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第47話 義兄弟船

 海軍戦艦のスクリュー音が、低い唸りとなって遠ざかっていく。それはまるで、こちらの命を確実に切り捨てたことを確認する、冷酷な合図のようだった。足元の重りが、容赦なく身体を引きずり下ろす。肺が悲鳴を上げ、視界の端が暗く滲み始める。心臓の鼓動だけがやけに大きく、遅くなっていく。


 ――まずい。本気で、死ぬ。そう思った、その瞬間だった。 ――カッ、と。泡に包まれたイリスの瞳が、深紅に燃え上がった。理性の光ではない。優しさの光でもない。それは、闇の女神ディスフィア様が降臨した証だった。


 イリス(女神)は、一切の躊躇なく動いた。水中とは思えぬ異様な怪力で手首のロープを引きちぎり、周囲に闇の魔力を展開する。 《闇の防壁ダーク・シェル!》 黒紫のドームが広がり、僕らを包み込んだ。水の圧が消え、肺に空気が戻ってくる感覚。溺死寸前だった身体が、ぎりぎりのところで現実に引き戻される。


 イリスは間髪入れず、収納魔法を展開した。 闇の中から、見慣れた装備が次々と現れる。


「ご主人様! 今助けます!」


 魔剣の閃光が走り、足枷が弾け飛ぶ。 次の瞬間、柄が僕の手に押し付けられた。――重い。だが、それは生きている証でもあった。僕らは無言で動いた。アシュレイ、ユリシア、トラ子。次々とロープを断ち切り、必死に海面を目指す。


 ――ザバーン!!


 水面を破った瞬間、肺いっぱいに空気が流れ込んだ。喉が焼ける。胸が痛む。だが、それすら生きている実感だった。


「みんな! 大丈夫か!?」


「……ああ~。死ぬかと思った。ありがとう、イリスちゃん」


「はぁ、はぁ……許しませんわ。ワスプ……あいつ、絶対に爆殺してやりますわ!」


「ぶはぁ! トラ子……泳ぐの初めてだから……ぶくぶく……」


「トラ子さん! これを使って!」


 イリスが取り出したのは、オレンジ色に輝く奇妙な装備。地球の知恵――ライフジャケットだ。命綱が次々と装着され、全員がようやく沈没の恐怖から解放される。とりあえず、今日一日は沈まない。だが、ここは魔大洋。助かった“直後”が、最も危険な場所だ。


「ギエェーー!!」


 遠くで響く咆哮。波が割れ、巨大な影がこちらへ突進してくる。


「ご主人様、アレを見て!首長竜ですぅー!」


「なんですとぉ!? ……本当だ、プレシオサウルスみたいだ!」


「アズマくん、恐竜図鑑見てる場合じゃないわよ! あれの好物は人間よ!」


「とりあえず私にお任せ下さいませ!」


 ユリシアが杖を構え、魔力を一気に解放する。


「ウォーター・カッター!!」


 圧縮された水の円盤が、長い首を正確に捉えた。スパーン、と乾いた音。巨体が崩れ落ち、海面が赤く染まる。


「やったー! ユリシアさん!」


「くっ……! 今のでかなりムラムラと……あん♡」


「今は我慢してくださいよ!」


 だが、血の匂いは祝福ではない。それは、モンスターへの招待状だった。巨大なヒレが見える。魚竜。古代サメ。四方八方から押し寄せる影。明らかにここは奴らの巣だ。


「イリス、ユリシアさん! 魔法でなんとかなるぅ!?」


「数が多すぎますぅー!」イリスの悲鳴が響く。


 ――囲まれた。 完全に。


***


 その時だった。海中から、矢のような影が突き抜けてきた。いや、魚雷か?いや――違う。


「「マーメイド・アタァーック!!」」 「「マーメイド・カッター!!」」


 野太い咆哮と共に、海面が爆ぜる。襲いかかろうとしていた魔物たちが、次々と宙を舞い、粉砕されていく。


「な、なんだ!? あの声は……」


 そして、歌声。


『波の谷間に〜 命の花が〜♪』 『ふたつ並んで〜 咲いている〜♪』


「……あの歌は!」


『兄弟船は〜 親父のかたみ〜♪』 『型は古いが〜 しけにはつよい〜♪』 『『おれと兄貴のヨ〜 夢の揺り籠さ〜!!』』


 波間から現れたのは――筋骨隆々の人魚たち。下半身を魚形に変え、海を縦横無尽に裂いて進む姿は、もはや伝説だった。


「アズマの兄貴〜! どうにか間に合いましたなー!」


「アシュレイ姐さんも皆さんもご無事で! 安心しましたぜ!」


「みんな! 助けに来てくれたんだな! ありがとう!」


 ウンチョウたちは、海に祝福された存在だった。泳ぎは速く、動きは鋭く、何より――迷いがない。


「兄貴、話は後だ。ここは魔物の巣、すぐに脱出しないとあぶねぇ!」


 僕らは、筋肉の背中にしがみついた。人魚たちは海を裂き、魔物を翻弄し、危険海域を一気に突破する。三十分後。水平線に、一隻の船影が浮かんだ。外洋でも漁が可能な大型漁船だ。


「マスター! よかったです!」


 甲板で手を振るノワール。ディスフィア様の神託が、確実に届いていた。


***


 船上に引き上げられた瞬間、全身の力が抜けた。生きている。本当に。


「アズマ兄貴! 紹介しやす。こいつがわしの義弟のヨクトクでさぁ。レジスタンスの副リーダーをさせておりやす」


 ウンチョウをさらに超える筋肉の塊のような人魚が、深く頭を下げる。


「あっしも是非、アズマ兄貴の義弟にしてやってくだせぇ!」


「え、あ、まあいいよ。命の恩人だしね」


「ありがとうございます! それじゃあ、さっそく義兄弟の契りをいたしやす!」


 刹那。人魚たちが一斉に膝を突いた。なんか嫌な予感がした。


「「我ら、同年同月同日に生まるるを得ずとも、願わくば同年同月同日に死せん!!」」


「え? ……ええぇー!? 何それ、重い! 誓いが重すぎるよ!」


「ゲヘヘ、どこまでも着いていきやすぜ、兄貴!」ウンチョウとヨクトクが満面の笑みでポンと僕の肩を叩く。


「さすがご主人様! 異種族の間で絶大な人気を博してますぅー!」


「違うんだイリス……僕の望んだ人望とか人気ってのは、もっとこう、キラキラしたものだったんだぁー!!」


 魔大洋の真ん中で、僕の悲鳴と、漢たちの野太い笑い声が交差する。ワスプ大佐への復讐。そして、レキシントン提督との決戦。最高に強力で、最高に暑苦しい義兄弟と共に――反撃の狼煙は、確かに上がった。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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