第7話:新天地はキラキラの向こう側
「……ううっ、ひっ、ふえぇ……」
私は今、見事に人生……じゃなくて蜘蛛生の底にいる。
視界いっぱいに広がるのは、私が丹精込めて平らにしたはずの床を完全に埋め尽くす、岩屑と泥の山。
原因? 言うまでもない。天井をぶち抜いた私自身の“成果物”である。
空気は澄んでいる。やたらと澄んでいる。
肺に優しい。呼吸しやすい。最高。
――その分、惨状がくっきり見える。
「もうやだぁ……。なんで養生しなかったのよ、私……」
私はその場でぐるんと丸まり、ゴロゴロと転がった。
背中に当たる小石が痛い。でもそれ以上に、心が痛い。
「前世であんなに見たじゃない……DIY動画……。“まずは養生から”って、あれほど……!」
完全に初歩ミス。
職人を気取るにはあまりにもお粗末。
「バカ……私のバカ……」
八本の脚をだらんと広げる。
疲労、空腹、絶望。三点セットが綺麗に揃っている。
しかも――
「寝る場所……ない……」
そう。最大の問題。
安眠スペース、消滅。
「……ふんっ!」
私は勢いよく顔を上げた。
「いいわよ別に! 失敗は成功の母って言うじゃない! 一回や二回、床埋めたくらい誤差よ誤差!!」
誰に向けてかも分からない強がり。
でも言わないとやってられない。
「……でも、片付ける気力はない~……だ~る~い~」
正直でよろしい。
私はその場にぺたりと伏せたまま、ぼんやりと天井を見上げた。
問題の換気穴。あのすべての元凶。
――でも。
「……あれ?」
ふと、思う。
「外と繋がってるってことは……どこかに続いてるのよね?」
当たり前の事実。
そして今の私にとっては、甘美な誘惑。
「……もしかして、ここよりもっとマシな場所とか……あったりする?」
現実逃避。堂々たる現実逃避。
でも、こういう時の直感は妙に鋭い。
私はのそのそと起き上がり、壁を登った。
そして、そのまま穴の中へ。
「よっこらしょ……っと」
意外と広い。
私のサイズでも余裕がある。
「……行ける?いっちゃう?、これ」
私はそのまま、奥へと進むことにした。
右に曲がり、左に曲がり。
上に登ったかと思えば、今度は滑り落ちる。
「なにこれ……ちょっとしたアトラクションじゃない……?」
軽い斜面でズルッと滑り、
「うわっ!?」
慌てて踏ん張る。
「……楽しいかも」
現実逃避、順調に進行中である。
どれくらい進んだだろう。
不意に、前方がふっと明るくなった。
「……ぁえ?」
穴を抜けた先。
そこは、まるで別世界だった。
広い。とにかく広い。
ドーム状に広がる空間の天井からは、淡く光る苔や結晶が垂れ下がり、柔らかな光が満ちている。
湿っぽさはある。でも、不快じゃない。
むしろ――落ち着く。
「……なにここ素敵~」
思わず見回す。
そして、目が止まった。
中央。
そこにあったのは――
「……キラキラしてる」
台座の上に浮かぶ、巨大な水晶。
七色の光を内側から放つ、明らかに“ただの石じゃない何か”。
「……近くで見ていいやつ?」
ダメそう。でも行く。
私は吸い寄せられるように近づき、そっと脚を伸ばした。
ぺたっ。
触れる。
――その瞬間。
『個体名:真央を、ダンジョン管理者(仮)として認識しました』
「……えっ?」
頭の中に、直接響く声。
同時に、情報が流れ込んできた。
地図。
この空間の構造。
そして――
「……なにこれ。“配置変更”? “構造調整”? “資源管理”……?」
メニュー。完全にメニュー。
「え、うそ、ちょ、ちょっと待って」
私はその場でくるくると回った。
「これって……もしかして」
理解が、追いつく。
「ここ、私の好きにしていいってこと……?」
沈黙。
そして。
「……勝ちじゃん」
思わず呟いた。
「あの残土まみれの部屋に戻らなくていいってことよね!?」
確定ではない。でももう確定でいい。確定にしとこう!
「やったぁぁぁ!!」
私は水晶の周りをぴょんぴょん跳ね回った。
さっきまでの絶望はどこへやら。
「最高! 神物件! 立地良し! 採光良し!」
誰も聞いていないのにプレゼンが始まる。
「引っ越し決定! 今ここが本拠地!!」
即断即決。
「……あっちの部屋?」
一瞬だけ、元の拠点を思い出す。
――山積みの残土。
「……うん、おつかれっす」
未練、ゼロ。
私は改めて、キラキラ石を見上げた。
「これが……私の新しいマイホーム」
八本の脚を広げる。
「よーし。ここ、最高に住みやすくしてやるんだから!」
こうして私は、
ただの穴ぐら生活から一歩進み――
“なんかすごい権限を持った住人”へと進化したのだった。




