第12話:同担最高
ピップは、数日ぶりにダンジョンコアの定期点検へと訪れ――その場で、時が止まった。
静謐であるべきコアルーム。
神聖で、厳かで、余計な存在など許されぬ場所。
その中心に――
どん、と。
場違いにもほどがある巨大な蜘蛛が、くつろいでいた。
(……は?)
ピップの思考は一瞬、完全に停止した。
(な、なんだあれは……!? レッサータラテクト……? いや、サイズがおかしい。それに、この位置……ここへ至るまでに配置された守護兵はどうした!?)
この階層へ辿り着くには、複数の防衛機構を突破する必要がある。
石像兵、魔力罠、侵入者検知……それらを潜り抜けてなお、この場所に立つ存在は限られている。
だが、目の前のそれは。
どう見ても――「そこらの魔物」だ。
(この貧弱そうな蜘蛛が……? あり得ん。何か裏があるはずだ)
小人族としての誇りと職務が、ピップの背筋を正す。
彼は警戒を最大限に引き上げ、あえて尊大な口調で問いかけた。
「……おい。お前、どうやってここに来た?」
蜘蛛――真央は、のんびりと顔を上げた。
「ん? ここ? ……いやー、ほんと死ぬかと思ったわよ」
軽い。
あまりにも軽い。
「視界ゼロ、呼吸ゼロ。完全に終わったと思ったけど(煙で)――」
そこで、彼女はどこか誇らしげに脚を組んだ。
「私の『転機』で、なんとか乗り越えたのよね!」
(転機……!?)
ピップの脳内で、その単語が重く響いた。
(つまり、極限状況を突破する独自の戦術……あるいは固有スキルか?)
実際は「換気穴を開けただけ」である。
だがピップにとって、それは死地を越えた強者の証明にしか見えなかった。
(……なるほど。守護兵を正面から突破したのではなく、環境そのものを変えたということか)
勝手に納得が深まる。
(面白い。実に面白い手だ)
ピップは腕を組み、ゆっくりと頷いた。
(力は未知数。だが、この場にいるという事実だけで十分だ)
小人族は代々、ダンジョンコアに仕え、主を見極める種族。
ならば――答えは一つ。
「……よし。決めた」
彼は胸を張り、堂々と言い放った。
「僕は、お前の子分になってやる」
ドン、と。
なぜか上から目線。
一方の真央。
「……えっ、子分?」
一瞬きょとんとした後、ぱあっと顔を輝かせた。
(あー、これあれね。小人さんのごっこ遊び的なやつ! 可愛い!)
完全に方向性が違う理解。
「ふふん、いいでしょう! 名を名乗りなさい!」
なぜかこちらもノリノリである。
「私の名は真央よ!」
「……マオか。僕はピップだ」
奇妙な主従関係が、ここに成立した。
そしてピップは、ふと視線を巡らせ――ある一点で固まった。
「……ところでマオ」
「なに?」
「さっきから気になっていたんだが……」
彼の指先が、ゆっくりと向けられる。
そこにあったのは――
巨大な、ベニテングタケのオブジェ。
毒々しくも鮮やかな赤。
白い斑点の均整。
無駄に完成度の高いフォルム。
ピップの瞳が、吸い寄せられるように見開かれた。
(なんだ……これは……)
脳がざわつく。
本能が震える。
(住みたい…)
理性が一瞬で敗北した。
「……僕、このキノコに住んでもいいかな?」
「!!」
真央のテンションが爆発した。
「わかる!? ベニットテング君の良さわかるのね!?」
完全に同志認定。同担最高!
「いいわ! むしろ最高の住処にしてあげる!! ちょっと待ってなさい!!」
スイッチ、オン。
前世で培われたミニチュア魂が、火山のように噴き上がる。
「よーし! ドールハウス制作開始よ!!」
コアに意識を接続。
構造変更メニュー展開。
空間データ、再構築開始。
(まずは水回りよね。生活の基盤はここから!)
魔法水路を引き、清水を循環させる。
(次は熱源。地熱利用で省エネコンロ!)
床下に微細な熱流路を設計。
(トイレは絶対水洗! ここ妥協したら全部台無し!)
排水経路、完璧。
(ベッドは……ふふ、私特製の低反発糸マット!)
幾層にも重ねた蜘蛛糸が、しなやかな弾力を生む。
ピップは、そのすべてを――
震えながら見ていた。
(な、なんだ……この精度……!?)
コア操作とは、本来長年の訓練を要する技術だ。
それを、この蜘蛛は。
(迷いがない……演算が速すぎる……!)
まるで呼吸のように、空間を書き換えていく。
(地熱制御、水流制御、構造固定……すべて同時に!?)
あり得ない。
(こんな存在……見たことがない……!)
数時間後。
そこに完成したのは――
小人専用・超近代スイートルーム。
文明レベルを完全に無視した、異様な完成度。
ピップは、ふらりと膝をついた。
「主……」
声が震える。
「美しい……」
その瞳には、完全な崇拝が宿っていた。
一方、真央。
「ふふん♪ 私がずっと思い描いえていたシバルニア!かんせーい!」
満足げに脚をパタパタ。心の底から楽しそうである。
温度差がえぐい。
――その頃。
通路の奥。
冒険者アルドは、壁に手をついていた。
「……なんだ、この魔力の波は……」
空気が震えている。
地面が微かに脈打つ。
「奥で……何かが起きている」
彼の顔が、ゆっくりと青ざめていく。
「これは……構造干渉……? いや、違う……もっと大きい……」
理解が追いつかない。
「……ダンジョンそのものが、書き換えられている……?」
真央は「小人のトイレ」を作っているだけである。
だがアルドには――
それが、世界改変級の魔法に見えた。
「……クソッ」
歯を食いしばる。
「このままじゃ……」
嫌な想像が、脳裏をよぎる。
「まさか……魔王が誕生したのか?……完成する前に……止めないと……!」
彼は剣を握りしめ、震える足で前へ進んだ。
その先に待つのが、
「可愛いお部屋づくり」だとは――
夢にも思わずに。




