲然に高笑いしながら、私の前に一枚の「特製ゴールドチケット」を差し出してきた。


「百合、あのゴミどものせいで修学旅行が台無しになったままで終わると思うなよ?オレの財力のすべてをもって、最高峰の旅行をやり直してやる。…行くぞ」


用意されていたのは、一般人が一生かかっても乗れないような超豪華プライベートジェットと、地中海を丸ごと貸し切ったかのような巨大クルーズ客船だった。


「ちょっと二人とも!三人だけで修学旅行って、規模が大きすぎて豪華客船とかプライベートジェットとか意味がわからないよぉ!!」


焦って少し上擦った甘い声をあげる私を、二人は完全に無視して極上のおもてなし(溺愛)を始める。


機内や船内では、体育が苦手で少しふっくらした私の体を、二人がかりで「よしよし」とソファーの上でハグしながら、最高級の南国フルーツやスイーツを「あーん」して食べさせてくれる。


「ほら、お前はオレの腕の中で、ただ世界で最も美しい景色を眺めていればよいのだ」


「うん、誰にも邪魔されない、三人だけの特別な修学旅行だね。百合、楽しいかい?」


(ひぇぇ…前世の最推し二人に左右から挟まれて地中海クルーズとか、心臓のキャパシティが足りなくて旅行どころじゃないよぉー!)










そして一週間の秘密の「プライベート修学旅行」を終え、私たちがアクアマリン学園へと登校した月曜日。


廊下を歩く私を待っていたのは、ゴールドやシルバーのクラスメイトたちの、涙ぐんだ感動の嵐だった。


「百合様…!ご無事で、本当に何よりでございます…!」


「駅での事件を聞いた時は生きた心地がしませんでしたが…まさかユルリッシュ様とテオ様が、百合様のためだけにプライベートジェットと豪華客船を貸し切って、三人だけの修学旅行をプロデュースされるなんて…!」


「ああ、なんてエモいの…!王子様お二人が、傷ついたお姫様を完全に隔離して世界一甘やかしたっていうのね…!あの幼馴染三人組、やっぱり尊すぎて神話だわ、一生推せるー!!!」


(違う、みんな目を覚まして!エモいんじゃなくて、ただの過保護の暴走で、私は一週間ずっと左右からギチギチにハグされて身動きが取れなかっただけなんですぅー!)


私の背後では、ユルリッシュが「当然だ、オレの至宝に相応しい旅路などオレ達にしか用意できん」とフハハと笑い、テオが「百合が喜んでくれて僕たちも嬉しいよ」と満足げに私の手を握りしめている。


前世の記憶のおかげでどんな不条理な災難に遭っても、最終的には二人の狂おしいほどの独占欲を加速させ、学園の最高尊厳として祀り上げられてしまう百合。


彼女の「あれぇ?」という内心の悲鳴は、今日も全校生徒の熱狂的なオタ活の歓声と、二人の過激すぎる愛の腕の中に、優しくとろけていくのだった。











私立アクアマリン学園では、一般的な『文化祭』の代わりに、格調高い『ダンスパーティー』が開催される。


会場となる学園の大講堂は、まるでヨーロッパの宮殿のようなシャンデリアが輝き、一流のオーケストラが生演奏を奏でる、まさに「本物のお金持ち学校」の地をいく空間だ。


カーストの上位から下位まで、ゴールドやシルバーの令嬢たちはそれぞれ、親のエスコートを受けたり、他校に通う優秀な兄弟や、家が決めた婚約者のエスコートを受けて優雅に入場してくる。


