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第38話 酔っ払いがイキる夜

 会食は続く。僕の異世界グルメ計画は無惨に潰えたが、僕らの闇の征服計画は絶賛進行中だ。夢は折れたが、刃は折れていない。むしろ、余計な幻想が削ぎ落とされた分だけ、現実がくっきりと見えてきた気がする。今日はこの地下迷宮の大神殿パワーにより、ディスフィア様が実体を持って姿を現している。神殿の空気はどこか張り詰め、同時に祝祭めいていた。神が「ここにいる」というだけで、場の格が一段上がる。


 宴会場の最上座、うっすらと透き通った女神の口に、お供え物の唐揚げが次々と消えていく。衣の砕ける音、油の香り。それを神が無邪気に味わっている光景は、荘厳さと馬鹿馬鹿しさが奇跡的なバランスで同居していた。神様がリアルに食事をする姿は、何度見てもシュールだ。


《ギャハハハ! 良一郎よ、アテが外れたのう》


 女神が愉快そうに笑う。その笑い声は雷鳴のようでもあり、ただの飲み会の野次のようでもあった。


 僕は『ストロング系』の缶をあおりながら毒づいた。喉を焼く炭酸とアルコールが、一気に思考を雑にしていく。


「ちくしょー、お見通しだったんですか? この世界の料理、美味さのベクトルが違うのを見落としてましたよ……しくしく」


 悔しさ半分、照れ半分。本気で世界を舐めていたわけじゃないが、逃げ道として「飯」を考えていたのは事実だ。


「事前に相談してくれればよかったのに。私も一時は『異世界食堂』を考えたんだけど、すぐに断念したんだよ」山本先輩が苦笑する。

 

「アイテムボックスから出す日用品も、こっちじゃ通用しない物が多くてね。くっそー、魔法だよ、魔法! 何でも魔法で解決しやがって……人類が積み上げてきた道具文化を簡単に覆しやがって、ちくしょう!」


 愚痴は完全に地球人同士のそれだった。文明論、文化論、敗北宣言。異世界転生者が一度は通る、どうしようもない壁。地球人二人の愚痴を、闇の女神が珍しく慈悲深い顔で宥めてくれた。


《まあそう嘆くな。地球の文化は確かに素晴らしい。少しずつ活かしていくがよい。……あと、山本浩次よ。我が陣営への加盟を祝して褒美を遣わそう。何が望みか?》


 場の空気が、わずかに引き締まる。神からの「褒美」。軽く聞こえて、重い言葉だ。


「おおっ……! 身に余る光栄です。ですが、もう欲も薄れました。今はただ、娘やこの獣人の子たちの幸せを願うばかりで……」


 欲望を超えた願い。それはこの闇陣営において、むしろ信用できる答えだった。


「ふふっ、よかろう。皆をいずれ魔大陸へ送り返してやろう。……良一郎よ、次は『東』じゃ。アストラリア王国海軍をどうにかせねばならん」


 その一言で、宴の空気が一段変わる。冗談と本気の境界線が、静かに引き直された。


「うぃー……東ですかぁ? 任せてください。この僕が誰であろうとぶった斬ってやりますから!」


 完全に酔っていた。理性はアルコールの泡の向こう側。だが、言葉だけは妙に芯を食っている。


「さすがご主人様! 頼もしいですぅー!」


「ア、アズマくん大丈夫? 酔っ払いすぎてない?」


「ホーッホッホッホ! わたくしにお任せを。一隻残らず海の藻屑にして差し上げますわ!」


 勢いは連鎖する。闇の陣営は、こうしていつもノリで一線を越える。鼻息を荒くする僕らに、山本先輩が冷や汗を流しながらストップをかけた。


***


 サラトガ伯爵の分析によれば、この国は想像以上に強固だった。酔いが少し引いた場で語られる現実は、やけに重い。


「光の王国」と呼ばれるアストラリアは、「国王」「貴族」そして「アストラリア教会」が支配する三位一体の国家。今のアズマ一行が処断した悪党など、巨大な氷山の一角に過ぎないという。僕らが斬ってきたのは、まだまだ末端らしい、腐臭の源はまだ深い。


「諜報騎士団も手強いが、王国の正規騎士団、さらには教会直属の『聖堂騎士団』もいる。そして魔大陸に続く大海には、世界の海を支配する王国海軍……一筋縄ではいかないよ」


 理詰めの説明。だが、その一つ一つが「斬る理由」にも聞こえてしまうのが、今の僕だった。


《クックックッ……面白いのう。倒し甲斐があるというものよ》


 闇の女神が不敵に笑う。世界を敵に回す覚悟は、すでに神の側にあった。


 その隣で、僕はすでに山本先輩が勧めてくれたストロングの魔力に呑み込まれていた。


「グビグビ……! 相手が誰であろうと、この闇の勇者アズマがぶちのめしますよ! そして、腐敗したこの国を塗り替えて、いい国にしてやります!」


 理想と暴力が、雑に混ざった宣言。だが、不思議と誰も笑わなかった。


「「「「おおぉーー!!(パチパチパチ!)」」」」


《良一郎……逞しくなりおって。それでこそわしが見込んだ勇者よ。よーし、今宵は前祝じゃ!》


 イリスがノリノリで音頭を取る。 


「みんなー! 歌いましょう! 日本の未来は~、ウォウ・ウォウ・ウォウ・ウォウ!」


 そこから先の記憶は、泡と共に消えていった。


***


 翌朝。割れるような頭の痛さで目を覚ます。天井が回る。胃が重い。やらかした予感だけは、はっきり残っている。トラ子さんが水を運んできて、介抱してくれた。


「昨晩の良くん、カッコよかったよー! 王国最強の伝説騎士、海軍提督の『レキシントン』を、鼻歌まじりにぶった斬るって宣言するんだもん」


「……え? 覚えてないけど」心臓が一拍遅れて跳ねた。


「おはよう、アズマくん。昨晩は惚れ直したわ。王国騎士団長『アイオワ』を目を瞑ったまま一刀両断にするって豪語したのよ!」アシュレイが爽やかな笑顔で恐ろしいことを言う。


「お目覚めですの、良一郎様。昨晩の聖堂騎士団長『エンタープライズ卿』をみじん切りにするって……痺れましたわ」ユリシアがうっとりと頬を染める。


「マスター! 昨晩の約束……期待してますよ。諜報騎士団長『イノカワ』の生皮を剥いでくれるんですよね?」ノワールの目がガチだった。


「ご主人様……昨晩のお願いですけど、子供10人欲しいって……イリス、頑張りますっ!」イリスが恥じらいながらモジモジする。


「「「「…………はぁ!?」」」」


 女子メンバー全員が凍りつく中、僕はただただ青い顔をして、冷や汗を流すしかなかった。


(まって……全然、一ミリも覚えてないんだけどぉぉーー!!)


 闇の勇者アズマ。昨夜の「大言壮語イキり」のツケを、血と汗と涙で支払う日は、すぐそこまで迫っていた。

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