第4話:不法侵入者は、心臓に悪い
洞窟には、時折――“外”から何かが入ってくる。
学校にはバスの運転手さんが送り迎えしてくれるけど、この魔界の穴ぐらに送迎サービスなんてあるはずもない。
来るのは勝手に来て、勝手に去る。つまり、全員がノーアポの不法侵入者だ。
私は作業の手を止め、じっと耳を澄ます。
静寂。……いや、違う。
カチャ。カチャ、と。
硬いものが触れ合う音。金属音。
「……ひぇ……来たわね」
本能が告げる。これは、学校でおやつ食べてるの先生に見つかる時より、ずっとまずいやつだ。
私は反射的に、整地した自分のエリアから離れる。音を立てないように。泥を踏まないように。ゆっくりと、壁際へ。
心臓がうるさい。ドクドク、ドクドクと、脚の先まで振動が伝わる。
落ち着け。落ち着け、私。相手は、まだ見えていない。
でもわかる。強い。
そして現れた。人影。二つ。
「……やっぱり、人だわ」
革の装備。金属の武器。手には剣。
どう見ても、お稽古帰りの小学生ではない。戦うための存在。
冒険者。たぶん、そういう物騒な職業の方々だ。
「む……無理無理無理無理」
心の中で即答する。
戦う? 無理。逃げる? この構造で? ――無理。
ならどうする。隠れる。一択だ。
私は即座に、昨日必死に泥をこねて作った「高さ五十センチ位の低い土壁」の裏に滑り込む。
高さは五十センチ。ゴミ箱としてならちょうどいいサイズだけど、シェルターとしては心許なすぎる。でも今は、これが唯一の命綱。
「見つからないで……お願いします……」
息を殺す。動かない。存在を消す。
冒険者たちは、ゆっくりと洞窟内を進んでくる。足音。金属の擦れる音。息遣い。全部が近づいてくる。
「……ここで行き止まりか?」
一人が呟く。低い声。警戒している。
もう一人が床を見る。そして、止まった。
「……ん?なんだこれ」
やめて。見ないで。それ、私の床。
「不自然に平らだな」
ですよねー!!!
心の中で全力同意。匠の技を認めてくれてありがとう。でも今それ言わないで。
さらに視線が動く。天井。
「……ロープ?」
あ、それも私のです。三つ編みロープ。収納用。
「気味悪いな……なんだ?この形」
やめて。乙女の作品ディスはやめて。
私は必死に祈る。
これは自然物です。何ならちょっとオシャレな北欧風インテリアのなり損ないです。私は断じて関係ありません。
そのとき。ぴょん、と。
天井の隙間から、あの毒々しいカエルが飛び出した。
「うおっ!」
一直線に、冒険者の喉元へ。
「……なんだ、ただのフロッグか」
次の瞬間。閃光。
一瞬で終わった。
カエルは、切り裂かれ、地面に落ちた。
「……ひえぇぇ」
私は固まる。
あれ。あのカエル。私が昨日まで「死の使い」だと思って全力で逃げてたやつ。
それを、おやつを食べるくらいの気軽さで、一撃。
「……うわぁ無理ぃ~」
勝てるわけがない。住む世界が違いすぎる。
冒険者は、興味なさそうにカエルを見下ろす。そして、軽く蹴った。
転がる死骸。まっすぐ、私の隠れている壁のすぐそばへ。
「ふぉっ!……」
声が出そうになるのを、必死に押し殺す。
近い。近い近い近い。血の匂い。生暖かい気配。
でも冒険者はそれ以上興味を示さない。代わりに、再び天井を見る。
「……このロープ。普通じゃないな」
はい、普通じゃないです。私が必死に編みました。でも帰ってください。
「結界……いや、縄張りか?」
えっ?。
「……何かいるな、この付近に。深入りはやめておこう。こういう場所は、ろくなもんじゃない」
……え、帰るの? ほんとに?
二人はしばらく周囲を警戒したあと、ゆっくりと背を向けた。
そして、そのまま去っていった。
静寂。完全な静寂。
「…………」
私はしばらく動けなかった。
やがて、恐る恐る、壁の裏から顔を出す。
誰もいない。
「……はぁぁぁぁぁ……」
一気に力が抜けた。怖かった。本当に怖かった。心臓がまだうるさい。脚が震えてる。
「……生きてる……」
その事実だけで、ちょっと泣きそうになる。
そして、ふと足元を見る。そこには、さっきのカエル。綺麗に切断された肉。
「……あれ? これって……もしかして食材?」
私はそっと近づく。つつく。動かない。新鮮。一刀両断加工済み。
「……え、これ。切る手間ゼロじゃない? ……勝ち……なの?」
さっきまでの恐怖が、少しだけ「ラッキー」という別の感情に変わる。
正直、すごくありがたい。だって私、自分でこのカエルを捌く勇気なんて一ミリもなかったし。
「……い、いただきます」
私はそっと、それを回収した。
怖かった。本当に怖かった。でも同時に、理解した。
ここは、ただの洞窟じゃない。外から“強者”が入ってくる場所。
そして私は、その中で「いかに見つからず、いかに快適に隠れ住むか」を極める側なのだ。
よし。方針追加。
1. 防御および隠蔽の強化。壁を高く、厚く、岩っぽく。
2. ロープはもっと目立たない色に。もしくは「呪い」に見える配置に。
3. 冒険者が残したものは、ありがたくリサイクル。
やることが増えた。でも、生きてる。材料(お肉)も手に入った。
なら――やるしかないでしょ。
不本意ながらも、冒険者の食べ残しで命を繋ぐクモ女子高生。
まずはこの肉をどう調理するか……平穏無事な「初・温かい食事」を目指して、精一杯頑張ります!
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