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第39話 旅立ちの支度

  一夜明けて。昨夜の喧騒が嘘のように、邸宅の中庭には朝の光が穏やかに差し込んでいた。地下迷宮のざわめきも、今は遠い。地上は、ただの朝だ。


 サラトガ伯爵は帰宅のための馬車を用意しながら、娘を諭していた。馬の鼻息、革具の擦れる音。出立の準備というものは、いつだって現実を突きつけてくる。


「トラ子……さあ、一緒に帰るよ」


 父の声は低く、しかし柔らかい。説得というより、願いに近かった。


「いやっ! パパ……トラ子はここに残ります!」


 即答だった。その声には迷いがなく、子供の駄々というより、覚悟を決めた戦士の響きがあった。


「もうー、我がまま言わないでくれ。娘が危険に飛び込むのを、親として容認できるわけないだろう」


 伯爵の言うことは、親として至極真っ当だった。これからの活動は、間違いなく王国最強の強者たちとの、血で血を洗う戦いが予想される。虎獣人の彼女は確かに強いが、あえて危険に身を投じる理由はない。


 だが、トラ子は僕の背中にぎゅっとしがみつき、爪が服越しに食い込むほど力を込めて、涙目で訴えてきた。


「パパ……トラ子は良ちゃんと一緒に、獣人のみんなのために戦いたいんだ。止めても無駄だよ!」


 背中越しに伝わる体温と震えが、彼女の本気を物語っていた。


「トラ子……お前の想いはわかる。だがな、その体格で拳を振るうだけの戦い方じゃ、いずれ限界が来る。足手まといになるだけだぞ」


 伯爵の声は厳しかった。愛情があるからこそ、甘やかさない。その言葉に、トラ子の耳がうなだれ、尻尾もしおしおと下がっていく。


 その時だった。 イリスの瞳が赤く光り、ディスフィア様が降臨する。


《ホッホッホッ!トラ子よ、殊勝な心掛けじゃ。忘れておったわ、お主にまだ『褒美』を遣わしておらなんだな》


 場の空気が一変する。神の声が届いた瞬間、人の理屈は一歩後ろに下がる。


 トラ子の瞳が、期待に満ちてらんらんと輝く。


「ディスフィア様! 本当ですか!?」


《何でも言うがよい。望みのままに叶えてやろう》


 その返事は即答だった。一瞬の逡巡すらない。


「背が低くなりたいです! 良ちゃんのお嫁さんに丁度いいくらいにしてください!」


 ……これからの激闘に役立つチートスキルを願うと思っていた僕らは、その場で派手にずっこけた。


《うーん……乙女チックな願いを言うものよ。どうしようかのうー》


「それはダメだぁーーー!!」


 反射的に、僕は跳ね起きて主張した。考えるより先に、口が動いていた。


「ええっ、良ちゃん?」


 トラ子が驚いて僕を見る。


「トラ子さんは、大女なのがいいんだ! でっかくて、強くて、優しくて、可愛くて……(爆乳で)! それが最大の魅力なんだからっ!」


 途中から完全に余計な本音が混じっていたが、引くに引けない。


「(うるうる)……良ちゃん。トラ子、大きくてもいいの?」


 僕は深く、力強く頷いた。


「うん。(折角のデカ女枠だし)そのままの君がいい!」


《そうか、そうか。ならばこんなのはどうじゃ?》


 ディスフィア様が楽しげに指を鳴らした。


《そのワガママボディでは防御ディフェンスが大変そうじゃ。代わりにスキル『超神技的足捌フットワーク』を授けよう》


「それって?」


《このスキルがあれば、敵の攻撃は掠りもせん。プチテレポートに近い速度で、自動的に敵の死角に回り込む優れモノじゃ》


 神の説明は、あまりにも軽い。


「おおぉー! それならパパも安心だよ!」


「やったー! 女神様、それでお願いします!」


 トラ子は歓喜し、伯爵は「とほほ、やっぱり行くのか」と肩を落とした。納得と諦観が、同時にそこにあった。


 トラ子は、後ろに控えていた狼獣人の美女メイド長・ウル美さんに声をかける。


「ウル美さん……パパをお願いね」


「お嬢様、お任せを。ご主人の夜のお相手……いえ、身の回りは私たちが責任を持ってお守りします」


 一瞬、伯爵の顔色が変わったが、もう娘を止める気力は残っていなかった。こうしてサラトガ伯爵は、全面協力を約束しつつ、ウル美さんにズルズルと引きずられながら屋敷を去っていった。


***


 翌日。僕らは冒険者ギルドでトラ子のパーティー登録を行った。朝のギルドは、相変わらず騒がしい。人が行き交う埃と汗と酒の匂いが混じった、いつもの空気だ。自由民の身分である彼女の登録はスムーズに進んだが、認定されたランクは最低の「E」。


「がるるるー! 暗黒拳の達人・山本トラ子がEランクなんて、過小評価にもほどがあるわー!」


「す、すいません! 規則ですので、未経験の方は最下位スタートなんですぅ!」


 受付のお姉さんがタジタジになる。


 ユリシアが横から扇子を広げて笑った。


「ホーッホッホッホ! トラ子さん、誰もが通る道ですわよ。観念なさい。わたくしだってまだ『D』ランクなんですもの」


「……それはユリシアちゃんの実力が、そこまでだからじゃ……」


「はぁ!? わたくしの実力はSランクですわよっ!!」


 空気が荒れ始めたところで、僕は慌てて割って入る。


「二人ともすとーっぷ!! 仲良くやりましょうよ。実力は僕が一番分かってますから」


「「良一郎様(良ちゃん)……嬉しい~♡」」


 左右から向けられる好意に、鼻の下が緩みそうになるのを必死で堪え、僕は受付嬢に尋ねた。


「あの、東の港湾都市『イーストフォーク』に関係するクエストってありますか?」


「隊商の護衛などでしょうか? 面白い案件となると……そうですね、今朝入ったばかりのこれなんて、どうかしら?」


 受け取った依頼書に目を通し、僕の目が「キラーン」と光った。


「いいですね。これ、引き受けます」


「いいんですか? 『人魚探し』なんて、誰も受けないと思ってたんですけど……。報酬も低いですし、人魚はもう絶滅したって噂ですよ?」


「ふふふ、いいんですよ。僕は転生者……この世界の『ロマン』を味わいたいんです」


 こうして僕らは「クエスト」という大義名分を掲げ、東へと旅立つことになった。ちなみにこの案件……実はサラトガ伯爵に裏から手を回してもらった、僕らしか受けそうにない「特注依頼」である。表向きのクエストは人魚探し。だがその裏では、海軍提督レキシントンを討つための暗闘が始まっていた。今まさに――「海」を舞台にした一大決戦の幕が上がろうとしていた。

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