第48話 暗夜に溶ける闇の牙
魔大洋に降り注ぐ太陽の下、僕らは直ちに反撃へと転じた。潮風は穏やかだが、その下に潜む牙の数を、今の僕らは痛いほど知っている。ワスプ大佐ら海軍の連中に「始末した」と思われている今この瞬間こそ、奴らの喉元を食い破る最大の好機だ。死んだはずの獲物が、闇から牙を剥く――それ以上に残酷な反撃はない。
「ウンチョウ、今からワスプの戦艦を追えるかな?」
僕の問いに、ウンチョウは一瞬だけ海面を睨み、すぐに自信に満ちた笑みを浮かべた。
「へい! お任せを。あの艦には既に数人の仲間を張り付かせてやす。行き先は……この方角なら間違いねぇ。『収容所島』ですぜ」
胸の奥で、嫌な音が鳴った。おのれ、レキシントン。やはり人魚たちを隔離・収容している場所があるのか。そしてワスプは、その地獄への“ついで仕事”として、僕らを始末し、財宝を奪った。人の命も、尊厳も、貨幣と同じ重さでしか測れない連中だ。
「夜までに追いついて、あの戦艦を乗っ取る。そのまま収容所から人魚たちを解放するんだ!」
言葉にした瞬間、覚悟が現実へと変わるのを感じた。
「ア、アズマ兄貴ぃ〜! お願いしやす……っ! 俺たちだけじゃ、近づくことさえ出来なかったんでさぁ!」
ごつい筋肉を震わせて泣きつくウンチョウ等が僕に抱きついてくる。命を賭ける理由が、彼らにははっきりとあるのだ。
「ええーい、とりあえず離れてよー」
暑苦しい義弟たちをひっぺがし、僕はアシュレイさんに向き直った。この作戦の成否は、彼女の魔法にかかっている。
「アシュレイさん、この船で先回りできますか?」
「ふふっ、お任せあれ。私の補助魔法は『魔力』が絡むものなら大抵バフをかけられるわ」
彼女の声には、戦場に立つ者特有の高揚が滲んでいた。次の瞬間、アシュレイさんは一切の躊躇なく多重詠唱に入る。
「物質強化・魔力増幅・効果倍増・水抵抗軽減・浮力増加・時間増量……!」
漁船の魔力エンジンが低く唸り、船体を覆うように魔法陣が重なっていく。操船を担当するノワールが前進にギアを入れた瞬間、大型漁船は海面を滑るように加速した。それは、僕がかつて呉の港で見慣れていた「高速艇」と寸分違わぬ速度だった。
「凄い! これなら戦艦の最大船速を大きく上回る!」
「マスター、見張りは私と人魚たちに任せて、今のうちに身体を休めてください。魔力探知に引っかからないよう、慎重に先回りしますから」
その言葉に、張り詰めていた糸がわずかに緩む。生き残るための準備も、戦いの一部だ。先に女性陣が船室に消え、僕は甲板で若旦那衣装を脱ぎ捨て、頭から水を被った。海水の冷たさが、処刑の記憶を洗い流していく。
「兄貴! 流石ですぜ! 凄まじいまでの『オスのオーラ』……憧れますぜ!」
「は? なんなんだよぅー?」
「いやいや、あっしのマーメイド・アイは誤魔化せやせん。兄貴の股間の輝きは尋常じゃねぇ……伝説のスキル【物干し竿】をその身に宿していらっしゃるとは!」
「「あーにーきー! あーにーきー!」」
「やめろぉ! 恥ずかしいから叫ぶなよー!」
船室の窓から着替えを終えたイリスが顔を出し、「ご主人様楽しそうですね」とクスクス笑っていた。この一瞬の馬鹿騒ぎが、後に来る地獄を忘れさせる、貴重な呼吸だ。
***
その頃――最新鋭戦艦『レトヴィザン』の特別室では、黄金の光が男たちの欲を照らしていた。僕らアズマ一行が放蕩な遊び人を演出するために持ち込んだ莫大な金貨・宝石を数えていたのだ。
「ハハハハハ! チョロいもんだ、エチゴのちりめん問屋というのは。いやぁー儲かってるんだな。これだけの財貨をレキシントン閣下へ上納すれば、私の将官への道は約束されたも同然だ」
「大佐殿、私の出世の方もよしなにお願いいたしますぞ」
「わかっている。……収容所島で生きのいい奴を選別して帰るだけの退屈な任務だと思っていたが、思わぬ役得だったな」
ワスプは金貨の詰まった革袋をひとつを艦長に放ってよこした。
「ワイフに何か買ってやるがいい。明日には島に到着だ。気を引き締めていけよ。帰投するまでが任務だ」
「はっ!了解しました!」
艦長を退出させると奪った財宝を金庫に納め、ワスプは輝かしい未来を夢見ながら眠りについた。彼は自らの勝利を疑いもしない。死体は海に沈み、秘密は守られ、栄達の道は開かれた。――そう、思い込んでいる。
***
その晩は、新月だった。空には月影ひとつなく、海もまた光を拒むように黒く沈んでいる。この世界にある月が全く光を落とさない、闇の女神ディスフィアの力が最も高まる、漆黒の夜。真夜中に僕らの乗った漁船が戦艦に近づいていく。まるで、闇そのものがこちらを包み込み、導いているかのようだった。
この世界の戦艦は魔力装甲に魔力砲を搭載している。なので索敵には魔力探知が使われるのだ。それは合理的で、洗練された方法だった。複数の魔導師水兵が魔力探知能力を増幅する装置によって捜索範囲を広げ、また探知時間を伸ばしている。海軍は、この優秀な「魔力探知レーダー」を過信していた。戦艦は絶えず目を光らせ、360度全方位からの魔力反応を監視している。
だが、その“目”は、あまりにも一点を見つめすぎていた。それゆえに彼らは、旧来の「肉眼による監視」を疎かにしていたのだ。闇の中で、何も発光しない存在が迫るという可能性を、完全に切り捨てていた。音もなく、海面を滑る影。波は立たず、水音すらほとんどない。魔力エンジンを切り、ヨクトクら屈強な人魚たちの曳航によって進む漁船は、魔力反応を一切出さない。
さらにアシュレイさんの隠蔽魔法が、船から漏れる僅かな気配すらも闇に溶かしている。存在しているのに、存在しない。そんな矛盾そのものが、今の僕らだった。
「ガハハハッ!我らのマーメイド・アイは暗い深海での行動も可能にするのだ……」
ウンチョウの低い笑い声は、誇りだった。生まれながらに海と共に在る者だけが持つ、絶対的な感覚。ウンチョウが戦艦への接舷をサポートし、人魚たちが次々と鉤爪付きのロープを投げ込んだ。闇の中を走る軌道は、まるで訓練された兵の投擲のように正確だ。ガチリ、と鉄の爪が戦艦の舷側を掴む。その音は小さく、だが確かに“侵入”を告げていた。それを伝って、一人、また一人と上甲板へ音もなく降り立つ。呼吸を殺し、気配を沈め、闇の一部になる。僕、イリス、ユリシア、アシュレイ、ノワール、トラ子。ここにいる全員が、もう退かないと決めていた。
「……さあ、いこう。みんな」
僕はすらりと魔剣を抜いた。月のない夜、処刑騎士の刃が、甘い夢を見る侵略者たちの頭上で冷たく煌めいた。
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