第37話 異世界グルメ計画無残
時間は少し遡る。
――異世界グルメ無双。その言葉を思い浮かべた瞬間、脳裏に都合のいい未来図が浮かんでいた。湯気の立つ料理、感動に打ち震える異世界人、賞賛の拍手。なんと麗しい響きだろうか。現代日本は世界でも有数のグルメ大国。その味は世界中の人々を魅了し、今やインバウンドの観光客が押し寄せるほどだ。
この日本のグルメ……その魔法の味付けがあれば、この異世界の人々を虜にするのは間違いない。いや、虜にするどころか、胃袋を掴んでしまえば、この国に平和と自由、平等、博愛をもたらすことだって可能なのではないか?
――剣も魔法もいらない。必要なのは、出汁と油と炭水化物。本気で、そう思っていた。僕はサラトガ伯爵から「日本の日用雑貨をお取り寄せできるアイテムボックス」を託された瞬間から、密かに画策していた。この血生臭い異世界復讐劇の「小説の流れ」を、『ほのぼの異世界グルメ話』に強制修正できないか、と。
(おいっ!! 勝手に何やってるんだ! ――作者談)
無視した。生き残るためには、作者の声すら切り捨てる覚悟が必要だ。
この歓迎会で日本料理の優位性を見せつけ、まずは王都に「日本料理店・あずま」を開店。上位貴族や聖職者、やがては王族までも常連客にする。食にまつわる「人情エピソード」をこれでもかと叩きつけ、料理を通じて世直ししていくのだ。
僕は魔剣を包丁に打ち直し、伝説の料理人になる。そして女将さんのイリスや、獣人の仲居さんたちと幸せに暮らす……。死と隣り合わせの冒険者とか、いつ断罪されるかわからない処刑騎士なんて、やってられるかボケェ!!
僕は事前にアイテムボックスから取り出したスーパーの総菜や、ファストフードのハンバーガーを、イリスに提供してリサーチしてみた。油の匂いが立ちのぼり、紙袋を開けた瞬間、彼女の瞳がきらきらと輝いた。効果は抜群だった。イリスはどの料理を食べても目に涙を浮かべ、恍惚とした表情で僕にすがりつくのだ。
「ご主人様~、美味しいですぅー! 美味しすぎますぅー! こんな美味しい料理、生まれて初めて食べましたぁ!」
勝利を確信した。異世界の舌、恐るるに足らず。歓迎会前夜、暗い厨房には僕の邪悪な(?)高笑いが響き渡っていた。
***
そして迎えた当日。ディスフィア様の乾杯の音頭で、盛大に宴会がスタートした。参列者のグラスには、キンキンに冷えた缶ビールやスパークリングワインが注がれ、テーブルにはずらりと並ぶ日本のグルメ。脂、糖、塩――計算され尽くした幸福の配置だ。
「かんぱーい! 皆さん、お招きありがとう。今日は私に合わせて地球の料理を用意してもらったみたいで恐縮だよ」
サラトガ伯爵――山本さんがグラスを掲げる。
「いえいえ山本さんのアイテムボックスのおかげですよ。僕も久しぶりに日本の味が食べられて嬉しいです」
「私も実は久々なんだよね。……ぶっちゃけ、こっちの料理(異世界の飯)の方が美味いしね」
「そうそう、こっちの料理は美味しいですもんねぇ。……ん?」
思考が一拍、遅れた。今、なんて言った?この世界の料理の方が、美味しい……だと?僕は嫌な予感がして、パーティーメンバーの様子を観察した。
まず、アシュレイさん。彼女は何か物足りないような顔で、冷凍食品の唐揚げを齧りながら首をかしげている。そしておもむろに調味料コーナーから「魔結晶塩」を掴むとドバドバと料理に振りまくる。白い結晶が、油の上で溶け、淡く魔力を放つ。そして再び口に運ばれる唐揚げ。
「うふっ、やっぱりマナ(魔素)が効いてないとねぇー」
次に、ユリシアさん。元・上位貴族の令嬢である彼女の所作は、どんな料理でも様になる。彼女は、取り分けられた「成城石井風ローストビーフ」を優雅な所作で切り分け、口に運ぶ。どうだ!?日本の食品メーカーが本気で作ったソースの味は……!
「……うーん、イマイチですわね」
その一言が、胸に刺さった。それからおもむろに調味料コーナーから「マンドラゴラソース」を取ってローストビーフに振りかけていく。赤黒いソースが、肉に絡みつく。そして再び口へ運ぶユリシアさん。
「あーん♡ やっぱりこの味ですわ。これでどうにか食べられますわ」
「がぁーーーん!!」 膝から崩れ落ちる僕。
「美味しくない、ですか……?」声が、かすれた。
「いえ、食べられなくはありませんけれど。全体的に味が『画一的』というか、奥行きがありませんわ。もっとこう、ドラゴンの筋を三日三晩煮込んだような野生味や、魔草の複雑な香りが足りなくて……」
僕は慌てて、隣で牛丼を掻き込んでいるイリスを見る。
「美味しいー! 美味しいですぅー! こんな美味しいモノ食べられて幸せですぅー!」
そうだ。イリスはこんなに喜んでいる。……だが、待てよ。イリスは人間に虐げられ、長年奴隷として生きてきた子だ。つまり、彼女にとっては「味がついている」だけで奇跡なのだ。
「いいですわねーイリスは。何を食べても美味しいーしか言わないから」ジト目でユリシアがイリスを見る。
不死者で食事の必要がないノワールにいたっては、料理には目もくれず、エナジードリンク『魔物』ばかりを煽っている。
「ああぁーー! みなぎるぅぅ~~!! 血管(活動してないけど)がバチバチ言ってますよマスター!」
「違う……そうじゃない……」
***
ようやく、理解した。ここは魔幻の食材が跋扈する異世界。本物のドラゴンの肉や、魔力を含んだ香草が普通に存在する世界なのだ。保存料と添加物で調整された「工場製の味」が、超一流の宮廷料理を食べてきた貴族や、野生のパワーを喰らう戦士たちに通用するほど、甘くはなかったのである。特にMPの源であるマナ(魔素)がスカスカの地球料理など、超薄味なのか。
「僕の……僕のグルメ無双計画が……」
キラ星のごとき「人情料理店」の夢が、ガラガラと崩れ去っていく。
「アズマくん、どうしたんだい? 顔色が悪いよ。この『ストロングな缶チューハイ』でも飲んで落ち着きなさい」
山本先輩が、悪魔の飲み物を差し出してきた。
こうして、僕の「ほのぼのグルメ転向計画」は、開始からわずか数分で、アルコールの泡と共に消えていったのだった。
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