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第44話 人魚たちの告白

 焚き火の爆ぜる音だけが、峠の夜に残っていた。血と汗と魚の匂いがまだ空気に染みついている。筋肉達磨――もとい、人魚たちは少し距離を置いて座り込み、その中心でウンチョウが低い声を絞り出す。僕らは、奴隷人魚解放戦線のリーダー・ウンチョウから、敵の正体を聞き出すべく耳を傾けた。


「海軍提督レキシントン……」


 その名を口にした瞬間、焚き火の影が揺れ、男たちの顔に沈んだ陰が落ちる。レキシントンはアストラリア王国の名門軍事貴族の出身。代々、将軍や騎士団長を輩出してきたエリート中のエリート。二十年ほど前、海洋国家ブルーランドとの覇権争いにおいて、アストラリア海軍を率い、歴史に名を刻む大勝利を収めた英雄だったという。


「当時は……民衆も、兵も、皆あの男を讃えていましたでさぁ」ウンチョウは拳を握りしめる。


「その功績で、王国の海上戦力はほぼ全て、奴の手に委ねられた。軍港イーストフォークを根城に、誰も逆らえねぇ存在になりやした」英雄。勝者。だからこそ――誰も止められなかった。


 当時、この東の海には多くの人魚が生息していた。人魚と人間は互いに生活圏を分け、不干渉を貫いていた。争いもなければ、交流もない。ただ海と陸が別れていただけの関係。だが――人間界には、古くから囁かれる伝説があった。――人魚の「不老不死」伝説。


「不老不死伝説……。地球の日本にも、似た話があったような」


 僕が思わず口を挟むと、イリスがぱちりと瞬きをする。


「ご主人様、ご存じなのですか?」


「詳しくは知らないけど、人魚の肉を食べた女性が何百年も生きた、とか……そんな話だよ」


 その瞬間、ウンチョウが深く、重く息を吐いた。


「……この際ですから、本当のことを申し上げますぜ」


 焚き火の赤が、彼の顔を下から照らす。


「人魚の肉を食えば不老不死になるという話……ある意味、嘘じゃねぇんです」


「えっ、本当なの? 誰でもなれるのか?」


「いいえ」即答だった。


「レベルの低い者が食えば、その強大な魔力に耐えきれず、内側から弾け飛びやす。……ですが、レキシントンは別格です」


 ウンチョウの声が低く沈む。


「推定レベル100以上。奴はイーストフォークを支配して以来、人魚を捕らえては食らってきたんでさぁ」


 背筋を、冷たいものが走った。「じゃあ……殺しても死なない身体なのか?」


「不老はともかく、不死……とは少し違いますな」 ウンチョウは、苦々しく笑う。


「奴には『残機スペア』があるんでさぁ」


 僕は頭に「?」が浮かぶ。 「……ざんき?」


「残機というのは予備の魂です」 淡々と語られる内容が、あまりにも異常だった。


「死んだ瞬間、ストックされた魂をひとつ消費し、その場で完全復活する。わしらは……実際に見ました。斬り伏せたはずの男が、次の瞬間、何事もなかったかのように立ち上がる姿を」


「ガーン……」思わず声が漏れる。「それじゃ、ぶった斬ってもすぐ蘇るってことか!?」


「そうです」ウンチョウの目に、悔恨と憎悪が宿る。


「この十数年で、どれだけの仲間が食われ、どれだけの残機が増えたか……想像もつきやせん。人魚族を残らず捕獲し、自分の“予備の命”にするために、奴隷として管理しているんでさぁ……!」


《おのれレキシントン、なんという事をするのじゃ》


 ディスフィア様の声が、夜気を切り裂いた。いつもの戯画的な響きではない。剥き出しの怒りだ。


《自らの不老不死のため、種族そのものを命の倉庫として囲い込み、貪り続けるとは……人の皮を被った悪魔じゃな》


 仲間たちが義憤に震える中、僕は一人、別の意味で震えていた。


(えーん……そんな怪物に僕が勝てるわけないだろ……!怖いよ! 逃げたいよう!)


***


 ウンチョウの話によれば、捕らえられた人魚たちは絶海の孤島に移送され、「海に近寄ること」を禁じられたまま、農耕生活を強いられているという。周囲は海のSランク魔物と人魚とて泳ぎ切るのも難しい大激流。逃げ場は、ない。


「事情はわかったわ」アシュレイが、静かに言った。「……ちなみに、この隊商を襲った理由は?」


「この規模の隊商なら、必ず『提督への裏金』が積まれているんでさぁ」ウンチョウは吐き捨てる。


「海から吸い上げた交易品を王都へ送り、その対価で海軍をさらに増強する。その資金源を断とうとしたんですが……」


「くっそ……!」思わず拳を握る。


「僕らが護衛してたのは、そんな汚い金だったのか……」 知らなかった。善意でやっていた仕事が、悪を太らせていた。


「アシュレイさん、どうします?」


「ここはこのまま無事に届けましょう 下手に動きを悟られない方がいいわ」彼女は即断した。


「今は荷を届け、敵に悟られないことが最優先。ノワールちゃん、この人魚たちをアジトへ。連絡役をお願い」


「承知しました。通信はディスフィア様経由でご指示ください」


《ふふっ、よかろう》 ディスフィア様が、満足げに笑う。


《その前にひとつ》 視線がウンチョウたちに向けられた。


《者どもに告ぐ。この吾妻良一郎こそ、わしが見込んだ闇の勇者。今日からこの男に忠誠を誓うのじゃ》


「ははっ! 承知!」 ウンチョウが深く頭を下げる。


「では今日から、敬意を込めて『兄貴』と呼ばせていただきます!」


「えー……嫌だなぁ……」


《良一郎……なんか言った?》


「い、いえ! 嬉しいなぁ! 舎弟ができて最高だなぁ!」


 次の瞬間。「アズマ兄貴ぃ!!」「頼りにしてますぜ兄貴!」「兄貴もいい身体じゃないですか。一緒に鍛えましょうぜ!」筋肉の壁が押し寄せる。暑い。魚臭い。


 そして何より―― 「違う……僕が望んだマーメイド・ファンタジーは、こんなんじゃない……」(しくしく) その悲痛な叫びは、漢たちの歓喜の咆哮にかき消された。


 こうして一行は(一部を除いて)奇妙な結束を固め、腐敗した港町イーストフォークへと足を踏み入れる。海は、もうすぐそこだ。解放の舞台は、深く、暗く、そして血に染まって待っている。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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