表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王太子妃(仮)でしたが、聞いたこともない予言のせいで追放されました。ですから、今さら呼び戻されても困ります。  作者: 實藤圭
1章:辺境の村、風の道

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/18

第18話 風の道をゆく

 夜明け前に森を出発したバルバラの荷馬車は、東の空がかすかに光を帯び始める頃、森を抜けて広い丘陵地へと出た。


 風が草をなで、朝露をキラキラと光らせながら通りすぎる。

 クラリスはその風に顔を上げた。

 冷たい空気が、心の中まで澄ませていくようだった。


「いい風だろう? この辺りじゃ“風の道”って呼んでるよ」


 前方で手綱を握るバルバラが声をかけてくる。

 クラリスは黙ってうなずいた。



 ──この馬車には、王宮のような決まり事もなければ、冷ややかな視線もない。

 ただ、朝が来れば進み、夜が来れば火を焚く。

 そんな生活の中に、自分の居場所が少しだけ芽吹き始めていた。

 それでも──


 滑らかな生地で仕立てられた衣服の手触り。

 リュシアや侍女たちの運ぶあたたかな食事。

 そして、あの石造りの宮殿に、庭に咲く花々の香り。


(……もう戻ることは無いのだろうな)


 ほんの数日前の事なのに、何もかもが、遠い昔の事だったように感じられる。

 クラリスは小さく息を吐いた。



「おーい、お嬢ちゃん。のどは乾いてないかい?」



 来た道を振り返るように眺めていたクラリスに、バルバラが手渡してきたのは、果実酒を薄めた水だった。

 果実酒をこうして飲んだことは無かったが、口に含むと、冷たさと、爽やかな酸味の中から感じられる少しの甘みが、乾いた喉を潤す。


「……ありがとうございます」


 丁寧に頭を下げるクラリスに、バルバラが、不満そうに口をとがらせて言った。


「ったく、なんだって"お姫様"ってのは、無愛想なんだろうねぇ。もっとこう、感情を素直に出しなよ。……あんた、よく燃えるタイプに見えるけどなぁ?」

「……“燃える”?」

「そう。芯の部分に火を持ってる人間ってのは、案外すぐ分かるもんだよ」


 そう言うと、バルバラは、口の端を大きく上げてにやりとしている。

 クラリスは返事に困り、曖昧に笑うと、もう一度水筒に口をつけた。




 馬車はその後もしばらくすすみ、やがて緩やかに停車した。


「ちょいと止めるよ」


 バルバラが手綱を引いた方向には、一人の女性が立っていた。

 旅装のまま、木陰に寄りかかっている。

 風にそよぐ髪の奥の横顔は、どこか荒削りで鋭さを含んでいた。



「セラヴィア!」



 バルバラの声に女は静かにうなずいた。

 そしてクラリスに視線を向ける。


「……"それ"は?」


 その言葉に、クラリスの眉がかすかに動いた。


「大事な"荷物"だよ。うちの村まで運んでいくところさ」

「ふぅん……」

「詳しい話は、後さ。村まで戻るんだろ? 乗ってきな」


 セラヴィアと呼ばれた女は、クラリスの乗る馬車に無言で乗り込む。

 それだけで、空気がぴんと張りつめた気がした。


「あの……はじめまして……」

「……」


 セラヴィアは小さく頷くと、すぐに馬車の外に目をやった。


 その後の道のりは、妙に静かだった。


 彼女が何を考えているのか、その鋭い視線の先には何があるのか──

 時折吐くため息は──


 バルバラが、大声で何かしゃべっていたようだったが、クラリスの耳にはまるで聞こえていないかのようだった。


 陽が傾き始めた頃、一行は小さな谷間に馬車を止めた。

 風を避けやすく、薪も確保できる場所だ。




 その夜。皆、食事も終え、そろそろ眠る者もいようかといった頃だった。




「……うっ……」




 クラリスは呻き声を聞いた気がして顔を上げた。

 焚き火の明かりがぼんやりと照らす先、セラヴィアが地に座り、男の肩を支えていた。

 どうやら、バルバラの仲間の一人が、闇夜の中で転んだらしく、腕をだらりと垂らして顔をしかめている。


「動かないで。すぐ済むわ」


 セラヴィアは静かに告げると、指先で自分の胸元に触れ、次いで、男の肩へと手を当てた。

 すっと肘に向かってゆっくりとその細い指を滑らせていく。

 そのとき、焚き火とは異なる、やわらかな光が彼女の手から溢れた。


 それはまぎれもなく──加護だった。


 クラリスは息をのんだ。それは、王都で見たどの加護の儀式よりも粗雑なものだったが、どの儀式よりも美しく感じられた。

 セラヴィアはやがて立ち上がると、馬車の側から離れるようにその場を去った。




「……あの人は、加護師……?」




 つぶやいたクラリスの横で、笑い声が聞こえる。バルバラだった。


「さあね。こっちが知ってるのは、ただの旅の女ってことさ。それ以上でも、それ以下でもない。……だけど、信じていいと思うよ。あの人の癒しには、何度も助けられた」


 クラリスは、そっと確かめるように、静かに胸に手を置いた。

 その手は、自分の胸の奥にあった小さな光の欠片が、とくん、と、小さく輝き出したことを感じ取っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