第10話 断罪の鐘は鳴った -後編-
聖女の予期せぬ言葉に、神託の間が小さくざわついた。
「神託を読む……? 祈りの言葉ではないのか?」
そこにいる皆が息を潜め、次の言葉を待っていた。
壇上に立つのは、聖女ミラ・セレスタ。
その手には、神託を記した石版の写本が開かれている。
白い祭衣を揺らし、ミラが、静かに口を開いた。
「『主の言葉をここに記す』──」
その声は澄み渡り、広間に響き渡る。
「汝ら、聖の座を汚す者を見よ
彼の者は光を戴きて生まれ、されど闇を孕みし者なり
ただ歩を進むれば、大地は割れ、空は裂け、流れは枯れん──」
神託の文が、一節ずつ詠まれていくたびに、広間の空気がわずかに冷たくなる。
誰もが、心のどこかで知っていた。
この言葉が、これから“誰か”を指し示すのだと。
「穢れし祝福は子等を惑わし、父をも欺く
その者、ついに咎を負いて退けられん」
冷たさを増していく静寂の中で、クラリスは、この場に、自分一人だけになってしまうような感覚にとらわれていた。
いつの間にかリオネルの手が、クラリスから離れていたことも、その思いをより一層強くした。
それでも、なお、儀礼用のきらびやかな衣装を纏い、クラリスは立っていた。
聴衆の視線を背中に受けながら、彼女はただ前を見ていた。
何度か崩れ落ちそうになるのを必死にこらえ、壇上を見つめていた。
「されど一つ、覚えよ──
闇と光交わるとき、大地より三度立ち上がり、すべてを流さんとす」
最後の一節を読み終えたミラが、ゆっくりと神託の書を閉じる。
そして──静かに告げた。
「この神託は、今まさに現実となろうとしています」
ミラの声が震えるように響く。
「この神託が示す“聖の座を汚す者”──
それは、クラリス・アルデンティア、その人です」
空気が弾けた。
「なんと……!」
「やはり、噂は真実だったのだ!」
「まさか、クラリス様が……?」
「いや、でも聖女様が……」
騒然とする場内。だがクラリスは、まるで別世界のような静けさの中にいた。
自分が、神の名のもとに告発されたという事実が、まだ現実と結びついていなかった。
気づけば、いつの間にかリオネルはミラの横にいた。
祭壇に静かに立ち、この場の空気を制するように片手を掲げていた。
一度めいめいに散った視線が、再び壇上に集まる。
彼の表情は沈み、はじめクラリスをじっと見つめていた視線はやがて、どこにも焦点を合わせなくなっていた。
「クラリス……信じたかった……、だが……これが、神の御言葉というのであれば……私は──」
その口から発せられたのは──
「……私は──余は、王国と神の名において、クラリス・アルデンティアとの婚約を破棄する。そして、王都からの追放を、ここに命ずる」
広間が静まり返った。
クラリスは壇上に立つリオネルの姿をただ茫然と眺めていた。
リオネルの目はクラリスの視線を避けるかのように、天窓から射す光の中を彷徨っていたが、やがてその目を硬く閉じ、唇を噛んだ。
鐘の音だけが、遠くで鳴り響いていた。