そんな絢爛豪華な会場の扉が大きく開いた瞬間、割れんばかりの、悲鳴に近い黄色い歓声が響き渡った。


「キャーッ!プラチナ組の御入場よーっ!」


「やっぱり、あの極上のお二人には、百合様しかお似合いにならないわ…っ!」


会場の視線を一身に集めながら、私はガチガチに緊張して大理石の床を踏み締めていた。


私の左右には、当然のように私の両手をエスコートするユルリッシュとテオが並んでいる。


今日の私は、二人の過激なプロデュースによって選ばれた、最高級シルクの気品溢れるドレス姿だ。


少し幼い顔立ちに合わせた可憐なデザインだが、体育が苦手で少しふっくらした私の体型、そして無駄にふくよかな胸元を絶妙に引き立てる仕立てになっている。


歩くたびにドレスの裾が揺れ、緊張で「はう…」と小さく甘い吐息が漏れてしまう。


「ふん、当然だな。オレの至宝を飾るに相応しい衣をオレが直々に選んでやったのだ。どこの誰かが連れてきた有象無象の男どもなど、視界に入る価値すらないわ」


髪を完璧にセットし、最高級のタキシードを纏ったユルリッシュが、誇らしげに極上の瞳を細めて私を引き寄せる。


「本当に綺麗なドレスだね、百合。君のふっくらとした優しい体のラインにぴったりだ。あまりに美しすぎて、会場の男たち全員の目を今すぐ潰してしまいたくなるよ」


上品な夜会風に髪をセットしたテオが、聖母のような慈愛の微笑みを浮かべながら、私の腰にそっと手を回して過保護にホールドした。


周囲の生徒たちは、私たちの登場に完全にノックアウトされていた。


「百合様のドレス姿、本当にお綺麗だわ…。おっとりとした気品が溢れていらっしゃる…」


「ちょっと男子!百合様に見惚れてんじゃないわよ!ユルリッシュ様とテオ様に一族ごと社会的に潰されるわよ!」


「ひっ…!視線を逸らせ、目を合わせるな…!」


他校からエスコートとして来ていた見目麗しい御曹司たちが、二人の放つ『本物の王の殺気』に怯えて一斉にサーッと青ざめて目を逸らしていく。


(ひぇ…っ!違うの、みんな!私はただ、前世の限界社畜OL時代に取引先の創立記念パーティーに強制サボり防止で出席させられた時と同じくらい、場違い感でガチガチになってるだけなの!男子たちを脅さないであげてぇー!)


私が内心で涙目になっていると、ダンスの始まりを告げるワルツのイントロが流れ始めた。


「さあ、百合。最初のダンスはオレがリードしてやる。光栄に思うが良い」


「ずるいよ、ユルリッシュ。後半は僕が百合を独占するからね。誰の手にも触れさせないよ」


左右から極上のイケメン二人に完全に包囲され、私の小さな手は彼らの大きな手に交互に握りしめられる。


ステップを踏むたびに、ふくよかな体が二人の鍛え上げられた肉体にぴったりと密着し、前世の推し二人の香水の香りに脳がとろけそうになる。


「ひぇっ、あの、ステップ間違えたらごめんなさい…っ!」


焦って上擦った私の甘い声を聞いて、二人は愛おしさが限界突破したように、さらにぎゅっと私を抱きしめる腕に力を込めるのだった。


「キャーッ!尊い!お二人交互のダンスエスコートなんて神話の1ページだわ!一生推せる、百合様万歳ーっ!!」


前世の記憶があってもこの異常な溺愛空間からは逃れられず、何をやっても二人の独占欲を加速させ、学園の絶対お姫様として崇め奉られてしまう百合。


彼女の「あれぇ?」という心の悲鳴は、オーケストラの美しい旋律と、全校生徒の熱狂的な歓声の中に、今夜も優しくとろけていくのだった。











絢爛豪華なダンスパーティーが幕を閉じ、私の大財閥の屋敷へと帰宅した後の夜。


ドレスを脱ぎ、いつものお気に入りのパジャマに着替えてベッドに潜り込んだ私の元へ、当然のような顔をして、私服に着替えたユルリッシュとテオがやってきた。


私の両親が、あちらの親御さんたちと「今日のパーティーの百合ちゃん、本当に可愛かったわねぇ」「うちの息子たちのエスコートも完璧でしたな、ハハハ」と、一階のサロンで高級ワインを空けて盛り上がっているのをいいことに、二人は当たり前のように私のキングサイズベッドへと潜り込んできたのだ。


「百合、今日のドレス姿は本当に綺麗だったぞ。オレの至宝に相応しい、極上の輝きであった」


右側から、ユルリッシュの低く鼓膜を震わせる声が響く。


彼は大きな腕を私の腰に回すと、ふくよかな私の体をぐいっと自分の胸板へと引き寄せ、がっしりとハグした。


彼の体から香る、パーティーの時とは違う、少しリラックスした上質なウッディ系の香水の香りが鼻腔をくすぐる。


「本当にね。会場の男たちがみんな君に見惚れていて、ボディーガードたちに全員の身元を調べさせて社会的に排除しようかと思ったくらいだよ。明日は学園も休みだ。今夜は眠るまで、今日の君の愛らしさについて、三人でじっくり語らうとしよう」


左側からは、テオの鈴を転がすような美しい声。


彼は私の小さな手を両手で優しく包み込み、手の甲にそっと熱い唇を寄せた。


彼の綺麗な髪が私の鎖骨のあたりにサラリと触れて、緊張で私の口から「はうっ…」と甘い吐息が漏れてしまう。


(ひ、ひぇ…お説教の時もそうだったけど、お泊まり添い寝が完全にルーティン化してきてるよぉ…!)


