第1話:私はカビと湿気を許さない
私はカビと湿気を許さない。
なお現在、湿度90%の洞窟に住んでいる。
……詰んでる。
視界の端に、もぞもぞと動く脚が見える。一本、二本、三本……いや多い多い多い。
八本ある時点で、もう言い逃れはできない。
鏡がないから断言はできないけど、たぶん私、クモだ。
しかも場所は、真っ暗でジメジメした岩穴の中。
床は泥、壁は結露、空気は重い。呼吸するだけで肺が湿気に負けそう。
はい無理。無理無理無理。
魔物とか以前に、この環境が無理。
前世の私は、建築とインテリアをこよなく愛する女子高生だった。
放課後はホームセンターを巡回し、休日はリフォーム動画を見てニヤつく、いわゆる“匠予備軍”。
文化祭では教室を北欧風カフェに改造して、後輩から「師匠」と呼ばれていた。
……うん、そこそこ誇っていい実績だと思う。
そんな私がだよ?
湿度90%、カビ臭、泥床、換気ゼロの洞窟に放り込まれるって何の罰ゲーム?
いや、ちょっと待って。
命の危機とかそういう話じゃない。
QOL(生活の質)が死んでる。
これはダメだ。
本当にダメなやつだ。
私はその場で丸まって、しばらく静かに泣いた。
だってこのまま一生ここで暮らすの?噓でしょ、普通に精神が先に死ぬ。
……でも。
泣いても湿度は下がらないし、カビも消えない。
それに、お腹も空いた。
視界の端で、ぴょん、と何かが跳ねた。
見れば、毒々しい色のカエルっぽい何か。
……助けてぇ~……無理ぃ~。
あれを食べるくらいなら餓死の方がまだマシ。
私はポテチとお茶で生きてきた人間なんだよ?
――いや、待て。
ここでふと、ある事実に気づいた。
さっきから感じているこの妙な感覚。
お尻のあたりから、するすると何かが伸びるような……。
試しに意識してみると。
にゅるっ。
……出た。
糸だ。完全にクモの糸。
しかもこれ、めちゃくちゃ丈夫。
ちょっと引っ張っても全然切れる気配がない。
え、待って。
これ、普通に建材として優秀では?
さらに集中してみると、土をこねるような感覚もある。
粘土みたいに、壁や床を整形できる……気がする。
……あれ?
これ、もしかして。
住環境、改善できるのでは?
その瞬間、頭の中で何かがカチッと噛み合った。
戦う? 無理無理。
生き残るために魔物と戦うとか、そういうのは他の主人公に任せてほしい。
私は違う。
私は――
快適に暮らしたいだけだ。
ならやることは一つ。
この最悪の洞窟を、
“住みたい家”に変えればいい。
幸い、素材(糸)はある。
加工手段(土)もある。
設計思想は、前世で叩き込んできた。
つまり。
勝ちだ。
私はゆっくりと立ち上がり、ぐるりと洞窟を見渡した。
結露まみれの壁。
泥だらけの床。
カビ臭い空気。
本当に全部、気に入らない。
――よし、決めた。
これからの方針はこうだ。
カビは敵。見つけ次第、根絶。慈悲はない。
湿気は裏切らない。だから除湿する。
不審者(魔物含む)は玄関で処理。部屋に入れない。
ポテチとお茶の代替品を開発する。文化的生活は必須。
最終目標は「ここに住みたい」と思わせる空間づくり。
戦い?知らない。
ダンジョン?興味ない。
ただし。
掃除の邪魔をするなら、容赦しない!慈悲などないのだ。
私はそっと糸を引き、湿った壁に触れた。
――この洞窟、リフォームします。
掃除の邪魔をするなら、たとえ勇者でも容赦しないんだからね!
え?……こ、こないよね? 勇者とか、こんな湿気た場所にこないよね?
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