第23話 王都の掘り出し物と、得意料理
「……夢、じゃないですよね。手も、足も、ちゃんとある……」
奴隷商会を出て、王都の華やかな大通りを歩きながら、セツナは何度も自分の真新しい両手を握ったり開いたりしていた。そのたびに、銀色のふさふさとした狼の耳がピコピコと動いている。
「ああ。これからは自分の足で歩いて、自分の手で美味い飯を食うんだ。……とはいえ、まずはそのボロボロの服をなんとかしないとな」
彼女が着ているのは、奴隷商で宛がわれた粗末な貫頭衣だけだ。俺は王都の貴族街に近い、一際立派な高級ブティックへと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ……って、ひぃっ!?」
店員が、少々汚れた奴隷姿のセツナを見て悲鳴を上げる。
俺は無言で金貨が詰まった袋をカウンターにドンと置き、前世のサラリーマン時代に培った作り笑いを浮かべた。
「この子に似合う、動きやすくて上質な服を一式頼む。値段は糸目をつかない」
「か、かしこまりましたぁッ!」
一瞬で態度を変えた店員たちによって、セツナは奥の試着室へと連行されていった。
数十分後。
「ご、ご主人様……どう、でしょうか……?」
もじもじとしながら出てきたセツナを見て、俺も、隣にいたレイアも息を呑んだ。
上質な紺色の生地に白のフリルがあしらわれた、メイド服と戦闘衣を合わせたような機能的かつ可憐なドレス。銀色の美しい髪も綺麗に梳かされ、まるでどこかのお姫様のような美少女がそこに立っていた。
「……すっごく可愛いです、セツナちゃん。見違えました」
「ああ、よく似合ってる。これからはそれを普段着にしようか」
「っ……! あ、ありがとうございます、ご主人様……!」
セツナは頬を真っ赤に染め、パタパタと嬉しそうに銀色の尻尾を振った。
よし、これで身だしなみは完璧だ。
「次は武器屋だな。お前たちの装備を新調しよう」
「えっ? クロウさん、私は自分の剣がありますし……」
「いいから。どうせならそれなりのものを装備してほしいからな」
俺たちが次に向かったのは、王都の裏路地にある薄暗い武具屋だった。
表通りのピカピカの高級店に行かなかったのには理由がある。俺の【鑑定】スキルが、この埃っぽい店の中から『そこそこレアな魔力』を感知したからだ。
「すまない。そこの木箱に入ってるガラクタ、見せてもらえるか?」
俺が声をかけると、カウンターで居眠りしていた店主が面倒くさそうに目をこすった。
「あぁ? その箱はダンジョンの下層で拾われたはいいが、呪われてるか錆び付いてるかで使い物にならねえ廃棄品の山だ。好きなのを持っていきな。どれでも銀貨1枚(約1万円)だ」
俺は木箱の中に手を突っ込み、真っ赤に錆び付いた『双剣』と、薄汚れた硬い皮の『手袋』を一つ掴み出した。
「じゃあ、この二つをいただこう。銀貨2枚だ」
「へっ、物好きもいたもんだ」
店を出た後、俺は怪訝な顔をしている二人にそのガラクタを手渡した。
「セツナ、お前は暗殺武闘家だったな。その双剣を使うんだ」
「はい。ご主人様がくださったものなら、錆びた鉄屑でも私の牙にしてみせます」
「レイア。お前はいつも炎の魔法を剣に纏わせてるだろ。その手袋を利き手にはめてくれ」
「え? あ、はい……。なんだかゴワゴワしてますけど……」
二人が装備を受け取ったのを確認し、俺は「そこに少しだけ魔力を流してみてくれ」と指示を出した。
「――っ!? こ、これは!?」
魔力を流した瞬間、二人の手元で淡い光が弾けた。
セツナの持っていた真っ赤な錆がパラパラと剥がれ落ち、中から『月明かりのように透き通った銀の双刃』が姿を現したのだ。
【名称】月影の双刃(ユニーク級)
【効果】持ち主の魔力を吸って切れ味が増す成長型武装。自動修復。
「うそ……魔力を流すほど、刃が私の身体の一部みたいに馴染んでいきます……! なんですか、これ……っ!」
驚愕するセツナの横で、レイアもまた悲鳴のような声を上げていた。
彼女が手にはめた薄汚れた皮は、魔力に反応して『深紅の鱗に覆われた、美しい竜皮のガントレット』へと変貌を遂げていた。
【名称】飛竜の耐熱籠手(ユニーク級)
【効果】炎属性魔法の威力向上。高い耐熱効果。
「ご、ご主人様!? これ、両方とも滅多にお目にかかれない『ユニーク級』の古代遺物ですよ!? なんであんなガラクタの中に!?」