いつもなら、中身が前世の限界社畜OLである私は、(推し二人に左右から挟まれて同じベッドで寝るとか、どんな前世の徳を積んだらこうなるの!?心臓が持たないから離れてぇ!)と内心でパニックになるところだった。


だが、今夜は少しだけ、私の脳の様子が違っていた。


パーティー会場で浴びた、一流オーケストラの華やかなワルツの旋律。


最高級のノンアルコールドリンクの、ふんわりとした雰囲気。


そして何より、タキシード姿で世界中の誰よりも格好良く私をエステートしてくれた、前世からの最推し二人の、息を呑むほど美しい顔の残像。


(…あ、あれぇ…?なんだか私、すっごく、頭がクラクラする…)


おっとりとした幼い顔立ちを真っ赤に染めながら、私は二人の胸元の熱と、至近距離で見つめてくる極上の瞳の光に、完全に圧倒されていた。


これはドリンクのせいじゃない。


完全に、目の前にいる『ユルリッシュとテオ』という概念そのものに、身も心もとろけそうに酔っ払ってしまっているのだ。


「どうした、百合。顔が妙に赤いな。まだパーティーの熱が冷めぬか?…それとも、オレたちの熱に当てられたか?」


ユルリッシュが私の様子に気づき、極上の瞳を細めて、私の額に自分の額をコツンと合わせた。至近距離すぎる。美の暴力だ。


「ふふ、百合は本当にお耳まで真っ赤だね。可愛いなぁ。ほら、そんなにクラクラするなら、僕の腕の中にもっとおいでよ。朝までずっと、優しく撫でてあげるからね」


テオも顔を上気させ、愛おしさが限界突破したような熱い吐息を漏らしながら、後ろから私のふくよかな体を包み込む腕の力をさらに強めた。


「ひぇっ…あ、あの、二人とも、本当に、格好良くて…綺麗、だったから…っ」


限界を迎えた私は、恥ずかしさのあまり上擦った甘い声で、本音をポロリと漏らしてしまった。


前世のオタクマインドと今世のおっとりマインドが混ざり合い、熱に浮かされたように二人の胸元に顔を埋める。


その瞬間、私の左右にいる最強の二人の呼吸が、同時に「っ…!」と止まった。


「…百合、お前、今…オレ達を格好良いと言ったな?クク、フハハハ!己からそのような甘い言葉でオレ達の理性を揺さぶるとは、どこまで愛い奴なのだ…!」


「ああ、もうダメだ…。百合が可愛すぎて、本当にこのまま食べちゃいたいくらいだよ。ユルリッシュ、明日の休みは一日中、百合をベッドから出さないようにしようね」


「言わずもがな。オレの至宝がオレ達に酔うておるのだ、片時も離す道理はないわ!」


(あれぇ…!?私がちょっと素直に褒めただけなのに、二人の独占欲と過保護マインドが過去最高にバグって、お泊まりの甘やかしが超絶強化されちゃった気がするよぉー!!)


部屋の外では、ワインを飲み終えた私のお母様が、部屋から漏れ聞こえる二人の嬉しそうな声を聞いて、

「あらあら、今夜も三人でとっても仲良くお話ししてるわねぇ。本当に、うちの百合の将来は安泰ね」

と、やっぱり生温かく優しい微笑みを浮かべて、屋敷の静寂の中に消えていくのだった。


前世の推しへの愛が裏目に出て、ただ本音を溢しただけで二人の理性を限界突破させ、一日中ベッドの中で甘々にお仕置きハグされる休日を確定させてしまった百合。


彼女の「あれぇ?」という内心の悲鳴は、今夜も私を包み込む二人の甘い香りと、熱い腕の中に、深く、深く、とろけていくのだった。











昨夜のダンスパーティーの熱、そして何より二人の美貌(美の暴力)に完全に酔い潰され、左右からがっしりと抱き枕のようにハグされたまま眠りについた、激甘なお泊まりの夜。


心地よい朝の光が、私の広すぎる私室に差し込んできた。


鳥のさえずりを聞きながら、私はゆっくりと目を覚ます。


(…ふわぁ、よく寝たぁ。あれぇ?でも、なんか左右からもの凄く心地よい暖かさと、上質な香水の香りに包まれて身動きが取れないような…?)


