第101話 硝煙のリング・禁じ手の応酬
時間無制限一本勝負が始まった。勝てば天国……負ければ地獄のデスマッチである。ミランダは負けたら塩の柱にされかねないし、ユリシアも氷柱で氷漬けにされる予感しかない。白いマットの上に立つ二人の影が、照明に照らされてくっきりと浮かび上がる。観客はいないはずなのに、どこか満員の会場のような圧があった。逃げ場のない空間――それがこのリングだ。
両者が中央に進み、立ち技での攻防が始まる。ミランダの騎士団仕込みの徒手格闘術は地球のマーシャルアーツのよう。一方のユリシアはコテコテのステゴロスタイルだ。それは正に「魅せるプロレスラー」だった。静と動。実戦と見世物。その対比が、逆に噛み合っているのが不気味だった。
「前々から思ってたんですけど、ユリシアさんの格闘技の師匠って誰なんですかね?」
《彼女の師匠は地下格闘技の花形だったそうじゃ。元々は転生者から教えられた格闘技のようじゃな。確か虎の穴だったか蛇の穴だったか……》
(もしかして・・あの往年の天才レスラー虎仮面なのかっ!)
場違いなツッコミを入れながらも、視線はリングから外せない。次の一瞬で、どちらかが致命的な流れを掴む――そんな緊張感があった。
リング中央……ミランダの拳打がユリシアを捉える。連打の後の回し蹴り! しかしユリシアは足を取って反撃に出る。ミランダを寝技に誘い込み、手足を固めながら凶器の乗馬鞭を取り出す。流れるような一連の動き。完全に“見せるための技”でありながら、実際の痛みは洒落になっていない。
(あのコスでどこに隠してたんだようー?) ツッコミどころはそこじゃないはずなのに、思考が一瞬逃げた。鞭の柄でミランダのこめかみをグリグリ痛めつけるお嬢様。ぐり、ぐり、と執拗に押し付けるたびに、ミランダの顔が歪む。
「痛い痛い痛い! レフェリー! 反則カウント取りなさいよ!」
「ホーッホッホッホッ。まだまだ痛めつけますわよ」
その笑いは完全にサディストのそれだった。リング上の空気が一気に“競技”から“制裁”へと傾く。
「ユリシア! それ以上やると反則負けにするぞ」
「ちっ! わかりましたわ」
不満げに舌打ちしつつも手を止める。その一瞬の従順さが、逆に怖い。乗馬鞭を投げ、今度は自分の拳でグリグリする。ミランダは必死でロープに逃げる。レフェリーが両者を分ける。ロープに身体を預けるミランダの呼吸は荒い。だが目は死んでいない。
「ファイト!」
短い合図と同時に、再び空気が張り詰める。再び殴り合う二人。一進一退の攻防が続く。打撃の音、足の踏み込み、息遣い――すべてがホールに反響し、戦いの密度を濃くしていく。
***
次にチャンスを掴んだのはミランダだった。彼女は撃つ・投げる・極める……オールマイティーにこなせる格闘戦士だ。ユリシアのパンチを掻い潜り、タックルをする。そのまま押し倒して腕を極めていく。流れるような制圧。無駄が一切ない。実戦で磨かれた動きだった。
「手癖の悪い子は腕を折るわよ」
「くっ……そう簡単にやられないですわ」
床に押し付けられたユリシアの表情が歪む。だが、その瞳にはまだ余裕があった。必死に関節技を外そうとする。しかし素人目に見ても完璧に極まっている。逃げ場のない角度。更に力を込めれば、簡単に骨が折れる。
「ユリシア! ギブアップするか?」
「ノーですわ! この程度の痛みで降参したらトラ子に笑われますもの」
その名前に、一瞬だけ場の空気が揺れる。失った仲間の存在が、確かにここにある。
「ほらほら……ギブアップしないと折っちゃいますよ、お嬢様」
ユリシアの額に脂汗が滲む。関節が悲鳴を上げているはずだ。それでも彼女は笑みを崩さない。
(ユリシアさん……相当辛そうだ……どうする?)
