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第一話

夜風がうなりを上げる中、二つの影が虚空で睨み合っていた。


舞台は都市の中央にそびえ立つ、五十階を超える摩天楼——国連軍部本部ビルの屋上。さらにその十数メートル上空という、常人には不可侵の領域に二人の青年は浮かんでいた。


一人は、赤い髪を風に逆立てた青年、ばく。着古したフライトジャケットにカーゴパンツという出で立ちは、彼が歩んできた泥臭い戦いの日々を物語っている。 対するは、青い髪を几帳面に撫でつけた青年、アイスマン。青を基調とした隙のない軍服に身を包む彼の瞳は、その名に違わず絶対零度の冷気を宿していた。


「アイスマン! もう超能力者の迫害はやめるんだ!」


爆の悲痛な叫びが、夜の闇を引き裂いた。しかし、アイスマンの表情に揺らぎはない。


「爆。いつまで、そんな革命ごっこを続けるつもりだ」


何年も、幾度となくぶつけ合ってきた平行線の主張。言葉で相手を変えられないことなど、互いにとうの昔に理解している。それでも、叫ばずにはいられなかった。


しばしの沈黙が降りた。街の喧騒すら届かない絶対の静寂。 やがて、爆が静かに口を開いた。


「この話し合いも、今日で最後だ」


言葉と同時に、爆の背後で空間が歪む。爆発的な熱量と共に顕現したのは、天を焦がす炎の竜だった。周囲の空気が瞬時に干上がり、赤い光が夜空を赤く染め上げる。


「……話し合いなんて、一度でもあったか」


アイスマンの声は、どこまでも平坦だった。彼の背後に、冷気を纏った巨大な氷の女神が姿を現す。女神が吐息を漏らすたび、空間が凍りつき、氷の結晶が舞い散る。


一瞬の沈黙。 次の瞬間、竜と女神が激突した。


熱と冷気、相反する絶対的なエネルギーのぶつかり合い。一瞬にも、永遠にも感じられるほどのすさまじい閃光と轟音が世界を飲み込む。 そして、大気を震わせる巨大な爆発が起きた。


もうもうと立ち込める水蒸気が晴れた後、ビルの屋上に横たわっていたのは、青い軍服のアイスマンだった。 上空に留まる爆の肩は、小刻みに震えていた。見下ろす先には、かつての友かもしれない男の倒れた姿。


「こんな未来しか……なかったのかよッ!」


何もない闇夜に、痛切な叫びが吸い込まれていく。 だが、感傷に浸る時間はなかった。ビル内には、彼を信じて突入した仲間たちがいる。彼らに加勢するため、爆は重い心を抱えたまま屋上へと舞い降りた。


屋上への入り口を探し、辺りを見回したその時。


パチ、パチ、パチ、パチ……


乾いた拍手の音が、無機質な屋上に響き渡った。 視線を向けると、そこには一人の男が立っていた。金髪を綺麗にオールバックに撫でつけ、黒いシャツに純白のベストとスラックスという、この戦場にはひどく不釣り合いな服装。そして、いつも薄く目を閉じているかのような細い目と、人を小馬鹿にしたようなにやけた口元。


「シーザーか……」


爆は吐き捨てるように言った。 「何の用だ。アイスマンは倒したぞ。お前に今さら何ができる」


男——シーザーは、いつものにやけた顔を崩さずに答えた。 「いやー、まさかあのアイスマン様が負けてしまうとは。爆様の力を侮っていましたよ」


国連軍内部の人間でありながら、常に誰かに取り入るような態度をとるこの男に、爆は強い苛立ちを覚えていた。 「何か用か。今度は俺にすり寄るつもりか、ゴマスリ野郎」


「やれやれ、超能力者のエリート様はいけませんねぇ」 シーザーは肩をすくめ、くつくつと笑う。 「超能力があるというだけで、自分たちが世界の中心にいると勘違いしてしまう。……だから、超能力者は粛清されるんですよ。あなたの妹さんのように」


その言葉が終わるか終わらないかのうちに、爆は地を蹴っていた。シーザーの胸倉を乱暴に掴み上げる。 だが、胸を締め上げられても、シーザーの顔から不気味な笑みは消えなかった。


