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王太子妃(仮)でしたが、聞いたこともない予言のせいで追放されました。ですから、今さら呼び戻されても困ります。  作者: 實藤圭
1章:辺境の村、風の道

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第15話 馬車が行く先

 王都を出てから、どれほどの時が流れただろうか。


 硬く揺れる馬車の座席の上、クラリスはひとり黙って座っていた。

 大きめの革袋に、わずかな着替えと数日分の水と食料、そして幼い頃から肌身離さず大切にしてきた革装丁の手帳が一冊。

 それが、ほんの少し前まで、何不自由なく暮らしていた彼女が、王都から持ち出せたものだった。


 頬をなでる風は冷たかった。それは、もう自分が王宮の中にいないのだということを、いやでも実感させてくる。

 どこまでも続く土の道。どこに向かうのかも知らされないまま乗せられた馬車は、小石を踏みつけては荒々しく跳ねる。




「……どうして、こんなことに……」


 吐き出すように呟いた言葉は、馬車のガタガタと進む音にかき消された。



 ──ミラが、あんな言葉を口にするなんて思いもしなかった。

 リオネルに、信じてもらえなかった。

 

 クラリスは膝の上で静かに手を握った。

 指先がかすかに震えていた。




 御者台では、ふたりの男が、低く言葉を交わしている。馬を扱う手綱の音と、風にまぎれるようにして、下卑た笑い声が聞こえてきた。


「……おい、あれがあの王太子殿下の女かよ。悪くはねぇけど、もうちょっとこうよ……?」

「ま、王都じゃ上物だったんだろ? 俺はああいうの割と嫌いじゃないぜ」

「ははっ! なら、お前と俺で、もらってやって……」


 クラリスはその声に、はっと息を呑んだ。

 思わず顔を伏せる。鼓動が速くなっていく。



 ──この馬車、本当に王都から遣わされたものなの?



 誰が、どこへ、何のために。


 あの白い騎士団長は、執務室で「せめて安全な地へ」と言っていた。

 だが、立場もあり、彼は私を最後まで見送ることはできなかった。

 あの混乱の中次々と出される命令、普段と何一つ変わらない王宮の様子、そして手際よく準備されたこの馬車──すべてが早すぎる。


 もしかすると、すべてが計画されていたものだったのかもしれない。


 だとしたらこの馬車は──



 なおも馬車は走り続ける。



 顔をあげる。

 馬車の中は狭く、明かりもない。

 木板の隙間から入り込む冷たい風に、クラリスは身体を抱くように両腕をさすった。


 まばたきひとつするたび、追放の宣言がよみがえる。

 壇上で、片手をあげていたリオネル。

 祭壇の前で彼がクラリスに向けたのは、慈しみではなく、疑念の目だった。

 私は、あの人を信じていた。

 心から、誇りをもって隣にいた。


 なのに。



 

 外は、すっかり暗くなり、馬車は森に差しかかっていた。

 鬱蒼とした影が道を覆い、時折、鳥の不気味な鳴き声が響く。


「ようし、そろそろ休ませてもらおうか。ここいらで一泊していくとしよう」


 男のひとりが馬を止め、軽く口笛を吹いた。

 クラリスは、その声にきゅっと拳を握りしめる。


 王都からの道中、彼らの視線と漏れ聞こえる言葉には、どこかおかしなものを感じていた。

 今、それがただの不安ではなかったことが、明らかになろうとしている。




 そして、馬車の扉は開かれ、クラリスの顔が月明かりに照らされた。



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