その時だった。逆にミランダの顔が苦痛に歪む。そして漂うのは、肉の焼ける匂い。異様な臭気がリングに広がる。
「熱っつぅー!」
思わず関節技を解くミランダ。ユリシアがゆっくりと立ち上がる。その両手の掌には……真っ赤に燃える灼熱の炎魔法。じゅう、と空気が焼ける音がする。触れればただでは済まない温度だ。ミランダが火傷した腕を回復魔法で冷やす。焦げた皮膚がじわりと再生していくが、完全ではない。
「格闘技でそんな魔法使うなんて……馬鹿なの? レフェリー……反則じゃない!」
レフェリーは抗議の真偽を確かめるべくユリシアの掌を調べるが、もちろん凶器など見つかるはずもない。魔法は“装備”ではない。だからこそ厄介だった。
「何もないが……? 試合続行!!」
「そんなぁー!」
(下手に組んだりしたら焼きゴテなんて……ここは打撃と投げ技で行くしかないか)
ミランダの戦術が切り替わる。距離を取る――それが最適解だ。
***
距離を取り、立ち技でユリシアを圧倒しようとするミランダ。的確な打撃技で追い込んでいく。しかしユリシアも負けていない。空中回し蹴りに華麗なボディプレス……バックを取ってのスープレックス。そして、どこからともなく取り出す乗馬鞭。技の一つ一つが派手で、それでいて殺意が混じっている。
レフェリーの反則カウントギリギリまでミランダを凶器で痛めつける。わざと限界を攻めるようなそのやり方は、観客がいれば大歓声ものだろう。 (うーん……乗馬鞭は何本持ってるんだろう?) もはや数えるのも無駄な気がしてきた。
ユリシアの華麗なプロレス技と陰湿な凶器攻撃で痛めつけられるミランダ。しかし闘志は衰えない。むしろその目は、徐々に冷たく研ぎ澄まされていく。
「くっそー、もう……怒りましたよ。こうなったら私も問答無用の暗殺術とか使っちゃいますよ!」
「やれるもんならやってごらんなさいまし」
挑発に対する返答は軽い。だが、その奥にあるのは確かな自信だ。
軽やかなステップでユリシアを牽制するミランダ。今度は互いにロープへ飛び、リングの上を駆け巡る。二人がすれ違う瞬間……キラリ……何かが光った。一瞬の閃光。普通なら見逃すレベルの微細な動き。神の目を通して見ているからこそ気付く微かな兆候。ガクッ、とユリシアが膝から崩れ落ちる。
「身体が……痺れますわ」
遅れて効いてくる違和感。身体の制御が奪われていく。ミランダの放った含み針だった。麻酔薬を仕込んだ暗殺針がユリシアの胸に刺さっていた。見えない一撃――それが暗殺者の本領だ。気づいて針を抜き取ったが、すでに遅かった。
ミランダが馬乗りに跨り、ユリシアの顔を押さえつける。 「ゴホッ……」 諜報騎士団で暗殺技を叩き込まれたミランダ。ユリシアの鼻と口に水魔法で蓋をする。リング上で溺れるお嬢様。苦しみもがくユリシアが力尽きようとしている。じわじわと命を奪う、静かな殺意……勝負は決まったかと思われたが……。
――ちゅどーん!!
二人の間の空間に起きる、プチ爆発魔法だった。初級魔法とは思えない威力で、ミランダが場外までぶっ飛ぶ。レフェリーも巻き添えだ。リング外に叩きつけられる鈍い音が響く。ゆらぁ~っと立ち上がるユリシア。その動きはどこかぎこちなく、それでいて異様な圧を放つ。その目には勝負度外視……ブチ切れた「どす黒い闇」が宿っていた。
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