第36話 歓迎会やるぜ
数日後。僕の邸宅で、サラトガ伯爵が仲間に加わった歓迎会を開くことになった。お忍びでやってきた伯爵を、僕は笑顔で邸宅に招き入れた。表向きは「少し大きめの木造平屋建て」。だが、その実態は、すでに王都の闇を吸い込み、吐き出す中枢へと変貌しつつある。
日々、僕の邸宅は闇の拠点として凄まじい進化を遂げている。ちなみに、冒険者ギルドから買い取ったこの家は既に手狭なため、アシュレイさんの指揮のもと、地下空間への拡張を続けているのだ。床下に隠された扉。魔術式で偽装された壁。その奥に広がるのは、王都の地図には決して載らない空間。広大な迷路のような通路。既に地下深く掘り進められたここは、地下帝国か、はたまたラストダンジョンか。
石壁には淡く光る魔力灯が等間隔に並び、足音が反響するたび、ここが「普通の屋敷」ではないことを否応なく実感させる。地下闘技場から派遣(というか没収)したスケルトン軍団も、疲れを知らず、食費もいらず、24時間生き生きとツルハシを振るって働いている。カン、カン、と乾いた音。骨と骨がぶつかる軽やかなリズムは、どこか工事現場というより、作業用BGMのようですらあった。
僕は邸宅の隠し扉から地下通路へと、伯爵を先導して案内していく。
「うぉー、凄いねアズマくん。秘密基地だよねぇ、これ。男のロマンだよ!」
目を輝かせる伯爵は、完全に少年の顔だった。
「ハハハ、凄いでしょ。既に地下20階を突破しましたよ」
自分で言っておいて何だが、数字の感覚がもうおかしい。
「……ホントに君たち、どこを目指してるの?」
半分呆れ、半分本気の問い。
「まあ、上の指示で動いてるだけですから」
「噂の闇の女神様だよね。この王国をどうするつもりなんだろう?」
「この大陸を闇で覆い尽くす、とか張り切ってますよ」
冗談めかして言ったつもりだった。だが、伯爵は足を止め、ふっと真剣な顔になる。
「そうかぁ……。だとしたら、いずれ必ず『奴ら』と対決する時が来る。心しておかないと、あっさり滅ぼされてしまうかもだよ」
軽い地下通路の空気が、一瞬だけ重く沈んだ。異世界転生の大先輩が放つ重い言葉に、僕は背筋がひやりとする。
「それって光の教団とか……やはり、そうなりますか。えーん、死にたくないようぅー!」
情けなく叫びつつも、これは本音だ。
「まあまあ。こういう事業には様々な手を打つことが大事なんだ。魔大陸へ渡る逃げ道も確保しておくといい。私も協力するよ」
「ううぅ、お願いします……」
やがて僕らは、地下5階に新調されたばかりの『ディスフィア神殿』へと到達した。
***
重厚な扉。扉の向こうから、明らかに「神のもの」としか思えない声が響いてくる。
怒声。叱責。そして、妙にノリのいい掛け声。
「アズマくん……我らの使命は、想像以上に重いのだな」
ダンジョンを震わせる神の声に、伯爵は背筋を伸ばす。
「ディスフィア様は光の王国の腐敗を嘆き、憤っておられるのだ」 ――そう、完全に誤解した顔だ。
「……いやぁー、多分、違うと思いますよ」
「え?」
どうぞ、と僕は扉を開けて内部をお見せした。そこには、イリス以下、闇の使徒となったパーティーメンバーと、新たに加わったトラ子さん、そして獣人メイドさんたちが――ノリノリで歌い踊っていた。
神殿。厳粛なはずの場所。だが今、そこは完全にレッスンスタジオだった。リーダー格の闇の聖女イリスがディスフィア様の指示を伝えている。
「はい! みんな、もう一度通しで行くわよ!」
「「「はいっ!」」」
「1.2.3.はいっ!」 パンパンッ! とイリスが手を叩き、リズムを取る。
「「「日本の未来は~、ウォウ・ウォウ・ウォウ・ウォウ!」」」
「「「世界が羨む~、イェイ・イェイ・イェイ・イェイ!」」」
「「「恋をしようじゃないか~、ウォウ・ウォウ・ウォウ・ウォウ!」」」
……キラーン!イリスの瞳が赤く輝いた。ディスフィア様、降臨である。
《こりゃあ! トラ子! そこの振付、腕の角度が違うぞっ!》
神の声で指摘されたトラ子の尻尾がぴーんとなる。
「ええぇー、合ってますよ。こう、こう、こうですよね?」
その姿を見てちょっと見下した雰囲気を出す悪役令嬢ユリシア。
「ホーッホッホッホ! 全然できてませんわ。これだから獣人は……」
カチーンときたトラ子さんが牙を剥く。
「にゃんだってー!? がるるるー!」
神殿に緊張と火花が散る。
「もうー、二人とも喧嘩ばかりしないの!」
実質的に闇の司令官になりつつあるアシュレイが仲裁に入り、古参のディスフィア信者である不死者のノワールが溜息をつく。
「ディスフィア様に捧げる大事な『神事』なんですから、真面目にやって下さい!」
《その通りじゃ! ユリシアよ、亜人・獣人と仲良くできぬならクビじゃぞ! トラ子もすぐに噛みつくでない。みんな可愛いわしの使徒じゃ》
「……申し訳ございません」「わかりましたぁー」
アシュレイが僕らの姿を見つける。
「アズマくんお帰りなさい。サラトガ伯爵、ようこそお越しくださいました」
「ははは……なんだかよくわからないけど、神事が日本のアイドル曲なんだね」
「ディスフィア様の趣味みたいです。日本にもちょくちょく遊びに行ってるみたいで……」
「パパー、いらっしゃい!」トラ子さんが伯爵に抱きつく。
それを見た女神が、鷹揚に頷いた。
《来たか、サラトガ……いや、山本浩次。我が陣営への加盟を歓迎するぞ》
「ははっ。この息苦しい光の王国に風穴を空けていただきたいと思っております」
伯爵は跪き、恭しく頭を垂れた。
***
それから、僕らは大宴会場へと移動した。ディスフィア様の乾杯の音頭で、和やかに会食が始まる。テーブルに並ぶ料理は、僕が伯爵のアイテムボックスから取り寄せたり作ったりした、地球の御馳走オンパレードだ。宅配ピザ、鶏の唐揚げ、ハンバーガー、牛丼、スーパーの総菜、そしてキンキンに冷えた日本のビール。(あっ!ほとんど料理してないけど、まっいいか)
異世界の神と獣人とアンデッドが、同じ卓を囲む。この時点で、もうだいぶ世界観が壊れている。
(ふふふ、異世界人の皆さんよ。ここからこのお話は……『異世界グルメ』に突入しますぞ!)
僕の目が、酔いと野望で妖しく光るのだった。
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