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第30話 良心回路と悪魔回路

 魔剣の呪いで余命一か月になったのをどうにかするため、老化やら若返りやら、ディスフィア様に寿命のベクトルを弄ばれた結果……。朝起きたら、僕は10歳程度の小学生くらいになっていた(涙)。


 自分で言うのもなんだが、くりくりの目に白い肌、守ってあげたくなるような超絶可愛い美少年である。その破壊力は凄まじく、館の空気は一変した。おかげで、イリスを筆頭にパーティーのお姉さんたちが、獲物を見つけた猛獣のような勢いでめちゃめちゃ絡んでくる。


 その視線に晒され、普段なら笑って受け流せることも、縮んだ身体ではまるで巨大な圧力が降り注ぐかのように感じられた。呼吸が浅くなり、胸が早鐘のように打つ。まだ午前中なのに、心臓は既にフルスロットルである。


「きゃー! 良一郎様、なんて可愛らしいの! 食べちゃいたいわ!」ユリシアが頬を赤く染め、今にも抱きつかんばかりに身を乗り出す。


「ご主人様~、なでなでしてあげますぅー!」イリスも僕の頭を胸に抱き寄せようと迫ってくる。


 身体が縮んだことで、彼女たちの「ラブラブアタック(物理)」に対する抵抗力も激減した僕は、文字通り弄ばれていた。視界に入る彼女たちの起伏に富んだボディラインに、幼くなった心臓がバクバクと鳴る。


 自分の無力さ、魔剣の誘惑、そしてあまりに急激な変化に、頭の中は混乱していた。どうにか理性を保とうとするが、身体の小ささと魔剣の影響で、感覚は過敏になっていた。


 とにかく、早く元の姿に戻らねば。そう焦っていた僕は、夕暮れ時、何かに突き動かされるようにして魔剣を背負い、逃げるように街へと歩き出した。魔剣の正体が「マンイーター(人喰い)」だと判明したせいか、あるいは僕の精神が幼くなって脆弱になったせいか。暮れゆく街の雑踏の中、頭の中に、魔剣のドロリとした欲望の声が直接響いてくるようになったのだ。


『……ああぁ、斬りたい。人間を斬りたい……温かい血を啜らせろ……ズバッと斬って、極上の血肉を味わわせろぉ……』


「ううっ……ああぁ、誰か……誰かぶった斬りたい……!」


 冷や汗が止まらない。小さな掌が、重たい柄を求めて無意識に動く。


(いやいや、駄目だろ! 衝動に駆られてその辺の人を襲ったら、ただの通り魔か辻斬りだぞ僕!)


 理性で抑えようとするほど、身体の奥から湧き上がる破壊衝動が強くなる。ふらふらと生贄を探して、スラムの暗がりを彷徨う。今の僕の心の中は、「吾妻良一郎としての良心回路」と、「魔剣の勇者アズマとしての悪魔回路」が激しく火花を散らしてせめぎ合っていた。


 スラムの路地裏、ゴミ溜めの横で物乞いをする浮浪者を見つけた瞬間、悪魔回路が脳内で絶叫した。


『斬れ! 早くそいつを斬って、俺に血肉を啜らせろ!!』


「ヒッ……!? な、なんだ坊主、その剣は……」


 腰を抜かした浮浪者に、僕はハイライトの消えた無表情な瞳で、ゆっくりと魔剣を抜いて近づいていく。逃がさない。今、楽にしてやる。背中を向けて逃げようとする浮浪者に、死神のような冷徹さで剣を振り下ろそうとした、その時――。


「……お止めください、ご主人様!!」


 目の前に、黒い影がバッと立ちはだかった。夕闇の中、目に涙を浮かべ、両手を大きく広げて僕を制したのは、必死の形相のイリスだった。


 その顔を見た瞬間、ショートしていた僕の「良心回路」がパチンと音を立てて繋がった。僕は振り上げた魔剣を放り出し、彼女の胸に飛び込んだ。魔剣は石畳にカラーンと高い音を立てて虚しく転がる。


「イリスぅー……ごめん、ごめんようー!」


「……間に合ってよかった。もう大丈夫ですから。ご主人様、もう大丈夫ですよ」イリスは、壊れ物を扱うように震える僕を優しく抱きしめてくれた。彼女の体温が、凍りついた僕の心を溶かしていく。


