第25話 屈服バンパイアの告白
王国諜報部の切り札・コードネーム「わ」ことノワールは敗れた。勝者と敗者の間に漂う沈黙が、リビングの空気を重くする。敗北者の圧は、戦いの痕跡と混ざって、ただ静かに室内に充満していた。そして今、彼女は「闇のサイド」として新たな生を授かっている。僕――吾妻良一郎の血により再構築された身体は、以前と変わりない美少女の姿に見えたが、その精神的な呪縛は、王国の術式を上書きして完全に僕へと移っていた。
「あのー……ノワールさん。僕の血で復活したから、そんなに大人しくなったんですか?」
おずおずと尋ねる僕の視線の先で、ノワールは黒髪をさらりと揺らす。膝をつくその所作は、吸血鬼特有のしなやかさを帯びており、かつての刺すような殺意は消え、潤んだ瞳が忠誠心を映していた。身体の隅々まで緊張が解け、戦闘後の静寂の中でその呼吸音さえも目立つ。
「その通りです、マスター。貴方の血を通じて、わたくしは再びディスフィア様の御前に戻ることが出来ました」
床の木目に映る影が、ノワールの微かな震えを映す。あの冷徹な美少女像とのギャップが、僕の胸をわずかに締め付けた。
《ほほぅ。そもそもバンパイアの中でも最上位の真祖は、このわしが以前、直々に血を与えた者たちの一人。わしとノワールの主従関係の間に割り込み、支配権を奪うとは……転生者のチートスキルかアイテムか、どちらにせよ恐ろしい執念よのう》
イリスの体を借りたディスフィア様が、値踏みするようにノワールを眺める。その圧力は言葉を超え、部屋全体を覆うように感じられた。僕は視線を合わせることが出来ず、冷や汗をかきながら問いを続ける。
「ディスフィア様、それで……この子、どうするんですか?」
《まずは話を聞いてみよう。ノワールよ、どうしてこのパーティーに近づいたか、洗いざらい吐くがよい》
ノワールは少し息を整え、視線を地面に落としつつも、力強く頷いた。胸の奥で膨らむ忠誠心が、わずかに身体の軸を震わせる。その仕草には、復活した者ならではの緊張と、ようやく訪れた安堵が混ざり合っていた。
「わたくしはかつて、魔大陸に住む人間でした。ディスフィア様の熱烈な信者として人生を全うするはずが、死の間際に『聖なる闇の血』を授かり、人間を捨ててバンパイアになったのです」
微かに震える声が、床の木目に反響する。ユリシアとアシュレイは息を飲み込み、僕はその背筋を凍らせる。かつての「切り札」が、今は僕の手で復活し、膝をついている光景は、信じがたいほどの威圧感と同時に、奇妙な安心感をももたらした。
「聖なる闇の血……。聞いたことがありますわ、人間に不老不死をもたらすと伝承される伝説の……」
ユリシアが戦慄する横で、アシュレイがジト目で付け加える。
「実際は、人間をアンデッドに変える恐ろしい呪いだったのですね……」
《そんなに嫌そうに言うなよー。お前たちなら今すぐにでも飲ませてやるぞ? のう、良一郎?》
「ええぇー!? 僕もアンデッド化のリスト入りしてるんですか!?」
《何か不満でもあるのか?》
「い、いえ! 嬉しいなぁー、不老不死なんて……ハハハ(目が泳ぐ)」
絶対、性格が歪む呪いもセットな気がする。僕の引きつった笑いを無視して、ノワールは淡々と話を続けた。
「……その後、闇の布教と勢力拡大を目指してこの大陸に上陸したのですが、王国諜報騎士団長だという『転生者』に敗れまして。その男の下僕に成り下がっていたのです」
「それで、僕らパーティーを探りに来たの?」
「それもありますが、真の目的は皆殺しでした。テヘ」
「テヘ、じゃないわよ! このポンコツ吸血鬼!」
ユリシアがどこからともなく取り出した巨大なハンマーで、ノワールの脳天をガツンと叩く。凄まじい衝撃音が響いたが、ノワールは髪一筋乱さず涼しい顔だ。
「物理攻撃無効でーす」ノワールは不敵に微笑み、さらに言葉を重ねる。
***
「先ほど使いました光の神器・聖剣で、わたくしは五十年に渡りアストラリア王国に迫る闇を葬ってきました。不死の身体と聖剣……自ら手を汚さず難敵を滅ぼす、王国の『汚い切り札』。それがわたくしの正体です」
《なるほどのう。毒を以て毒を制す、か。上手い手を考えたものよ》
「相反する属性を両立させるコーティング術式……魔術師として見過ごせませんわ……」
アシュレイがノワールの服に刻まれた術式を解析して驚愕する中、僕は次第に青ざめていた。王国にそんなに危険視されてるなんて……。
「なんですか……めちゃめちゃ危ない状況じゃないですか!? えーん、このままじゃ僕ら、いつか王国に消されちゃいますよぅ!」
「ご主人様~落ち着いて下さい~」
「……ねぇ。先手を打って、王宮をまるごと爆破しましょうか?」
「ダメですよユリシアさん! 何でも爆破で解決しようとしないで!」
パニックになる僕らを見て、ディスフィア様が邪悪に口角を上げた。
《くっくっくっ、面白い。この状況を逆手に取るのじゃ。ノワールよ、わしらのために働け》
「もちろんです。これからはマスター良一郎のために働きます。……正直に言いまして、ずーっと嫌だったんです。あの諜報騎士団長のイノカワがッ!!」
急にノワールの声のトーンが激昂した。感情を押し殺していた真祖の顔が、怨念に満ちた形相に変わる。
「あいつったら実は最悪のロリコンで! わたくし、本当は妙齢の美女にだって外見を変えられるのに、ずっとこの姿ですよ! どう思います!?」
「うわぁ~それはドン引きですぅー……」イリスが冷たい目で見つめる。
ノワールは四つん這いになり、リビングの床に涙をこぼしながら訴える。その姿は「王国の切り札」の威厳など微塵もなかった。
「しかもあいつ! 仕事の褒美だと言って、自分の指先に滴らせた血を、わたくしに直接、舌でぺろぺろ舐めさせて悦に浸ってるんですよ! どう思います!?」
「……気持ち悪いですわ。生理的に受け付けませんわね」ユリシアが心底嫌そうに顔を引き攣らせる。
ノワールの暴露は止まらない。溜まっていた鬱憤がダムの決壊のように溢れ出していた。
「それだけじゃありません! 蘇るたびに新しいコスチュームを用意してるんです! 加護付きだとか何とか言って、前回はミニスカナース、その前はバニーガールですよ! どう思います!?」
「心から……心から同情しますわ……」アシュレイの慈愛に満ちた(?)ジト目がノワールに注がれる。それは女装を好奇の目で見られ続けてきたふたなり美女の深い共感だった。
僕は、必死に訴えかけるノワールのフリル満載なゴスロリ姿をまじまじと見つめながら、密かに思った。
(……イノカワ、敵ながら恐ろしい変態だ。僕なら絶対にそんなことはしない。僕が着せるなら清楚なセーラー服一択だ。……出来うるならイリスに着せたい……いやいや、嫌われるかもだから自重しないと。僕はナイスガイ、僕はナイスガイ……)
己の煩悩を必死に抑え込む僕の横で、ノワールは「これからは真っ当な服が着られるかも!」と希望に満ちた目で僕を見つめていた。
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