第2話:床の凹凸は、私の心が許さない
リフォーム宣言しましたよ、異世界の洞窟。
……うん、言うだけならタダだよね。
問題はその後だ。
目の前に広がるのは、湿った岩肌に囲まれた天然の監獄。
天井からは、ねとっとした水滴がぽたぽた落ちてくる。
床は泥と小石のミックス地獄。
踏むたびに、ぬちゅ、と嫌な感触が脚に絡みつく。
空気は重い。冷たい。そして、湿度が高すぎるんだが?。
エアコン? ない。
除湿機? ない。
ウォーターサーバー? あるわけがない。
標準装備は、冷気と湿気。以上。
「……終わってるでしょ、これ」
思わず呟く。
ここには清潔も快適も存在しない。
あるのは暗闇と、不気味な鳴き声と、じわじわ削られていく精神力だけ。
つまりここは、“家”じゃない。ただのサバイバルフィールドだ。
そして今の私は、その住人。
八本脚。硬い外殻。ついでに泥まみれ。
どう見ても、人類側ではない。
鏡がないから断定はできないけど、たぶん「着てみたい制服ランキング」ならぬ「即座に駆除したい魔物ランキング」で不動の1位を独占できるビジュアルだ。
「……はぁ」
ため息をつきながら、自分の脚を見る。
ネイルの代わりにあるのは、鋭い爪。キラキラとは無縁の、実用特化デザイン。
……いや、これはこれで使えるんか?。
問題はそこじゃない。最大の問題は――床だ。
私はそっと横になってみる。
ゴツッ。
「痛っ」
背中に岩が刺さる。
右を向けば泥。左を向けば凹凸。どこにも逃げ場がない。
「……泣きそう」
一分ももたなかった。
そう。この洞窟の本当の敵は、魔物でも、空腹でもない。
床の凹凸という暴力だ。
どんなに頑張っても、どんなに生き延びても、寝られなければ終わりだ。
生活は崩壊する。
つまりこれは――最優先で排除すべき敵。
「……よし!」
私は決めた。
まずは広さなんていらない。
半径一メートル。自分の身体が収まるだけでいい。
そこを――私の聖域にする。
さっそく作業開始。
八本の脚で泥をかき集める。小石を押し込み、凹みを埋める。
ぐちゃ、ぐちゃ、と不快な音が響く。
でも止まらない。
押す。ならす。埋める。
押す。ならす。埋める。
単純作業。でも、確実に変わっていく。
集中する。すると、土が少しだけ言うことを聞く。
柔らかくなる。形が整う。
さらに意識を向ける。水分を飛ばすイメージ。じわっ、と。乾いていく。
「……いける。やれるぞ私!」
手応えがあった。私は作業を続ける。
脚が多いのは正直見た目がアレだけど、作業効率だけは認めざるを得ない。
複数箇所を同時に押さえられる。
……悔しいけど、この身体、DIY界では「神スペック」かもしれない。
しかし現実は甘くない。
一時間。やったことは――ほんの数センチの整地。
「……ちょっとまって……進まなすぎない?」
思わず固まる。
洞窟全体? 無理無理無理。
これ、 何年かかるの。
軽く絶望しかける。
でも、手を止めたら終わりだ。
私はまた泥を押す。ならす。埋める。
シャカシャカと、自分の脚が鳴る。その音だけが、この空間での唯一の“前進音”。
そして――カチッ。
そこに、小さな変化が生まれた。
平らだ。
周囲は相変わらず泥だらけ。でもここだけ違う。
沈まない。刺さらない。まとわりつかない。
「……できた」
小さく呟く。
私はそっと、その上に体を預ける。
……痛くない。背中に何も刺さらない。
ただそれだけなのに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「……はぁ……」
長く息を吐く。
たった一メートル。でもここはもう、泥でも洞窟でもない。“床”だ。
「……勝ちじゃん」
思わず笑い泣いた。いや本当に。これだけで、全然違う。
方針は決まった。
全部やる必要はない。まずは自分の場所。そこだけ完璧にする。
1. 床は平らにする。凸凹は万死に値する。
2. 湿気は減らす。除湿は心の安定剤。
3. 汚れは持ち込まない。ここは私のプライベート空間。
快適さを邪魔するものは、全部――敵。
私は再び脚を動かす。
シャカシャカと、不気味な音を立てながら。
でもその一歩一歩は、確実に“住める場所”に近づいている。
まずは床。すべてはそこからだ。
そしてその夜。私は初めて、「痛くない地面」で眠った。
それだけで、少しだけ人間だった頃の自分を取り戻せた気がした。
不本意ながらもリフォーム系クモ女子高生
平穏無事な安眠を得る為にも精一杯頑張ります!