「ただの掘り出し物だ。レイア、お前いつも魔法を使う時、剣の柄が熱そうだったからな。これで火傷も防げるし、威力も上がるだろ?」
「私の戦い方……そこまで見てて、くれたんですか……っ」
レイアは深紅のガントレットを胸に抱きしめ、顔を林檎のように真っ赤にして俯いてしまった。セツナも銀の双剣を大事そうに抱えながら、潤んだ瞳で俺を見上げている。
時間をかければかけるほど持ち主に応えてくれる『成長型』の装備だ。これなら、彼女たちのこれからの冒険の良い相棒になるだろう。
◆
その日の夜。
買い物を終えてアルバート伯爵邸に戻った俺は、屋敷の厨房を借りて料理を作っていた。
今回の事件で世話になった伯爵たちへの礼と、セツナの歓迎会も兼ねて、俺の手料理もみんなに振る舞おうと思ったのだ。
「クロウ殿、よろしいのですか? 我が家のシェフに任せていただければ……」
「いえ、俺の趣味みたいなものなので。それに、俺の料理は男料理ですよ」
俺は【時空間魔法】から、巨大な霜降り肉のブロックを取り出した。
前世の独身時代から愛用し、無人島のサバイバルでも極め続けた『ワンパン(フライパン一つ)料理』の手法。
洗い物も少なく、素材の旨味を一切逃がさない、合理的かつ最強の調理法だ。
熱した巨大な鉄のフライパンに、香草とニンニクを放り込んで香りを出し、分厚く切った極上の肉を一気に焼き上げる。
ジュワァァァァッ!! という暴力的な音と共に、厨房全体に脳髄を溶かすような濃厚な肉とニンニクの香りが爆発的に広がった。
ダイニングの長テーブルに、絶妙なレア加減で焼き上げたガーリックステーキがドンと並べられる。
席についた伯爵、シャルロッテお嬢様、そしてレイアとセツナが、一斉にフォークを口に運んだ。
「い、いただきます……っ!」
セツナが肉を咀嚼した瞬間、彼女の狼の耳がピーンと垂直に立ち上がり、瞳からポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
「おいひい……っ! こんなに温かくて、美味しくて、柔らかいお肉……初めて食べました……っ!」
「あはは、本当に美味しい! クロウさん、冒険者より料理人になった方が稼げるんじゃないですか?」
涙ぐみながら一心不乱に肉を頬張るセツナと、満面の笑みで絶賛するレイア。
だが、それ以上に驚愕していたのはアルバート伯爵と、後ろで控えていた専属シェフだった。
「ク、クロウ殿! これは信じられん美味さだ! 私も王宮で最高ランクの飛牛の肉を食したことがあるが、それすら遥かに凌駕している! 一体、どこの領地で育てられた何の肉なのだ!?」
伯爵が興奮気味に身を乗り出してくる。
俺は自分の分のステーキをナイフで切り分けながら、サラリと答えた。
「ああ、それですか? ダンジョンの深層(第250階層あたり)で狩った『キング・ベヒーモス』の肉です。適度に脂が乗ってて美味いんですよね」
「「「…………は?」」」
伯爵、シャルロッテ、そして専属シェフの動きが完全にフリーズした。
レイアも口元にフォークを持っていったまま、石像のように固まっている。
「……あ、あの、クロウさん。ベヒーモスって……一匹で国が滅ぶと言われている、お伽話の災害級モンスターですよね……?」
「そうだな。まあ、ちょっとデカいだけの牛みたいなもんだ」
「それを……フライパン一つで焼いた、と……?」
「ワンパン料理は肉の旨味が逃げないからな。最高だろ?」
俺が平然と笑うと、伯爵は白目を剥いて椅子から崩れ落ちそうになり、専属シェフは「わ、私の料理人としての常識が……!」と頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
ただ一人、セツナだけが「ご主人様のご飯、最強です……!」と尻尾をちぎれんばかりに振りながら、災害級モンスターの肉をおかわりしていたのだった。
◆
翌朝。
「クロウ殿! 本当に帰ってしまうのですか!? 我が家にもっと長く……!」
「クロウ様ぁ! また絶対に、絶対にお会いしましょうね!」
(ベヒーモスの肉の衝撃で少しやつれた)アルバート伯爵と、涙目でハンカチを振るシャルロッテお嬢様に全力で見送られ、俺たちは王都の門をくぐった。
「さて、帰るか。俺たちの家へ」
王都での激動の依頼を終え、新たな家族と最高の装備を手に入れた俺たちは、馬車に揺られながら、俺が密かに魔改造を施した迷宮都市の『マイホーム』へと帰還の途についたのだった。