「ほらほら、そういう思い上がりがいけないんですよ。超能力なんて、大したことないのに」


シーザーが手にしたのは、小さな筒のようなものだった。 次の瞬間、死角から突如として無数の剣が飛来する。


「なッ……!」


咄嗟に身をよじったが、すべてを躱しきることはできず、一本の剣が爆の左腕に深く突き刺さった。激痛に顔を歪めながら、爆はその剣の意匠に目を見張る。


「これは、グラッドの……」 「そうですよ。グラッドさんの『磁力』の超能力です。他にも、こんなものも」


シーザーが懐から別の筒を取り出した瞬間、闇夜が蠢き、真っ黒な腕が何本も伸びてきて爆の足を強く掴んだ。 身動きが取れなくなった爆は、空中に逃れようともがく。


「こいつは、十六夜の……ッ!」 「ええ、十六夜さんの『闇』の力です。たいした力ではないですが、満身創痍のあなたには応えるでしょう?」


空中に浮かび上がろうとする爆だが、闇の腕の捕縛は執拗で、引きずり降ろされそうになる。 血を流し、息を荒らげる爆の脳裏に、不意に一人の女性の顔が浮かんだ。水色の髪に、白い和服を纏った恋人、ユキ。 彼女の幻覚が、悲しそうな瞳で爆を見つめ、囁きかける。


『私はもうだめ……あなただけでも、生き延びて』


彼女は今頃、このビルのどこかで戦っているはずだ。こんな幻覚を見るなど、自分が弱っている証拠。だが、彼女の想いが、枯れかけていた爆の心に火を点けた。


「うおおおおッ!」


限界を超えた力が湧き上がる。爆の全身を灼熱の炎が包み込み、絡みついていた闇の腕を一瞬にして灰燼に帰した。 荒い息を吐きながら、爆はシーザーを睨みつける。


「仲間の思い、ですか」 シーザーは、まるで面白い見世物でも見るかのように目を細めた。 「超能力者は厄介ですね。……おそらく今頃、ビルの下層で力尽きている、ユキさんのおかげですかね?」


その言葉が、爆の頭で何かの糸を断ち切った。 ユキの姿。そして、これまで志半ばで散っていった仲間たちの姿が走馬灯のように駆け巡る。相手が普通の人間であれば、ただの炎で焼き尽くせる。だが、目の前の男は何を隠し持っているかわからない。


「消えろォッ!!」


爆はありったけの力を振り絞り、再び炎の竜を顕現させた。今までの何よりも巨大で、熱い竜が、シーザーを呑み込まんと襲いかかる。


シーザーは逃げようともせず、余裕の笑みを浮かべたまま立っていた。 ——当たった。 そう確信した瞬間。


「……ガ、ァ……ッ!?」


爆の全身を、形容しがたい激痛が貫いた。 視界が反転し、強烈な衝撃と共に床に叩きつけられる。 霞む意識の中で必死に目を開けると、自分はビルの屋上で、冷たくなったアイスマンのすぐ横に這いつくばっていた。


見上げると、上空の闇夜の中、シーザーがふわりと宙に浮かび、にやにやとこちらを見下ろしている。空間転移か、あるいは反射か。確かなのは、自らの最大の一撃を、そっくりそのまま返されたということ。


「おまえ……超能力者、だな……」


血に染まった唇から、声にならない声が漏れる。


シーザーはゆっくりと地上に降り立つと、初めてそのにやけ面を消し、冷酷な真顔を見せた。 彼の手には、鋭く光るナイフ。 抵抗する力すら残っていない爆の胸に、その刃が静かに、そして深く沈み込んだ。


誰もいなくなった屋上。 冷たい風が吹き抜ける中、シーザーはポケットから煙草を取り出し、ゆっくりと火をつけた。 紫煙を夜空に深く吐き出す。


「ふぅ……」


一息ついた後、彼は吸いかけの煙草を、並んで倒れる二つの死体——かつて最強と謳われた二人の超能力者——の間に無造作に投げ捨てた。


これで全てが終わったのだろうか。 それとも、ここから全てが始まるのだろうか。


答えの出ない問いを胸に抱きながら、シーザーは一人、見晴らしの良い屋上から夜空を見上げた。 雲間から顔を出した月は、ただ冷たい光を落とすだけで、何も語ってはくれなかった。



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