第4話 邪神さんからこんばんは
この世界で栄える王都の裏側、スラム街。
奴隷制が当たり前のこの国で、スラムに住む者は、病んで死を待つ者、危険な犯罪者、そして僕らのように訳ありの逃亡者ばかりだ。閑散としたスラム街の一角、崩れかけた廃屋に、僕とイリスは身を隠していた。
深夜、この最下層の地に堕ちてきた僕らをさらに喰い物にする人影が迫る。冒険者崩れか何かだろう。訳ありそうな人影を尾行し、寝入るのを見計らってやってくる、薄汚れた三人組の盗賊だ。彼らは僕らの僅かな荷物と、僕が持っている金貨を奪い取ろうと、手に手に武器を持っている。あわよくば僕らを捕縛し、奴隷商に売り渡すつもりなのだろう。
「へへ、年端もいかねぇガキ一匹に、女が一人かよ。楽勝だぜ」
盗人たちはそうほくそ笑んだ。この世界では、力のないものは徹底的に餌食にされる。一気に片をつけようと、その廃屋の部屋に踏み込んだ瞬間、それは起こった。
* * *
イリスは、自分が吾妻良一郎という不思議な少年に買われ、檻から解放されたことに心から感謝していた。彼女の信仰する邪神様は、この少年の到来を神託として伝えていた。この出会いこそが、彼女の運命を切り開く一歩であると、イリスは強く信じている。
二人で一枚のローブに包まり、崩れかけた壁を背に寝ていると、少年のまだあどけなさが残る顔がすぐ側にある。彼女は自分の中にある母性本能がきゅんと刺激されるのを感じていた。
(ご主人様……ずっと、ずっと一緒にいられますように……!)
そんな甘い夢を夢想していた矢先、無粋な輩が訪問してきた。イリスが用心のために密かに張った結界に、足を踏み入れてくる哀れな獲物が三つ。イリスは、ローブの影で口の端を微かに歪ませた。 ちょっぴり悪い顔で微笑する。
「あらあら。ご主人様の安眠を妨げようとするなんて、いけない方々ですね~」
イリスはローブの下から両手で邪神の印を結び、静かに詠唱する。
――闇の呪いが、発動する。
盗人たちは狼狽した。突然、目の前が真っ暗になったのだ。盗賊として夜目は効くはずなのに、そんな技能も意味をなさない。
「なんなんだ!? どうなってやがる!」
「おい! 返事しろ! そこにいないのか!」
「うぉーおお!何も見えねぇ!何も聞こえねぇ」
闇のバリアに捕えられた彼らは、やがて上下左右、天上天下の感覚さえ失い、身体を闇に投げ出すしかなかった。
* * *
イリスの紅い瞳が、妖しく光る。今、彼女は邪神ディスフィアと繋がっていた。
『ふむ……盗賊か。小者じゃが、イリスの大事なご主人様を害そうとした輩……死をもって償わせよう』
邪神の声が、イリスの脳内に響く。
「ディスフィア様〜。朝起きたら死体がゴロゴロでは、ご主人様が驚いてしまいます。穏便にできませんか?」
『では、肉体ごと消してしまえばいいのでは? ほれ、腐食の呪いでズブズブに分解したら』
「えーん、それじゃ匂いがすごいことになりますぅー! ご主人様、デリケートなんですよ!」
邪神様は呆れたような声を出した。
『チッ! 仕方ない。では、獣化の呪いをかけよう。ドブネズミにして、人の寿命分を小動物として生きる苦痛を味わわせてやるのじゃ』
「ナイスアイディアーでございます!」
イリスは邪神様からの提案に、可愛らしく拍手する。そして、ローブを翻して呪文を完成させた。
「では……えいっ!」
イリスの可愛い掛け声と共に、盗賊たちの身体が歪み、縮み、そして変化していく。ドブネズミの姿になった彼らは、人の心を持ったままその恐怖に打ち震えながら、スラムの闇へと逃げ出すのだった。
* * *
翌朝。僕は何も知らず、感じず、呑気にあくびをしながら目を覚ました。ローブの中でぬくぬくと温かかったのは、イリスが身を寄せてくれていたおかげだろう。
「イリス、おはよう。少しは寝られたかい?」
イリスは、聖女のような優しい笑顔で僕を見つめる。
「ご主人様、おはようございます。よくお休みでしたね。このイリスが全力でお護りしましたから」
「うーん。冒険者として屋外でグウグウ寝ちゃうのは、本当はどうなのかなぁ……?」
僕のボヤキに、イリスは優しい笑顔で言う。
「ご心配には及びません。ずっと側にいてくださいませ。それが、私の願いです」
(くっ……この献身的な愛! 彼女を誰にも馬鹿にされないように、絶対に強くならなきゃ!)
僕は心の中で決意を固め、廃屋の戸口へ向かった。今日から、世界を書き換えるための第一歩だ!
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