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王太子妃(仮)でしたが、聞いたこともない予言のせいで追放されました。ですから、今さら呼び戻されても困ります。  作者: 實藤圭
1章:辺境の村、風の道

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第17話 焚き火のぬくもり

 焚き火の明かりが揺れていた。


 クラリスは、毛布を肩にかけ、黙ってその火を見つめていた。

 その傍らでは、バルバラ・レーンと名乗った先ほどの女が、焚き火に突き刺した串からちぎった肉を一つ口に入れ、満足そうに頷いている。

 周囲に広がる煙の香ばしい匂いが、クラリスにほんの少しだけ空腹を思い出させた。


「震えは収まったかい?」


「……ありがとうございます」


 クラリスは手渡された、あぶった干し肉を少しかじる。

 慣れない見た目に少し戸惑ってはいたものの、いざ口にすると、塩が効いていて、クラリスが思っていたよりずっと食べやすかった。


「どういたしまして。……ったく、あの連中、こっちが迎えに来るって知ってたろうに」


 バルバラは軽く舌打ちしたあと、ほうっと息を吐いてから語り出した。


「セラドって男、知ってるだろ? 王宮の“白の騎士団”団長さん。あんたを安全に送ってほしいって、私に頼んできたんだよ。だからあんたが城から出る時間も道順も、こっちは全部把握してた。私が行くはずだったんだからね」


 クラリスは、はっと顔を上げる。


「……セラドさんが?」


「ああ。あんたを追放するって決まったとき、すぐに手をまわしたんだろうね。あの男、真面目だからさ、あんたの事ほっとけなかったんだと思うよ。きちんと"追放"されるまではね」


 その言葉を聞いて、胸の奥で張りつめていた何かが、音を立てて静かに溶けていくような気がした。


「でも、私、言われた馬車に……」

「勘違いってのは、たまに命取りさ」


 焚き火を挟んで、バルバラの目が真っ直ぐにこちらを見ていた。

 口調とは裏腹に、その瞳には、からかいも嘲りもない。


「お嬢ちゃんが王都を出たとき、すでにあたしは城の門の前にいたのさ。ところが、いつもで立っても来やしないんで顔のきく門番に聞いてみたら、あんたはしばらく前に、別の馬車に乗って出てったっていうじゃないか。私に何の話もなくね。セラドはそんなことをする奴じゃない。……だから追ったのさ。こっちはあんたの命預かってるからね」

「じゃあ……あの人たちは……」

「ああ。間に合ってよかったよ。まったく、ひどい連中もいたもんだ。……縛り上げて手間賃ふんだくってやればよかった」


 見えない相手に、今にも躍りかからんとするバルバラの様子に、クラリスは小さく吹き出してしまった。

 ようやく笑顔を見せたクラリスに、バルバラは大きな口を開けて肉をかじる。骨の周りまできれいに平らげると、無造作に口を拭った。


「……色々あったみたいだけどさ、あんたは、ちゃんと守られてるんだよ。……今さら信じられないかもしれないけどね」


 クラリスは、バルバラの言葉に、僅かに視線を落とした。

 たしかに、私は、もう“信じる”ことが怖くなっていたのかもしれない。

 でも──私を助けてくれる人たちは、確かにいた。


「ありがとうございます。……助けていただいて、本当に、感謝しています」


 深く頭を下げたクラリスに、バルバラはおおげさに手を振る。


「こっちは当たり前のことをしただけだよ。大事な荷物に傷がついちまったら商売あがったりだ」


 バルバラはひとつ伸びをすると、馬車のほうを振り返った。


「さて。明日から北の道に入る。うちの村までは、三日ばかしってとこかな。途中、ちょっとした峠越えはあるけど──ま、女ひとりでも来れるくらいのとこさ。……ところで、あんた、この先どうするんだい?もちろん、村まではしっかり運んであげるけどね」


 訊かれて初めて気づいた。

 私はいったい、どこへ行けばいいのだろう。

 

「わかりません……」


「まあ、いいさ!道中しっかり考えると良い」


 バルバラはあっけらかんとした様子で言うと、薪をくべる。

 居場所がなかった。疑われ、追われ、すべてを失った。

 でも、今目の前にあるこの焚き火は、どこかあたたかかった。


「さ、寒くなる前に寝な。明日からはあんたも馬車の手伝いだ。日が昇る前から仕事はたんまりある。大事な"荷物"だって言っても働くんだよ、うちの馬車じゃね」


 からからと笑う声が、夜の森に溶けていった。


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