 その温もりに、僕の幼い身体は思わず力を抜き、安心と恐怖が交錯する不思議な感覚に包まれた。まるで、長い悪夢から抜け出した瞬間のように、息が自然に整っていく。


「僕……早く元の姿に戻りたい。このまま剣に飲まれて消えたくないんだ」


「みんなで方法を考えてますから。ご主人様は、ずっと優しいあなたのままでいてください」


「うん……頑張るよ。魔剣になんか負けないから」 僕は幼い子供のように、イリスの服の裾をぎゅっと握り、手を引かれて帰宅した。


***


 館に帰ると、アシュレイやユリシアたちが僕を心配して待っていた。リビングの空気は張り詰め、僕の「人斬り衝動対策」について、闇の女神を交えた、あまりに邪悪で完璧な結論が下されようとしていた。イリスの瞳が赤く怪しく光り、ディスフィア様が降臨する。


《良一郎よ。お前が元の姿へ成長するには、魔剣に寿命(血肉)を喰わせねばならん。モンスターでもよいが、ショタ化したお主には、人間の鮮血こそが特効薬じゃ》


「ですがディスフィア様! 誰かを斬るなんて……僕にはできません!」 僕は震える声で精一杯反論する。


「わたくしも反対ですわ。そういう優しいところが良一郎様の美徳ですもの」ユリシアが僕の肩に手を置き、力強く頷く。


「でも魔剣の呪いは凶悪よ。放っておけばアズマくんの精神が壊れちゃう……」アシュレイは腕を組み、苦渋の表情でステータスを確認していた。


 重苦しい沈黙が流れる中、それまで影に徹していたノワールが、音もなく静かに手を挙げた。


「マスター。誰かを斬らねばならないのなら……この世に生かしておいても誰のためにもならない、『クズの巨悪』を斬るのはどうでしょう?」


「え……? 悪党を?」


 緊張が張り裂けそうな中、ノワールの提案は、僕の心に冷たい衝撃と、ほんのわずかな希望を同時に落とした。


「わたくしは長年、王国の掃除屋として、数多のど悪党や重犯罪者を狩ってきました。」


《ほう……それで?》


「マスターに、この国に数多居る『クズ人間』をぶった斬っていただくのです。それなら罪悪感も薄れるのでは?」


「なるほど……ノワールちゃんの代わりに、アズマくんが『正義の執行人』になるってこと?」アシュレイの目が、一筋の光明を見出したように輝く。


「そうです。それと、もう一つ。ぶった斬ったヤツをわたくしの血で『アンデッド』にしちゃいます。そして、今度は我々の手駒として、死ぬまで――いえ、死んだ後もこき使うのです!」ノワールが冷ややかな微笑を浮かべる。その提案はあまりに合理的で非情だった。


 空気が一瞬凍り、全員の心臓が一拍停止したような錯覚が走る。死と血と支配の計画が、目の前で滑らかに描かれ、まるで悪夢が現実に形を得たかのようだった。


《ククク……面白い。この大陸を闇で支配する際、いい手駒が増えるのう》


「エグっ! でも、僕が斬った相手がすぐにアンデッドで蘇るなら、気分的には『殺した』感じが薄れますね……」


《しかもじゃ・・ノワールの血で作られた眷属は、上位支配者である良一郎の命令に従うはず》


 イリスもポンと明るく手を打った。 「生かしておけない巨悪をズバッと斬って、ご主人様みたいな善人に変えちゃうのです。これって究極の世直しですよ!」


「ホーッホッホ! 面白いですわ! わたくしも爆破を……いえ、協力を惜しみませんわ!」ユリシアは杖を握りしめ、既にやる気満々だ。


「ショタ一郎の姿なら身バレも防げそうですね」アシュレイも戦術的な利点を見出し、不敵に微笑む。


《決まりじゃな。『必殺処刑人・ショタ一郎』、やってみるか。ノワールよ、最初の獲物クズを探してまいれ》


「御意。極上のクズを選定してまいります」 ノワールは優雅に一礼し、闇に溶けるように部屋を出た。


 こうして、10歳の美少年勇者による、血塗られた世直し(闇の勢力拡大)が幕を開けることになった。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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