第8話 祝祭の朝に -後編-
窓辺の小鳥がさえずり始め、街のどこかで鍋をかき混ぜる音がする。
今日は婚礼の儀が執り行われる日。
通りには彩り豊かな布がはためき、人々は浮き足立った様子で城を見上げていた。
その城の奥、静謐な部屋でクラリスは侍女たちに身支度を整えられていた。
銀の刺繍を施されたドレスの胸元には、王家の紋章を模したブローチが輝いている。
「お似合いですよ、クラリス様」
「ありがとうリュシア」
「ええ、まるで……本物の『お姫様』のようです」
ふと、クラリスは鏡の中の自分を見つめた。
そこには、慎ましく微笑む、けれどどこか緊張をたたえた顔が映っている。
「……ありがとう。でも、“まるで”じゃなくて、“ちゃんと”『お姫様』になる日よね」
「あぁっ……!? も、申し訳ありません!」
クラリスは笑ったが、それは無理に明るくつとめているようでもあった。
儀式当日の朝だというのに、今朝も陰でクラリスに向かって指さす者がいた──
クラリスは小さくため息をつく。
今はただ、昨晩のリオネルの手のぬくもりだけが、クラリスを支えていた。
ドアが開き、侍女の一人が控えめに頭を下げた。
「聖女ミラ様が、表でお待ちです」
「……ミラが?」
クラリスは少し驚きながらも頷き、礼を言って廊下へ出た。
石畳の廊下の先、ミラ・セレスタは優雅に立っていた。
その白の法衣は、まるで陽の光をそのまま纏ったかのように輝いている。
今日の儀式のための特別な祭衣とはいえ、それはクラリスのまとうドレスにも、決して引けを取ってはいなかった。
「ごきげんよう、クラリス様。今日があなたにとって、素晴らしき日となりますように」
ミラは仰々しく言った。
「……何、そのよそよそしい言い方。もう儀式のつもり?」
クラリスは笑いながらそう言うと、つられるようにミラも笑う。
「ふふ。素敵よ、クラリス。……ようやくあの頃の夢がかなうのね」
ミラは視線を遠くにやると、そう言った。
「ありがとう、ミラ。……今日の儀式、あなたがいてくれて、心強いわ」
「そう?では、お祈りの言葉を間違えないようにしないとね」
「ミラは大丈夫でしょ。私と違って昔から頭がいいんだもの」
「そうかしら。まあ、そういうことにしておくわ……それじゃあね、クラリス。…………あなたの笑顔、久しぶりに見られてよかったわ──」
「私もよ、ミラ」
クラリスは笑いながら答えると、ミラの手を軽く握った。
「今までありがとう。あなたのおかげで、私はここまで来られたのよ」
クラリスがはにかむ。
ミラも、クラリスの手に自らの手をそっと重ねると、静かに微笑んだ。




