第5話:火がなければ、女子高生は死ぬ
さて、人生……ならぬ蜘蛛生において、避けては通れない壁がある。
お食事だ。
日本の高級レストランなら、そこにはシェフが腕を振るった豪華なメニューが待っていたはず。
だけど今の私の前にあるのは――さっき冒険者様が「素材にもならない」と蹴飛ばしていった、毒々しいカエルの生肉だ。
……色が、もうダメ。
つやっとしてるのが、なおダメ。臭い。
「……無理。絶対無理。お腹壊す以前に、見た目で心が折れる」
私はサクサクのポテチと温かいお茶で構成されていた現代っ子だ。
生食なんて、お刺身以外は認めない。
ならどうする。
――焼くしかない。
文明の境界線、「火」を手に入れる。
「……摩擦発火。やってやるわよ」
私は自身で開発した「三つ編みロープ」を一本、岩の隙間に固定した。
別の糸を巻き付け、両端を脚で掴む。
前世で見たサバイバル動画の知識。弓きり式に近い、ロープ摩擦法。
四本の脚で土台を押さえ、残りの四本でロープを引く!
シュッ、シュッ、シュシュシュッ――!
「ちょ、熱っ……! これ脚にくるやつ!」
想像以上の運動量。焦げた匂いが立ち上がる。
「こい……あつ!こいこいこい……熱いなこのー!!」
必死。完全に必死。
端から見たら、巨大な蜘蛛が岩と喧嘩してるだけの怪奇現象だろうけど、そんなの知ったことじゃない。
温かい食事のためなら、多少の怪奇現象にだってなってやる。
やがて。ぽとり、と小さな赤い粒が落ちた。
乾いた苔に触れ――じわり、と広がる。
「……つ!ついたぁぁぁ!」
息を吹き込む。ゆらり、と炎が立ち上がる。
暗い洞窟に、初めて灯る「私の火」。
私は震える脚で、カエルの肉を糸の先に括り付け、そっと火にかざした。
じゅう、と音がする。脂が落ち、煙が上がる。
……見た目は、ちょっとそれっぽい。
問題は中身だ。
「……い、いくわよ」
覚悟を決めて、一口。
――もぐ。むしゃ。
……。
…………。
「……くっそまずい」
即答だった。
なんというか、こう。淡白とかそういうレベルじゃない。
泥臭い。つーんとえぐい。あと、ほんのり苦い。
「なにこれ……罰ゲーム……?」
火を通したことで“食べられる”にはなった。
でも、“食事”にはなっていない。
これはただの、「温かい不味いもの」だ。
私はしばらく無言で咀嚼し、飲み込んだ。
――そして結論。
「……どうすりゃいいの?」
火は手に入れた。ここまではいい。
でも、次が足りない。味だ。
そう、これはリフォームと同じ。下地(火)を整えただけで、完成するわけがない。
まずはこの火を生命線として維持しつつ、次は調味料……せめて「塩」を探さなきゃ。
洞窟にはキノコもある。苔もある。もしかしたら、臭み消しに使えるものがあるかもしれない。
……毒じゃなければいいけれど。
火がぱち、と小さく鳴る。
その明かりが、今まで真っ暗だった洞窟の壁を、ぼんやりと照らし出した。
「……あれ?」
火に照らされたことで、初めて気づいた。
自分が必死に整えた床と、天井から整然と下がる白いロープ。
それが、闇の中で不気味に、けれど確実に「異質」な空間を作り出していることに。
不本意ながらも、焼いたカエルで現実を知ったクモ女子高生。
理想の生活まで、まだ少し遠い。
けれど、この火の煙がゆらゆらと天井の隙間へ消えていくのを見上げながら、私は思った。
――これ、外から見たら「誰か住んでる」ってバレないかな?
……。
…………こ、こないよね? 煙くらいで、勇者とか来たりしないよね?




