第16話 爆弾お嬢様の初陣
翌日、呪印上書きのショックからなんとか蘇生したユリシアさんを励まし、僕とイリスと一緒に冒険者ギルドに向かった。昨日まで死線を彷徨っていたとは思えないほど、ユリシアさんは背筋を伸ばして歩いている。ただ、その歩調はどこかぎこちなく、内側で爆発寸前の感情を押さえ込んでいるようにも見えた。
ここへは、彼女の冒険者登録と復活した魔法の試運転をするためだが……しかし問題がある。隣国の悪役令嬢ユリシアと言えば、この国でも有名な重犯罪者なのだ。正体を隠したまま冒険者登録なんてできるのだろうか?僕はギルドの受付のお姉さんにバレないかヒヤヒヤしながら、ユリシアさんと一緒に登録用紙にプロフィールを記入していく。彼女は隣国の公爵令嬢である出自を上手く誤魔化し、「アストリア王国の田舎から出てきた貧乏貴族の娘」という設定で纏めようとしている。その筆運びは驚くほど滑らかで、迷いが一切ない。
(臆面もなく大嘘をすらすらと記入している!これが真正の悪役令嬢なのか……)
ユリシアさんはイリスの用意した魔法使いの衣装に身を包み、目の周りを覆うきらびやかな仮面を着けている。まるでこれから仮面舞踏会に出るような感じだ。その仮面が、彼女の過去と素性を完全に切り離す境界線にも見えた。
受付のお姉さんが言う。「お待たせしました。ユリシアさんの冒険者登録が終了しました。魔法の実力はあるみたいですけど、冒険は未経験ということで、ランクはE(最下級)からになります」
「かちーん!ちょっと!申し上げたはずですわ、わたくしの実力はSランクだと!」ユリシアさんがピシャリと言う。空気が一瞬で張り詰める。
「すいませーん。これも規則ですから。駆け出しの方はEランクからでお願いしますー」
ユリシアさんの顔の右半分がピクピクと動いた。(爆破していいかしら?うん……いいよね?)その思考が、手に取るように伝わってくる。
「駄目ですってば!顔に出てますよ、爆破したいオーラが!僕らの仲間になったからにはトラブルは勘弁してください!」僕は小声で必死に訴える。
「チッ!まあ・・あなたのお願いなら何でも聞きましてよ。ホーッホッホッホ」
あっさり折れた。その落差が逆に怖い。
「ご主人様、よかったですね」イリスは僕に抱きついてきた。
「うーん……なんで懐かれたのかなぁ?複雑な気持ちだけどまあ結果オーライ……かな」
そして僕らは三人パーティーとして初めての討伐クエスト「ゴブリン退治」に出かけるのだった。平凡な依頼のはずなのに、胸騒ぎだけが妙に大きい。
* * *
冒険者ギルドの片隅で、アストリア王国諜報部コードネーム「あ」ことミランダは目を見開いた。
「ウソ……ホント?待って……あの邪悪コンビに新たな仲間が増えてるじゃないの?」
あの二人に認められているということは、あの新人の冒険者……普通じゃない!?ミランダの胸に渦巻くのは、使命感よりも嫉妬だった。(誰だか知らないけど許せない!必ず悪事の尻尾を掴んでやるんだから!)すぐさま上司に伝令を飛ばし、追跡を開始する。悪事の証拠をつかみ、隙あらば討伐するのだ!
そのころ、僕らはゴブリンの巣が多くあるという魔物の森に展開していた。イリスの探索魔法が森に潜む魔物を探り当てる。湿った空気と腐葉土の匂いが、否応なく緊張感を高める。
「ご主人様、前方約2キロ先に魔物の気配があります」
「腕が鳴りますわ。もっと近づきましょう。敵を目視したら小手調べに簡単な魔法から試してみますわ」
「じゃあ僕が先導します。慎重に行きましょう」
僕はハードレザーの鎧を身に纏い、背中に長身の魔剣(形状はバスタードソード)を背負っている。一年間のソロ冒険者生活で、身を潜め・罠を避け・安全に森を進むスキルは身に着いた。パーティーの先頭を行く。守るべき仲間がいると思うだけで、背中がいつもより重く感じられた。
ただ僕らの意識は完全に前方に注がれていた。後ろに王国諜報部の影が張り付いているなど、思う由もなかった。
* * *
暫くして僕らはゴブリンの巣に近づく。
「イリス……聞くけど今日はディスフィア様の魔物ブーストは無いよね?」僕は恐る恐る尋ねた。
「アズマ様?なんですの?その魔物ブーストって?」
「ご安心くださいご主人様!今日もちゃんと用意してありますよー!」
「イリスぅ……違うんだ!毎回毎回僕の手に余るような強敵を召喚されても困るという話で……」
その時だった。ゴブリンの巣の後方から、巨大な何かがゆっくりと動き出す。身の丈10Mの一つ目巨人サイクロプスだった。もちろんSランク魔物である。大地が軋み、空気が震える。
「終わった……今の僕じゃとてもじゃないけど勝てる相手じゃないー」
僕は絶望に打ちひしがれ四つん這いになる。涙が止まらない。
「しっかりなさって下さいまし!わたくしが攻撃魔法をぶっ飛ばしますわ!お二人は怯んだ隙に攻撃を!」
その声は驚くほど力強かった。ポジティブお嬢様は怯まない。自分の魔法に絶対の自信もあるようだ。
「お任せください、ご主人様!行きましょう!」
イリスが僕を立ち上がらせて死地へ引っ張っていこうとする。
「いやだぁー!間違いなく死ぬって。行きたくないよー!」
僕がごねていると、ユリシアの極大爆破魔法がサイクロプス目掛けて放たれる。巨大な魔法陣が敵目掛けて集約していく。そして閃光。ちゅどーん!轟音の後に爆風が来る。世界が白く染まり、次の瞬間、衝撃が全身を叩いた。
僕は体験したことはないが、大型の爆弾が炸裂したらこんな感じなんだろうか?巨大な人型魔獣サイクロプスがその衝撃でぶっ飛ばされ、巨体が倒れていく。ものすごい威力だ。これが爆弾魔ユリシアさんの本気魔法かっ!魔法を放った彼女は……ディスフィア様の上書き失敗の副作用で、顔を赤らめてもじもじしている。
「ユリシアさん?大丈夫?」
ユリシアはハァハァと荒い息を吐きながら、涙目で僕を見つめた。
「あん♡色々なところに響いてますの……ちくしょう!むらむらしますわ!アズマ様……ちょっと発散してまいります!」
そう言うとユリシアは、ど派手な攻撃魔法で巣を脅かされ集結したゴブリンの集団へ向かって、自ら突撃し襲い掛かって行く!その背中は、危険で、破滅的で、そしてあまりにも頼もしかった。
「ちょっと待って、ひとりで行くと危ないからー」
僕とイリスも彼女に続くのだった。
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