第12話 叫び
「どうして?」
ミラは、クラリスの言葉に応えると、言った。
「主は常にお導き下さいます。それが、どれほど罪深き者であったとしても。……私はそのお導きに従ったばかり──」
ミラの言葉を聞いたクラリスの中で、何かがはじけた。
「どうして……どうして私なの……? 私、これまでだって、神様を裏切るような真似なんて一度だってしたことが無いわ。お姫様にはふさわしくない振る舞いもあったかもしれないけれど、それだけは確かよ。なのにそんな──」
クラリスはリオネルを見た。
「ねえ、王子。そうでしょ? 私が神託に示された、汚すものだなんて、ね? 殿下!」
リオネルはクラリスを見ようとはしなかった。
「昨日だって……殿下と……お庭……」
クラリスがふらふらと壇上に向かう。
──違う、違う、違う、違う、私じゃない。私がそんなはずない。
そう思ったときには、クラリスの脚は壇上に向かって駆けだしていた。
「どうして……どうして……!」
誰もが、今、目の前で何が起こっているのか理解できないでいた。
突然の出来事に声も出せずに、茫然と、ただ眺めることしかできなかった。
唯一、クラリスの様子に不穏な空気を感じ取っていたセラドだけが、群衆をかき分けクラリスを止めようとする。
だが、そのセラドより数瞬も早く、黒い鎧を身にまとった男がクラリスの前に悠々と立ちはだかった。
「王太子殿下の御前で、まったく……不敬だねぇ」
刹那、黒鉄の気配が空気を裂いた。
クラリスの左頬を拳が襲い、その華奢な身体が宙を舞う。
クラリスは声にならない叫び声をあげ、そのまま動かなくなった。
「クラリス様ぁ!」
リュシアが、クラリスに駆け寄る。
「デスフォルト。王太子殿下のご命令通り、その者を"追放"しておきなさい」
「ははっ」
デスフォルトと呼ばれたその男は、ミラに仰々しく一礼すると、床に転がるクラリスを一瞥した。
白い鎧に身を包んだ聖騎士が、ちょうどクラリスと、デスフォルトの間に入るように立つ。
「デスフォルト、国境の守りはどうした。先日も襲撃があったところではないか。このような場所にいて大丈夫なのか?」
「ひさしぶりだなあ、ヴァレンティス。いやあ……面白い"見世物"があるから来いってね。今日、ここに呼ばれていたのさ。……国境はまあ大丈夫だな。優秀な部下がいるンでね。」
デスフォルトは、セラドの脇を通り抜けるようにクラリスに向かって歩みを進めた。
「そうか……しかし、これは少々やり過ぎではないか? それに──知っての通り、王都、王宮内で正義の鉄槌を下す権限は私の下にある。それを無視するつもりか?」
セラドは続ける。
「聖の座を汚す者は、もちろん断罪すべきだ、だが、その"行為"を断罪すべきであって、彼女は──」
──彼女はすでに神の代理人たる王太子殿下によって裁かれた身。それ以上の罪を与える必要は無い。それに罪人と言えど、先ほどまでの仕打ちと言い、ここまでの辱めを与える必要がどこにある?──
だが、セラドの言葉はデスフォルトに遮られた。
「ここで問答してもしょうがないだろうよ。それにほら、聖女様は、こいつを"追放"しておきなさい……ってよ」
クラリスをかばうように傍にいたリュシアごと、無造作に蹴り飛ばす。
「デスフォルトォォォォォォッ!!!」
セラドはデスフォルトの両肩を掴んだ。
広場の空気が、ひときわ凍りつく。
ぎちぎちと肩の留め具から悲鳴が聞こえ始めたところで、デスフォルトは大袈裟に痛そうなそぶりをすると、セラドの両手を払いのけた。
「おお、怖い、怖い……」
しばらくの間、デスフォルトは、セラドと睨み合うようにしていたが、やがてそう言い残すと、両手をひらひらとさせながら、広間に姿を現した時と同じように悠然と祭壇の方へと下がっていった。
セラドはリオネルに向き直ると言った。
「殿下、この神聖なる神託の間が、血で汚れるような真似はお望みではありますまい。クラリス様……いやクラリスの件は私めにお任せいただけませんでしょうか」
「……ああ、そうだな……任せよう……」
安心したようにリオネルはそう言うと、ミラを見た。
ミラは黙って広間の様子を見つめていたが、やがて、やさしく微笑み頷いた。