寝ぼけ眼をこすりながら、視線を右へ、そして左へと動かした瞬間、私の心臓が「ドクン!」と大きな音を立てて跳ね上がった。


右側には、乱れた髪すら完璧にセクシーで、少年のような無防備な寝顔を見せているユルリッシュ。


左側には、髪をベッドに散らし、妖精のように儚く美しい顔で微笑みながら私を見つめているテオ。


前世で人生のすべてを賭けて愛し、狂おしいほど課金して推していた画面の向こうの二人が、今、生身の肉体となって私の布団の中にいるのだ。


まだ寝起きで脳のフィルターがガバガバだった私は、前世の限界オタクマインドをそのまま口から滑らせてしまった。


「…はう、朝から、推し二人が目の前に…尊い…」


それは、ただの限界オタクの魂の呟きだった。


しかし、その小さな呟きを聞き逃すような二人ではなかった。


「おや、百合。今、僕たちのことを『推し』って言ったかい?」


テオの瞳が、朝露のようにキラリと輝いた。彼は私のふくよかな手をぎゅっと握りしめ、顔を上気させて至近距離で覗き込んできた。


「その言葉の意味…僕は知っているよ。確か、人生を捧げたいほどに、狂おしいほど『好き』で『愛している』対象に向ける言葉だったよね?」


「な、何だと!?」


ガタッとベッドを揺らし、ユルリッシュが跳ね起きた。


極上の瞳を大きく見開き、信じられないほどの歓喜と独占欲を爆発させて、正面から私の腰を大きな手でぐいっと引き寄せる。


「おい、百合!今の言葉は真実か!?オレ達のことを、それほどまでに深く激しく愛していると、ついにその可愛い口から白状したのだな!?」


「ひ、ひぇ…っ!?違うの、違うんです二人とも!オタクの『推し』と、リアル恋愛の『好き』は、ニュアンスがちょっと違くて、いやあの、ただのファン心理っていうか―!」


恥ずかしさで顔面を真っ赤にさせながら、私は少し上擦った甘い声で必死に言い訳をしようとした。


しかし、完璧に「最愛の告白」として受け取った二人の過保護&溺愛マインドは、すでに暴走していた。


「ふふ、言い訳なんてさせないよ、百合。これで正式に、君は僕たちの恋人だね。もう世界のどこを探しても、君を僕たちの腕から引き離せる理由なんて存在しないよ」


テオが私のふくよかな体に顔を埋めるようにして、耳元で甘く、蕩けるような声で囁く。


「クク…ハハハ、フハハハハ!ユルリッシュとテオ、当代最高峰の男二人を同時に求め、同時に恋人にせんと欲するとは!どこまで貪欲で、どこまで強欲で、どこまでオレたち好みの愛い女なのだ!よいだろう、お前のその果てなき強欲、オレ達の生涯のすべてをもって満たしてやるわ!」


ユルリッシュが私の顔を両手で挟み込み、熱い吐息を吹きかけながら、狂おしいほどの悦びを浮かべてフハハと高笑いした。


「あ、あれぇ…!?私のオタクの呟きが、なんで二人同時の恋人決定になっちゃってるのぉー!」


今更「推し」の定義を撤回することなんて、この絶対王政の二人を前にできるはずがなかった。


コンコン、と部屋の扉が優しくノックされ、私のお母様が満面の笑みで朝食のトレイを持って顔を出した。


「あらあら、朝から三人でお布団の中で抱き合っちゃって、本当に仲良しねぇ。百合、ユルリッシュくんとテオくんの二人と正式にお付き合いすることにしたの?なら、うちの大財閥とあちらの成金一家の婚姻結託ね!親としては本当に、これ以上ないくらい将来が安泰だわぁ、フフフ」


「ママまで結婚前提の話にしないでぇー!」


前世の記憶のおかげで、何をやっても二人の特大の愛を加速させ、ついにオタクの呟き一つで「最推し二人の公式恋人」という、全宇宙のオタクが嫉妬で狂うほどの幸せな座に就いてしまった百合。


彼女の「あれぇ?」という内心の悲鳴は、


「さあ、僕たちの可愛い恋人、朝のハグの時間だよ」


「オレの至宝よ、一生オレの腕の中で溺れていろ」


過激すぎる二人の極上のキスと熱い抱擁の中に、今度こそ永遠に、甘く、深く、とろけていくのだった。


(ひぇ、もう一生、二人の隣から逃げられないお姫様になっちゃったよぉ、でも…やっぱり二人が大好き!)

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― 新着の感想 ―
ひ、ヒドい…………。 このお話の中だけで一体何人の人間が破滅したんだろうか。 関連企業とかもあるから百人千人単位で大変な事になっていそうだ。ヤバい(-ω-;) もう、彼女に自由はない。 一見ありそうで…
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