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第42話 漢(おとこ)たちの正体

 高々と振り上げられた青龍偃月刀が、僕の首を刎ねようと襲い掛かって来た、その刹那だった。


 ――ガキィーン!!!


 峠全体が震えたかのような、重く鈍い金属音。火花が散り、視界が一瞬、白く弾ける。僕の目の前に、影が割り込んだ。闇の女神ディスフィア様から最上級の祝福を授けられた死者のリッチ、ノワール。


 彼女はいつの間にか、リーダーと僕の間に立ちはだかり、巨大な青龍偃月刀を片手のレイピアで受け止めていた。 ――否、正確には「受け止めさせていた」。物理攻撃無効の身体。その事実を理解していない敵の力が、ただ虚しくぶつかっているだけだった。


「ふぅ……危機一髪でしたね、マスター」


 涼しい声。まるで散歩の途中に転びそうになった人を支えたかのような口調だ。


「ノワール!? 来てくれたんだ!」


「ええ。恐ろしい魔声に魔歌……ですが」


 ノワールは、軽く首を傾げる。


「心臓も、肺も、鼓膜も止まっている不死者の私には……効きませんわ」


「なんだと!? お嬢ちゃん……アンデッドなのか?」


 リーダーの声に、明確な動揺が混じった。それと同時に、男たちの合唱が、ほんの一拍――乱れる。 その“隙”に、僕は歯を食いしばって体勢を立て直した。周囲を見渡す。立っていられるのは、強力な耐性を持つアズマ一行だけ。他の護衛たちは、耳を塞ぎ、地面に伏し、呻き声を上げている。


「アズマくん! こいつらの正体、なんとなくわかったわ!」


 アシュレイが耳を塞ぎながら叫ぶ。


「殺さないで! HPを一桁……死なないギリギリまで削って!」


「ええぇーっ!? そんな精密なこと出来るかなぁ!?」


 その間にも、筋肉達磨たちは喉を震わせ、再び歌おうとしている。


「うがぁー! あの歌を聴いちゃダメなのに……どうすれば!」


 僕の側で起き上がったイリスが力強くアドバイスしてくれる。


「ご主人様! 『ドラゴンボイス』ですぅー! ご主人様も歌ってください!」


 魔法知識の宝庫であるユリシアも賛同する。


「そうですわ良一郎様! 歌には歌をぶつけるのですわ!」


 正直、無茶振りにも程がある。だが、やるしかない。僕は腹の底から息を吸い、覚悟を決めた。そして、日本の往年のアイドルソングを――この異世界に叩きつける。


「仕方ない……歌うぞ! ――見つめ合う~~♪ 視線のレーザービームでぇ~~♪」


「「「夜空に描く~~♪ 色とりどりの恋模様ぉ~~♪」」」


 ――世界が、狂った。峠は一瞬で、演歌 vs アイドルの歌合戦会場と化す。情念の重低音と、軽快なアップテンポが真正面から激突。その結果は耐えがたい不協和音。しかし、その衝突が生み出したのは――魔力の相殺だった。身体が、軽い。


「今だ! アズマ・あたぁーっく!」


 僕は敢えて魔剣の峰を選び、全体重を乗せて振り下ろした。


「ガハッ……!?」


 マンイーターが、リーダーの生気を根こそぎ啜り取る。 白目を剥いた大男が、音を立てて崩れ落ちた。それを合図に、戦況は一気に反転する。 ユリシアのアイアンクローが頭部を掴み、至近距離でのプチ爆発魔法が脳を揺さぶる。 トラ子は超神技的足捌で背後に回り込み、渾身のジェットなアッパーで巨漢を宙に打ち上げる。 ノワールのレイピアは、急所を正確に避けながら、動きを奪うためだけに突き立てられた。 


 最後に、イリスの『闇の鎖』が、漢たちをまとめて縛り上げる。この鎖は触れた場所から漢たちの筋力という“大事なモノ”を奪っていく。


「やめろー! 筋肉が……一生懸命鍛えた俺たちの筋肉が萎んでいくぅーー!」


 闇の魔力に生気を吸われ、隆起していた筋肉が見る見る萎む。漢たちは、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら崩れ落ちた。


***


 圧巻だったのは、その後だ。半死半生の男たちを、アシュレイが妖しく輝く瞳で見下ろす。その瞬間、僕の視界にシステムウィンドウが躍り出た。


『個体:人魚(男)が、自分を打ち破った強者である貴方に興味を持っています』

『テイム(使役)しますか?』


「オッケー、みんなテイムしちゃいまーす!」


 アシュレイのあっけらかんとした宣言。魅了スキルが発動し、筋肉達磨たちは次々と彼女の使い魔へと書き換えられていく。ほんの数分。十数人の集団は、完全に制圧された。


「あの……この人たち、魔物なんですか? テイムできるってことは……」


「違うみたいよ、アズマくん。テイムスキルって人間以外の『亜人』ならOKみたいなの。 ステータスを見たけど――こいつら、間違いなく『人魚』よ」


「ええぇーっ!? 人魚って、もっとこう……腰から下が魚で、可憐な……」


「良一郎様はご存じないのですか? この世界の人魚は半精霊。自在に二足歩行と水中遊泳を使い分けられるのですわ」


「……ということは」 僕は目の前の、汗臭くごっつい筋肉塊を見る。


「このおっさん筋肉達磨が……人魚!?」 ロマンが、音を立てて崩れた。


「良ちゃん……本当に、この人たちから魚の匂いがするよ!」 トラ子がくんくんと鼻を鳴らす。


 ノワールが、淡々と補足した。 「やはり、ですか。海軍提督レキシントンは、人魚を奴隷化していると聞きます。脱走した一部が『奴隷人魚解放戦線』を名乗っているとか」


「じゃあ、このおっさんたちが……」


 アシュレイは、手懐けた人魚たちを一列に整列させる。


「全員整列! 今日から君たちは、私の部下よ。いい?」


「「「イエッサー!!」」」


「じゃあリーダー。名前と、どうして私たちを襲ったか……全部吐いてもらうわよ」


「アイアイサー!!」


 こうして僕らは、最悪に暑苦しい“海からの刺客”を手懐けた。イーストフォークの港は、もう目と鼻の先。だが事態は――確実に、さらに混沌へと踏み込んでいくのだった。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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