第2話 えーと、邪神? 呪い? そんなの聞いてないけど!
僕は奴隷商の甘い誘いに乗って、ダークエルフの美少女・イリスを購入した。僕が金貨を支払い、書類を作成している間に、彼女はシャワーで身を清められ、粗末だが清潔な作業服、そして全身を覆うローブを身に纏って現れた。
この世界には、主人と奴隷を繋ぐ「奴隷紋」という支配魔法があるらしい。だが、イリスは異常なほどの魔法抵抗で紋章を刻むことができず、代わりに首枷や手枷、足枷で物理的に拘束されていた。
「これ……全部外していいんですよね?」
商人は「ええ、問題ありません」と渋い顔だったが、僕はそんなもの気にしない。すぐにすべての拘束具を外し、彼女を自由にした。
僕と彼女の間にあるのは、奴隷商が発行した王国公認の契約書だけだ。契約内容は、僕が彼女を雇い、労働の対価を支払うというもの。これは帳簿に記載され、いずれ身請け額(×数倍分)働いたら、彼女は解放奴隷になれるというシステムだ。
檻から出たイリスは、僕に深々と頭を下げた。
「ご、ご主人様のお慈悲をいただき、誠にありがとうございます。イリスは貴方様の奴隷として、誠心誠意、尽くしますことを、ここにお誓い申し上げます」
(うおおお! このデレ! この献身! 控えめに言って最高か!?)
僕は中二病全開で満足げに頷き、彼女の手を取って宿へ歩き出す。不遇な美少女を奴隷商から救い出す――そんなヒーロー像に、僕のハートは高鳴りっぱなしだった。
* * *
全身をローブで覆ったイリスを連れて、僕が宿泊している冒険者宿へ帰った。既に日は暮れ始めている。今日はここで夕食を摂ってゆっくり休み、彼女の冒険者登録はまた明日だ。そう考えながら、賑わう食堂の席に座った。周りは夕食を求める冒険者仲間や一般客でいっぱいだ。
僕は料理を注文し、向かいに座るイリスにローブを脱ぐように促した。
「イリス? どうしたの? 大丈夫だから、顔を見せてよ。せっかく綺麗になったんだし」
「ご、ご主人様……本当にいいんですか? 周りの皆さんが、その……」
イリスは恥ずかしいのか、ローブを脱ごうとしない。
「何言ってるの? ここはみんな僕の同業者だし、大丈夫だよ」
そう言ったのは、僕のコミュ障特有の勘違いだった。
それを聞いて、イリスはゆっくりと外套を脱ぐ。その瞬間、食堂の照明にも負けないほど、彼女の姿が輝いた。美しい銀髪。ルビーのような赤い目。輝くばかりの美貌と褐色の肌。完璧なスタイル。
(う、美しい……! 僕の隣にこんな美少女が……! これは、まさしく主人公ムーブ!)
僕が彼女に見惚れていると、突然、食堂の喧騒を切り裂く悲鳴が響いた。
「きゃーっ! ダークエルフだわ! なんでここに邪神の下僕が!?」
「おいおい、どこから入ってきたんだ? この邪教徒がッ!」
「近寄るなー! 止めろー! 呪わないでくれーっ!」
周囲は一瞬で静まり返り、次の瞬間には大パニックに陥った。客たちがテーブルをひっくり返し、一斉に僕とイリスから距離を取り始める。
僕の頭の上に「?」マークが大量に浮かんだ。
「ん? んんん? なんだろう……この反応は……?」
イリスは周囲の剣幕に青ざめ、再びローブを頭から深く被り、まるで虐待される子猫のように縮こまっている。
* * *
宿の亭主が騒ぎを聞いて、血相を変えて僕らの席へダッシュで飛んできた。
「アズマ!? あんた、どうしちまったんだ!?」
「え? いや、彼女は僕の……」
「馬鹿野郎! ダークエルフは邪神の下僕だぞ! 呪われたくなかったら、さっさと追い出してくれ!」
「えーと……邪神? 邪教? 呪い? そんなの聞いてないけど!?」
僕は店主に、奴隷商から彼女を購入し、王国公認の契約を結んだことを告げた。
それを聞いた途端、店主以下、周囲の皆さんがドン引きしている。さっきの恐怖から、今度は「哀れみ」と「憐憫」の視線だ。店主は顔を真っ青にして、僕に懇願する。
「すまないがアズマ、あんた直ぐに荷物をまとめて出て行ってくれ! 邪神の下僕をうちに泊めるわけにはいかねぇよ! この宿の格が落ちる!」
「ええぇー!? そんな……僕らはどうしたら!?」
「知るかよ! 邪教徒なんぞこの国に居場所なんかねぇぞ!」
この瞬間、僕は全てを悟った。
――イリスがなぜ一年も売れ残っていたのか?
――これだけの美少女が、なぜ格安物件だったのか?
そして、店を出るときあの奴隷商が「サービスです」と言って、彼女の全身を覆うローブをくれた理由も。
僕は、イリスを店外に待機させ、震える手で部屋の荷物をまとめた。店主は「頼むから、呪わないでくれよ!」と、今月の家賃を受け取ることすら拒否した。
* * *
宿の外、夜の裏路地。僕は頭を抱えて転げまわった。
「ああああああああ! やっちまったー! 僕が世間知らずだったばかりにー!」
「日本で読んでいたラノベじゃないんだ、ここはー!」
「ラノベやゲームでもダークエルフと言えば大概が敵役で、たまーに良い子がいるけど、ごく稀なケースだったー!」
(しかも、邪神の下僕って! 奴隷商、あんた確信犯だろ!)
転げまわる僕を、イリスはローブのフードから不安そうに、しかし真っ直ぐな視線で見つめてくる。そして、小さく、心を込めた声で呟いた。
「ご、ご主人様……ふぁいと!」
(くっ……可愛い! だけど・・このままじゃ僕まで社会的に抹殺されるぞ)
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