第4話 兆し
幸いなことに、例の噂は日を追うごとに、まるで最初から存在しなかったかのように、王宮内で語られることがなくなっていた。
代わって、ゴシップ好きの侍女たちの間では、だれかれともなく「神託の予言が真実となるらしい」、という声が囁かれはじめ、やがて皆がその話でもちきりとなった。
予言の文章は不吉なもの、いたずらに王宮内の混乱を招く原因となっては大変と、すぐにかん口令が敷かれ、いったんは静かになったかに見えたが、その噂の「予言」という響きが、人々へ与えたインパクトは大きく、次第に隠し通せるようなものではなくなっていた。
貴族たちの世間話、使用人の声、出入りする商人の囁き──
「“穢れし祝福は子等を惑わし、父をも欺く”……これって、まさに今のことじゃないのか」
「そういえば、私の故郷では、しばらく雨が降っていないって。これも神託なんじゃ……」
「それ、"ただ歩を進めれば、大地は割れ、空は裂け、流れは枯れん"、の一節の事なんじゃないの?」
誰もが、口々に自分の想像を口にしては、それに畏れていた。
そして、同時に、口にこそしなかったが、いったんは収まったはずの、先日の噂を思い出していた。
そんな王宮内の様子に、かん口令の一切を指揮していたセラド・ヴァレンティスは頭を痛めていた。
「まもなく婚礼の儀だというのに……儀式に影響が出なければよいが」
報告書を机に放り投げ、椅子に深く腰掛ける。一息つき、ちょうどみぞおちのあたりで手を組んでいると、白い鎧を身にまとった一人の騎士がセラドの執務室に息を切らしながら入ってきた。
「失礼いたします、ヴァレンティス様」
「なんだ」
ばつの悪そうな顔を浮かべた騎士を前に、セラドは違和感を覚えつつも返事を返した。
「"加護"の使用許可を願えますか?例の噂に関しまして何人かの取り調べを行っておりましたところ、怪我をしてしまった者がおりまして……」
「取り調べ中にか!? 強く問い詰めたりしたのではないだろうな!」
セラドの怒声は、執務室の壁を揺らし、若い騎士をも震え上がらせた。
「い、いえ、そのようなことは決して!」
「ならばいい。我々聖騎士たるもの、常に言うように他者への慈しみと、守るべき盾、であるという精神を忘れてはならない。例えそれが取り調べであったとしてもだ。……今一度、肝に銘じておけ」
セラドは、語気を荒らげた自分を反省するように、今度は静かに騎士へと語り掛けた。
「はっ」
「加護の使用については許可しよう。中央神殿に加護師を派遣するよう、依頼しておくといい」
「ありがとうございます」
騎士はその場から逃げ去るように足早に執務室を出て行った。
「せめて噂の出所だけでもわかればよいのだがな……」
悔しそうにつぶやくと、再び、報告書を手をとる。
「予言、か……」
セラドは考えをまとめようと、じっと目を閉じ眉間にしわを寄せた。




