第45話 ちりめん問屋の若旦那
奴隷人魚解放戦線の漢たちとの激闘から三日後。僕らは遂に、アストラリア王国の東の果て――港湾都市イーストフォークへと足を踏み入れた。街に近づくにつれ、潮の香りが濃くなる。だが、それと同時に鼻を刺すのは鉄と油の匂いだった。漁港の活気とは明らかに異なる、武器と軍需物資の匂い。ここが「王国最大の軍港」であることを、否応なく思い知らされる。
堅牢な城壁が街を囲み、要所要所には鐘楼がそびえ立つ。その全てが海を睨み、外敵だけでなく――内側に住む者すら監視しているように見えた。治安は完璧。だがそれは、自由が存在しないという意味でもある。海軍元帥レキシントン。この街は、名実ともに総督でもある彼の私物だった。
僕らの隊商は半日以上かけて、幾重にも重なる検問を突破した。 荷の中身、身分証、紹介状。そのすべてを、冷たい目をした海軍の兵士たちが徹底的に確認していく。ようやく街に入り、護衛任務を終えて冒険者ギルドで報酬を受け取った直後――僕らは即座に「脱皮」を開始した。
この街で冒険者は目立つ。 こそこそと隠れて動き回れば、即座に消されるだろう。僕は魔剣をイリスの収納魔法に預け、軽装の剣士から一転、金と遊びに溺れた若き商人の装いへと身を変えた。最高級のシルク。刺繍入りの上着。指には宝石の指輪。剣の代わりに、無駄に派手な扇子を手にする。この華美な服は、鎧ではない。汚れに染まるための皮だ。
「エチゴ王国のちりめん問屋の若旦那、アズマ。設定はどうしようもない放蕩息子かぁ。……アシュレイさん、本当にこれで大丈夫なの?」
「ふふっ、バカを演じるのが一番の隠れ蓑よ。ほら、胸を張って!」
胸を張る。その動作一つで、心の中の闇の勇者を押し殺す。アシュレイは執事兼お目付け役。背筋を伸ばし、柔和だが隙のない視線を周囲に配っている。ユリシアは、金を貢がせて男を弄ぶ放蕩貴族令嬢。僕の愛人役で宝石と快楽をこよなく愛する女だ。そしてイリスとトラ子は―― 首輪付きの「愛玩用奴隷メイド」。可哀そうだがグッと我慢してもらっている。その設定が、この街では一切の違和感なく通用してしまうことが、何よりも胸糞悪かった。
僕らは金に糸目をつけず、街で一番豪奢な馬車を雇い、堂々とイーストフォークで最高級のホテルへと乗り込む。
「ハハハ! なんだ、時化たホテルだな。なあ、ユリちゃんどう思う?」
「ホーッホッホッホ! ダーリン、もっとマシな宿はないんですの?」
ユリシアの芝居は完璧だった。 声、仕草、目線。そのすべてが「面倒な金持ち女」を演じきっている。僕は内心で胃が縮むのを感じながら、同時に感心していた。
「若旦那様、お慎みください。一応ここが街一番でございますよ」
アシュレイが執事として慇懃に頭を下げ、場を収める。 メイド服のイリスとトラ子は視線を伏せ、黙々と荷物を運ぶ。その姿を見た周囲の客や従業員は、誰一人として疑問を抱かなかった。――それが、この街の日常なのだ。支配人は、サラトガ伯爵の紹介状を見るなり、態度を豹変させた。揉み手をしながら深々と頭を下げ、まるで神を迎えるかのような勢いで僕らを迎え入れる。
「アズマ御一行様! ようこそお越しくださいました!」
「よろしく頼むよ。一ヶ月ほど遊び倒すつもりだからね。……ああ、それからアシュレイ。明日から『アレ』を探すぞ」
僕はロビー全体に聞こえるよう、わざと声を張り上げた。「ぴちぴちの美少女人魚だ! 売ってくれるなら金貨一万枚くらい、ポンと出すのになぁ!」
周囲の視線が、一斉にこちらに集まる。 好奇、軽蔑、羨望――そして、計算するような目。――撒いた。十分すぎるほどの餌を。
***
それからの三日間。僕らは徹底的に「金に飽かした放蕩馬鹿息子」を演じ続けた。地下カジノや高級娼館や大奴隷商会を渡り歩き、博打と酒と女に金をばら撒く。行く先々で「人魚(尾びれの付いた天使希望だっ)を売れ!」と騒ぎ、断られては金額を吊り上げる。コソコソ動かない。むしろ、目立つ。海軍が睨みを利かせているからこそ、堂々と。
「1ミリも強者オーラがない勇者って……(しくしく)」
「いいのよアズマくん。女の子にちやほやされる鼻の下を伸ばした顔を見れば、どんな組織も油断するわ」
「まあまあ、みんな演技ですわ良一郎様。いずれヤバイ筋から接触があるはずです」アシュレイとユリシアの言葉通りだった。
四日目の夜。 ついに、向こうから動いてきた。海軍御用達の大商会――その名を聞いただけで、この街の裏側が透けて見えるような奴隷商から、密やかな招待が届く。僕らが案内されたのは、街で最も格式の高い料亭。 重厚な扉の奥、外界から完全に隔絶された奥座敷。そこにいたのは、脂肪を蓄えた奴隷商と、長身痩躯で氷のような視線を持つ海軍将校だった。
「お招きいただき感謝します。エチゴのちりめん問屋、アズマでございます」
「ご紹介しましょう。こちらはワスプ大佐。海軍で『人魚の保護活動』を担当している責任者の一人です」
「保護活動!? やはり人魚は絶滅していなかったのですか!」
僕が身を乗り出すと、ワスプ大佐は薄く笑った。
「若旦那、君のことは調べさせてもらったよ。あの獣人マニアのサラトガ伯爵とも昵懇だそうだな」
一瞬、背中に冷たいものが走る。(この街では、“調べられる”という事実そのものが脅しだった)
「ほほぅ、バレちゃいましたか。僕は珍しい亜人の美女をコレクションするのが趣味でしてね。人魚は長年の夢なんです。金に糸目はつけませんよ」
「……いいでしょう。ただし、海軍が保護に関わっていることは他言無用に願いたい」
「もちろんですとも!」
僕がアシュレイへ目配せする。その合図で、金貨の詰まった革袋がドンドンドンとテーブルの上に並ぶ。重く、鈍い金属音が部屋に響くたび、ワスプ大佐の表情が緩んでいく。
「……分かりました。明日の早朝、第一埠頭へお越しください。我が艦艇で『人魚保護区』までお送りしましょう。そこでお好みの歌う宝石をお選びいただきましょう」
僕は満足げに頷きながら、胸の奥で静かに闘志を研ぎ澄ませる。巨悪の懐。その最奥へ踏み込む扉が、今、確かに開いた。
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